ep9‐2.深層の炎は燃ゆる
本作はフィクションです。現実の症状・生態等と異なる場合があります。
不快感を感じさせる際どい描写や表現を含みます。表現には気を遣っておりますが、自己責任で読むかを判断してください。
作戦を決行する日がやってきた。件の娼館は特区と隣町の境にある。
特区南側と隣接する郊外とも呼べる場所で、周囲を緑に囲まれ一見した外観は洋館と大差がない。わざとか壁に葉の茂る蔓が絡みついている。第一印象だと何ら違和感を感じなかった。
(まずは隠蔽の無力化だな)
「あの、ちょっと宜しいでありますか」
「ん? マルク。なんだ畏まった言い方してさ」
気持ち悪いからやめろ、と言う。以前はもっと威勢がよかった。
こうして彼らが面と向かって会うのは久しぶりだ。正直にいうと気まずい。
それは相手も同様で、随分と落ち着きのない態度であった。口を開きかけては言えず、何度目かでようやく声を発する。
「恨んでるよな。あ、あの時はッ」
「いいよ。謝罪文はもう貰った。互いに罰は受けたろ、これ以上は暴力になる」
当時は一発殴ってやりたい気持ちだったが今は違う、と偽りなく伝えた。
「もうすぐ作戦開始だ。公私混同なくやろうぜ」
「結界の配置完了。どう、見える?」
「はい。辛うじて」
地面に思念石製の置物と4つ置き、各々を綱で結んで連結。結界だ。
周囲にいるのはゼノン、レイ、クリフ、マルクである。ルカはタイミング悪く発情期が来たのでいない。結界内にマルクが入り異能を使う。
事前に入手しておいた内部図に、判別可能な範囲で人員の配置を記していく。
「標的はいるか。どのへん?」
問われて意識を集中させ、しばし凝視した末に1点を示す。
「レイ、イケそう」
「はい。兄さんこそしくじらないでください」
「愚問だね。本番で失敗なんてしないさ」
「兄弟の息の合った連携を連中に見せてやれ」
頷いて応える2人。レイがクリフの身体に触れ、館を見据えて呼吸を整えるように息を吐く。直後彼らの姿がスッと消える。ゼノンが即座に合図を送り気配が動いた。
娼館の内部、いつも通りに運営中の人々は突如現れた2人組に驚く。
現れた場所は隠蔽使いの男のすぐ背後。男が反応する前にクリフが拘束した。この時には既にレイの手は兄から離れている。
動揺が走る中、入口から堂々と騎士団が令状を持って突入。ゼノンとマルクも彼らに同行して入館した。客がざわめき運営者は必死に取り繕う。
ひと部屋ずつ暴いていく。地上と見取り図から把握できる1、2階部分は比較的まともだ。表向きはサロンやクラブをやっているような内装と雰囲気であった。
しかし、こちらにはマルクがいる。彼の視力感知で地下の存在を短時間に見つけ出す。
「この壁であります。奥に階段が見えました」
壁扉の開閉設備を探り当て、慎重に階下へと足を踏み入れて行く。
「気をつけて下さい。フェロモンが漂ってます」
「俺でもわかるくらい濃いぜ」
「各自の判断で無理と感じたら即時退避するように!」
「了解」
不測の事態に備えギリギリまで騎士らが先行する。
薄暗い通路に怪しくランプが照る地下。灯りの色か、とても如何わしい雰囲気だ。ゼノンを始め幾人もの人が悪趣味だと感じた。こういう店が悪いとは言わないが……。
「お待ちください。こちらはVIPと関係者専用で……」
背後では慌てた様子が伺える声が響いている。だが、合同部隊は止まらない。
また一室ずつ改めていく。こちらは鍵のかかっている部屋が多く、渋る店員に開錠を求めて扉を開かせた。すると、最初の鍵部屋から扉が開くなり飛び出してくる影があり――。
「あ、いあぁぁぁっ!!」
若いΩ女性だった。彼女は目の前にβやαの存在を感じ取り悲鳴を上げた。
逃れようと周囲を見、通れそうな僅かな隙間に身を入り込ませる。けれど狭い通路に身体が引っかかり体勢を崩して転んでしまう。それでも尚逃げようと藻掻く。もはや錯乱状態だ。
「どいて、どいて。ほらもう大丈夫」
人の壁を押しのけて同盟の1人が飛び出す。彼女は倒れ込んだ女を優しく宥め始めた。
「騎士の皆さん、適度にどいて下さーい!」
「通ります」
「ぼさっとしてないで鍵開けの指示を頼む。順に見てくんで」
対応に一瞬の迷いや躊躇いが入る騎士達とは裏腹に、同盟の者らはとても慣れた様子だ。次々と扉が解放されていく。部屋の中からフェロモンが漂ってきて、装備を身に着けた騎士の中にも離脱者が出た。
如何に訓練していようと発情期のΩを前にして絶対はない。事実、今解放された中に複数の発情中のΩがいる。言葉を交わして疑似発情の判別をして迅速な移送を行う。
アズールは暴かれた部屋の実情を見て内心穏やかじゃなかった。
爆発しそうな激情を堪え、次の部屋に向かう。だが扉の前に立った時から異様な気配を感じ取る。開錠を求めて中に入ると視界に入って来たのは――。
「――ッ」
この時、別の部屋にいたゼノンの背筋を痺れるような刺激が撫でていく。
「悪いがこの人を頼む」
「はい」
仲間に部屋の人物を託して通路へ飛び出す。一目散に直感が示す方向へ進む。
開け放たれた扉の先に広がっていた光景。1人のβ男性が複数のΩを侍らせていた。ただ他より様子が違う。特殊なプレイをしたらしく様々な物が散乱している。
縛られむせび泣く者や、体調が悪いのか咳き込む者がいた。一番平気そうに見える者はとても正気に見えない。フェロモンから発情中のΩがいるのは明白。マスク越しでも気を抜けばクラッといきそうだ。
「おい、不躾だなぁ。せっかくいい気分だったのに困るよ」
お楽しみを邪魔された男性客が不愉快な表情で振り返った。
「失礼ですがこれは合意の上ですか? とてもそうは見えませんが……」
最初は比較的丁寧に応対する。腸が煮え帰るくらいだが確認は必要だ。
予想通りというか、男性客の反応は至って単純であった。否定し、Ω側に確認を取ろうと動くアズールを邪険に扱う。出て行けと押し返す行動までした。
「どいて下さい」
「だから困るって。気の利かない奴だなぁ」
「我々は騎士です。執行妨害を取りますよ」
「いや~、ほらね。こっちも金払ってる訳だし……」
「関係ありません」
入口付近で男性客との問答が続く。このまま押し通ってやろうか。
アズールが次の対応を考えながら説得を試みる。父もこんな気持ちだったのだろうか、と頭の中で思っていた。しかし堪忍袋の緒が切れる瞬間がやってくるもので――。
「た…………」
それまでずっと泣いていたΩの視線が向く。助けを求めるような目で。
騒ぎに気づいたのだろう。すぐに反応しなかったのは様子見か、精神的なものか。震える唇でか細く何かを訴えようと発せられる声。
「いいから退け!」
「ひぃっ」
激情と共に溢れ出す異能の炎。荒ぶる様は彼の心情を現すかの如く。
尻込みする男性客に危害が及ぶ間際、横合いから躍り出た人影がアズールを止めるべく腕を伸ばす。身体を割り込ませて突撃を押しとどめるみたいに。
「待てよ。こんな所で火を使うな、被害が出るだろ」
ふわりとゼノンのフェロモンが鼻孔に届く。
嗅ぐだけで安心するような優しい香り。おかげで怒りが僅かに和らいだ。念押しであるかの如く背後からそっと触れてくる手があった。
手の主はクリフ。触れた際、無効化の力で炎を消し周囲への被害を未然に防ぐ。
「ビ、ビビらせやがって。Ω? なんで騎士と一緒に」
「おっと、悪ぃが通らせて貰うぜ」
キッと鋭く男性客を睨めつけ、氷で足の自由を奪い中へ入る。
迷わず倒れるΩ達2人の傍に近寄った。状態を見て、口が利けそうな1人に向き直りそっと声を掛ける。
「大丈夫か。一応聞くけど、これは君から頼んだの?」
縛られたΩが首を振った。何かを言っているが小さくて聞き取り辛い。ゼノンはもう一度と耳を聞かづけて聞く。労わるように優しく触れ、落ち着かせながら。
最後まで聞き終えるとポンと肩を柔く叩き、離れた位置にいる者のほうへ行く。正気に見えない理由は単純明快だった。発情期に加えて放心気味だ。
「こりゃ黒だ。何したらこんなになるんだか」
保護すると伝え、騎士らに聞きこんだΩ側の事情を簡潔に話す。
レイを呼び3人を安地に連れてい行くよう指示した。その後、去り際にアズールの傍まで行き「護るための戦いだ」と告げる。我を忘れるな、と言外に伝え気持ちを静める楔としたのだ。
安全地帯に要した物件でハルトは忙しく動いていた。
設置したポートエリアに転移してくるレイから患者を引き受け処置をする。同盟のメンバーや、関わっている人々が協力してくれた。
ポートエリアは即席の転移地点の事で、誰が設置したのかは言うまでもない。思念石を用いているのは違わないが人か場所かの違いがある。術者の負担を軽減するために必要なのだ。
「抑制剤を飲ませて部屋に運び込んで。状態と経過を見つつ対処していきます」
疑似発情の場合は抑制剤を飲ませる事で中和できた。
でも発情が収まっても油断はできない。別の原因で容体が悪化する事はある。
此度参加している産科医はハルトの知り合いだ。Ωが絡む事件には必須と言っていい。運び込まれた者は必ず全員検査を受けた。
「ハルトさん、こっちもお願い!」
「はい。只今行きます」
あちらこちらから声がかかり、時に分担して怪我や病人を治療していく。
この日、SD案件に携わった人々が逮捕される。背後には貴族の存在があり。
保護された被害者達は、治療を受けつつ事情聴取を受け日常生活に戻っていくだろう。今回の一件で同盟と騎士団の関係に変化があった。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀




