ep9‐1.燻る想いを堪えて
本作はフィクションです。現実の症状・生態等と異なる場合があります。
不快感を感じさせる際どい描写や表現を含みます。表現には気を遣っておりますが、自己責任で読むかを判断してください。
同盟本部、2階の執務室。ここはゼノンの仕事場だ。
他の構成員が作業するオフィスとは別室で、日頃から経理や営業など様々な人や情報が出入りする。そうはいっても全体を見れば大きくはないだろう。
今日も今日とて書類と戦い、必要に応じて欠員の補助を行っていた。本日は通常とは毛色の異なる厄介な案件が舞い込んできたところだ。
「確かに、断れねーなコレ」
自分以外がいない空間でぼやく。その手には騎士団から送られてきた書類。
(元々怪しかったんだ)
目はつけていた。けれど表立って手が出せなかったのだ。
自らが創設したこの組織はなんでも屋な側面を持つ。それでも限界はあり、騎士団のように犯人を逮捕する力=権限はない。だから、こっそり被害者を逃がすのが関の山だ。
ずっと元凶は取り除きたかったし現場にはおそらく。考えれば考えるだけ断る選択肢が薄れていった。
(だから同盟に協力要請が来たんだろうけどさ)
書類を読み進めて「やっぱり」と思う。予想していた文面を見つけたからだ。
問題は起きないだろうか。つい考えてしまう。闇雲に噛みつかないだろうが、αや騎士団に良い印象を抱いていない者が多い。
短いが猶予はある。今は検討という名の保留扱いにして気持ちを切り替えた。
翌日、アズールが同盟本部へやってくると何やら騒がしい。
いつもと比べ人の出入りが多いようだ。あまり見ない顔もチラホラいる。ざっくりと見た感じβやΩが殆どで、中には憤ったり塞ぎ込む者の姿があった。
ちょうど良くゼノンの姿を見つけて足早に歩み寄っていく。
「何の騒ぎです、これは」
単刀直入に問いかけられ、相手は拒むどころか傍に招き寄せる。
「例の案件絡みだ。被害報告とか諸々……そっちにも来てるだろ?」
「ええ何件か。あ、今のは他言無用でっ」
「言わねーよ」
うっかり漏らしてしまった事を騎士として反省した。まだ協力者ではないのだ。この場にいるもう1人、ハルトも同様に応じる。
詳しく事情を聞こうとした時、急ぎ足で外から戻って来たらしい人影が2つ。
目当ての人物を探し当て、傍らにいる顔に一瞬ムッとなりつつ駆け寄ってきた。密会の距離感で声を抑えめに口を開く。
「当たりです。近辺の猫や鳥達が見てました」
「見事に境界ギリギリを狙われたよ」
「またか」
「困りましたね」
皆の表情が暗い。深刻な様子が伝わってくる。
「まったく貴方がた騎士団が不甲斐ないから本当苦労します」
「こら、八つ当たりはいけません」
「いいんです。事実ですから」
他に言いようがなかった。ハルトは諫めるが否定しきれないのが心苦しい。
事実として本来騎士団が請け負う依頼が同盟に入ってくる事がある。多くはないが、βやαへの不信感がそうさせるのだろう。
最も特区はまだマシなほうだ。この手の依頼が入ってくる事は稀。むしろ該当案件は特区外から舞い込んでくる事が殆どであった。
「それもこれも騎士団の腐敗が原因です。兄の手を焼かせる連中には鉄槌を食らわせてやりたい」
「レイ君、ちょっと抑えて」
感情的になる彼をハルトが止める。ここでレイが言う兄とは長男アランの事だ。
基本理念は同じなのだが各基地で微妙に対応が違う。本部の目を盗んで、といった感じである。おかげで事件になるまで、小さなものは取り扱ってくれない等の深層心理が根づいてしまっていた。特にΩ絡みは顕著に。
(まあ内容次第じゃあ、騎士団に行くよう勧めてるんだけど。これがなかなか……)
「よし。ちょっと顔貸せ」
これ以上は場所を変えようと移動。今回は特別にアズールも同行を許される。
上階の執務室へ行くために受付右の通路を奥へと進む。この先に転送キューブがあるのだ。ちなみにもう片方の道奥には階段があった。
転送キューブは現代でいうエレベーターみたいな移動手段。思念石とエレキ油で稼働しており、デバイスという備えつけ端末で操作する。
エレキ油は地中から湧き出すものとアストラ鉱石から生成できる資源だ。デバイスは通信端末を小型化できないのと同じ理由でそこそこ大きい。
「さて、話の続きだ。レイ」
「はい。先日兄と調べに行った時に見つけました」
促されたレイが皆に報告した。彼曰く、件の館に隠蔽の異能持ちがいるらしい。建物自体が消えてなくなったりしないが、力の影響で周囲からの不審を阻害する。
「現場を隠されたら堪ったもんじゃないね。まったく」
妙にイラついて言うルカ。気持ちがわからないでもなかった。
無系が珍しいと言ってもいる所にはいるものだ。直接的な攻撃力はなくとも、活躍できる場面はあるもので。何か対策を練らねば隠し通せてしまう。
「さすがに対策は考えてるだろ。けど同盟に依頼がきたって事はおそらく……」
(受ければ危ない橋を渡る事になる。特にレイが)
最年少の彼を気にして視線を向けると力強く頷かれた。察した様子だ。
黙って話を聞いている騎士様のほうにも意識を向ける。現段階で彼の口から語れないのは仕方ない。別に言わずとも情報は持っていた。だからこそ気になる。
今回の件は、この男の過去を知る身として大丈夫なのかどうか。同時にアズールのほうもゼノンらの事を気にかけていた。大半がΩである彼らには厳しい内容だと。
ハルトはそんな2人の様子を密かに意識していた。どこか探るように。
「ゼノンさん。改めてお願いします、どうか!」
「――迷ってる場合じゃないな。今回の件、騎士団の依頼を受けるぞ」
「了解」
全会一致で話がまとまる。急いで書類をまとめ、ゼノンはアズールと基地へ。他の皆はそれぞれ準備を整えるべく散開した。
その後、騎士団の基地で必要な会談や処理を済ませる。情報共有や作戦をするため後日、集まる事となった。
別日、関係者各位が一同に会して情報共有と作戦を話し合う。
特区内の者が多い事から場所は特区基地内で行われた。隣町からの代表者数名が到着するのを待ち、同盟からも本件に参加するメンバーが出席。なかなか異色な顔振りだ。
「では、まず本案件に関係した情報を共有しておく」
手元の資料を見ながら話を聞く。既に知っている者は少なくない。
此度対処するのはSD案件である。SDとはセックスドールの略。性的犯罪と呼ぶべきもので、被疑者らはΩの立場や性質・体質を利用していた。
字面を見れば想像がつくと思うがSDは主に娼館で行われる。
ただし一般的な風俗・水商売と違い悪質だ。連中は困窮するΩを誘い込み、また業者を介して攫うなどして集め、軟禁もしくは監禁して客引きをさせていた。
更にΩの発情期まで利用している。客の殆どはβだが、面倒事を避けるために最低限の避妊はしているだろう。抑制剤と避妊薬が別々なのがそれを可能にしている。
「入手した情報によれば促進剤を使用している可能性があり」
その名称が出た時、密かにアズールは拳を強く握りしめた。
促進剤とは、服用した者を疑似発情させる薬物だ。抑制剤と異なりΩに使われる物で、一般的に流通・服用が認められていない。元は戦時中にフェロモン爆弾のため開発された。
無論フェロモン爆弾は作戦名である。内容は至って単純、敵陣にΩの工作員を2名以上潜入させ囮薬が薬を服用。大半を占めるβや優秀なαを無力化している間に残りのメンバーが動く。こういった状況故に当時のΩは重宝され待遇は悪くなかった。
疑似発情は理性が残っている点を除けば、ほぼ通常の発情期と変わらない症状が出るのだ。
「二次被害防止と円滑な保護を行うべく、今回は民間協力者が本作戦に参加する事になりました。そちらでの対応はどうなっていますか?」
「はい。依頼された用件が保護という事でこちらは既に準備を進めています」
ゼノンは問われた内容に対して応答する。
「発情期・疑似発情を考慮して安地を確保済み。内科と産科の医師に待機して貰い、緊急を要する者はレイの異能で他はウチの者が車両で運びます。
騎士の皆さんには、発情状態の者を発見次第、無理な接触を避け我々に任せて頂けるようお願いしたい」
「皆も承知と思うが、対発情装備を持ってしても万全とは言い難いのが現状だ。同性ならば発情状態であってもフェロモンの影響は受けない」
注意事項を含め、それぞれの対応策を確認し合う。
補足があるとすれば1つ。αフェロモンは同性に多少なりとも影響がある点か。これは番や意中の相手を他の輩から守る役割があるためと思われた。
「主犯は既に特定済み。こちらは別動隊で――」
淡々と作戦内容と人員配置などが説明されていく。
会場内は緊張感を保ったまま着々と進行していき、喝の入った言葉で締めくくられ終わる。
会議場から退出したハルトは、通路を行きながらアレックスと話をした。
「こういう事件見てるとΩが不憫になりますよ。発情期ってだけで迷惑がられたり、逆に利用されたり」
「疑似発情は本来の周期ではなく、強制的に引き起こされるものですから身体への負担も大きいんですよね。何度も続けば寿命を縮め兼ねない」
「しかも契約書の類に記載はないんでしょ?」
「ええ。私達が保護した中にも何人かいましたが皆覚えがないと……」
ここら辺は騎士団のほうでも調査している筈だ。
勧誘を受けてきた者になるが、彼らが提示された書類には促進剤や軟禁・監禁の記載はなかったという。口頭で説明があった可能性は十分にあるものの、不規則に早口だったりしたため聞き取れなかった部分があったらしい。
聞き替えそうにも話がどんどん進んでしまい混乱している間に……。
仮に聞き返せても適当な内容を伝えてるだろう。聞き取れなかったのだから、明確に内容が違うとは判断・指摘し辛い。
「被害拡大を防ぐためにもきっちり捕まえないと。頑張るぞ!」
「よろしくお願いします」
熱き闘志を燃やすアレックスと別れ、ハルトもまた引き続き準備へと動き出す。
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