ep1‐1.それは最悪な出会い
本作はフィクションです。現実の症状・生態等と異なる場合があります。
暴力的・不快と感じられる描写や表現を含みます。表現には気を遣っておりますが、自己責任で読むかを判断してください。
17歳の誕生日を迎えた矢先、結木ゼノンは帰宅途中に異世界漂流した。
ちょっと寄り道するつもりで。コンビニに寄ろうと、近道の公園を突っ切ろうと一歩足を踏み入れた時だ。一瞬思考が途切れる感覚を覚えて気がつけば知らない場所に立っている。
「どこだよ、ここ……」
周囲を見回す。今にも沈みそうな赤い陽光が覗く空。薄暗がりに辛うじて見える郊外。ハッキリと判別できないが田園や緑が多いからか、これといって特徴を感じさせないシルエット。
街灯はまばらで近くに1つあるのみで十分な光量とはいえない。現在地の特定が難しい状況がじわじわと不安を煽ってきた。普段気が弱い自覚などないゼノンだが、今回ばかりは薄気味悪さに身震いする。
「さっさと帰ろ」
口に出してはみたけど当然帰り道なんて知らない。
ふと思い出してポケットに手を伸ばそうとして止め、鞄に手を伸ばす。
学校の中では煩いので鞄に入れたままにしていたスマホだ。しかし探しても見つからない。愕然とした。どこで忘れた、落としたのか?
(傍には落ちてない、と。……しゃーない。切り替えるか)
方向はどっちだ。とりあえず灯りを、交番か人家を目指したいがどう進めばいいのか。
考えを巡らせている時、ふと身体に違和感を感じた気がした。怪訝に思い追求する間もなく肌に冷たい感触が振ってくる。雫だ、僅かに顔を上向けると雨が降り出す。
悠長としている間に降り注ぐ勢いが増し、あっという間に全身が濡れていく。
「雨とか最悪過ぎっ」
急いで雨宿りできる場所を探した。でも建物なんて……。
目を凝らしながら早足で歩く。右に左にと時々迷い、無意識に街灯の傍まで行き視線を走らせる。すると目視できる距離にバス停らしき影を見つけた。
駆け寄ってみれば屋根があり、入って寒さに震えながら時を待つ。考えなんてない。
「はぁ、寒っ……マジでどうすっかな」
服は絞れるところは絞って髪は軽く頭を振って水滴を落とす。
さすがに犬みたく湿り気を抜くのは無理だ。タオルを持って来ればよかったと後悔した。髪は乱れただけで余計に張りついて鬱陶しい。仕方なく手で邪魔な所だけよける。
数時間は経っただろうか。雨は止んでいた。
冷えていた身体が熱を持ち始め、はぁはぁと呼吸が生暖かくなっていく。助けを求めようにも人が良そうな建物が見えない。日が落ち街灯の灯りだけが頼りだが心許ない状況だ。
「ほら、やっぱ間違いないって」
「あー本当だ。近いぞ」
遠くから複数人の足音が近づく。全部は聞き取れないが会話している。
「いた。見ない制服だな」
「君、修学旅行中? 迷子になっちゃった感じ?」
「あ? 誰だよ」
変わった灯りが傍に浮いていた。歳は、近そう。3人か。
だが嫌な感じのする連中で自然と睨みつける。距離を縮めてきた時に、きつくはないがツンッと痺れるような匂いが鼻孔をくすぐった。妙に身体が緊張する。香りは違うが全員から漂っているようだ。
普通じゃないと直感が告げる。関わるな、やり合おうとするなと感じて半歩後退った。
「黒髪はここらじゃ希少だし、ちょっと赤いのは染めてるのかな。顔も整ってる。ふ~ん」
(身体がちょい重い、けど……ここは逃げるが勝ちだ)
判断が下れば迷いはない。ゼノンは逃げの一手に出る。
――しかし、次の瞬間には地面へ転がっていた。身体に電流が走った感覚がして。
「気ぃ失っちゃったんじゃない?」
「どぉーれ」
「腹はやめとけよ」
「じゃあ足。オラッ」
うつぶせに転がった姿勢で左足に痛みが走った。
「ぐ、はっ」
「おー意識あるみたいだぜ」
今からでもやり返してやりたい。けれど身体は満足に動ける状態ではなかった。
それでもゼノンは根性で身体を起こし、立ち上がろうとして失敗し尻餅をつく。呼吸を乱しながら再び連中を睨んだ。睨んだままもう一度ゆっくり立ち上がる。足は痛むが気にしてられない。
「威勢がいいね。でも君が悪いんだよ、α様から逃げようとしてさ」
「あぁ? 何言ってんだテメェ」
「あーあ、可哀そうに。随分濡れちゃってるじゃん」
「なら風邪ひかないように脱がしてやらないとね」
興奮したような声音で言いながら男達は両脇から服を脱がしにかかる。
「ふざけんな。頭おかしいぞ、触んな!」
「ほらほら暴れないで。優しく脱がしてやるから」
「離せ、クソッ。見てわかんねーのか、男だぞ。どーいう趣味してんだよ」
羽交い絞めにされて必死に抵抗した。
しかし男達の力が強いのか、不調のせいか、全然抜け出せない。頭がくらくらする。
抵抗も空しく上はシャツ一枚にされ前がはだけ、下は完全に露わにされてしまう。強引に姿勢を変えさせられて拘束された状態で足を開かせられた。視線が股間に集中する。
「へぇ~後天性Ωなんて珍しいね。フェロモンも結構強いし」
「オレ後天性Ω、しかも男とやるの初めて。楽しみ」
「まだあんま濡れてないけど、Ωなんて少し弄ったらすぐだろ」
「濡れる? αとかΩとか、さっきから何を……」
またバラバラと小雨が降り出す。肌に落ちた雫に反応し前の男が僅かに上へ顔を向けた。
僅かに足を掴む手の力が緩む。その隙に渾身の蹴りを放つ。前の男が後ろに傾ぎ、ゼノンは力を振り絞って全身を回転させて拘束している男を一緒にすっ転ばせる。
もう1人、伸びてくる腕を避けるために横転。逃走を図って動く。
「はぁ、はっはぁ」
必死に逃げるがすぐに追いつかれ背中を強く押された。
転倒し鈍い痛みを感じて呻く。直後、右方に痛みが走る。恐る恐る視線を向けると、小振りのナイフが霞めるように地面へ突き刺っていた。シャツに血が滲んでいる。
襟首を引っ張られ、目の前でナイフに電流を走らせる様を見せつけ、それを頬や首など肌スレスレに近づけて脅す。耳元に息がかかる。
「あんまイライラさせんな。いい子にしてたら気持ちよくさせてやっから」
「――ッ」
声にならなかった。さすがに委縮せずにはいられない。
その後は酷いものだ。押さえつけられたり、四つん這いにされたり。強要させられ、後孔に突っ込まれるなど3人がかりで強姦される。拒んだり抵抗すれば殴られ、炎や雷で脅されて。激しいというより乱暴と表現するほうが相応しい。
気持ちいいなんてもんじゃなかった。もう意識も思考もぐちゃぐちゃで。
感じるのはただ怖い、痛い、苦しい、気持ち悪い。身体は反応していても、精神は快楽を感じる余地などありはしなかったのだ。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
雨が降りしきる中、車を走らせる若い男がいた。
特区郊外の真っ暗な夜道を慎重に進む。少し長いキャラメルブラウンの髪を後ろで束ね、翡翠色の瞳はまっすぐ前を見据えハンドルを握っている。
なんだか胸騒ぎがしていた。都市が近づくにつれて感覚が強くなっていく。
「うん?」
遠く街灯がバス停の存在を照らす中に違和感を覚える。
何かが転がっているような、速度を緩め警戒しながら前進させた。やがて車のライトが路上の隅に倒れている人物を照らし出す。男は戦慄し車を急停止させる。
運転席の扉を開けて下り倒れ伏す人のもとに駆け寄った。持っていたハンドライトで細部を照らす。
少年だ。怪我をしている。程度はどのくらいだろうか。
さっと周囲の状況を観察した。人の気配、影はない。物が散乱しているのが確認できる。素早く状況を整理して男は再び少年に向き合う。
(酷い事をする。こういった場所では時たま出没すると知ってはいたけれど……)
まずは応急処置をしなくては――。
声かけと脈を確認し触診した後、車に引き返して必要な物を取り出す。この際に手早く後部座席のシートを調節しておく。あまり時間をかけずに少年のもとへ戻り今できる限りの処置をした。
この時間、人通りは殆どないだろう。男は十分に注意をしてゼノンを後部座席に寝かせる。タオルで身体を拭き、またクッションにもして、座席にかけてあった自分の上着をそっとかけた。
(毛布か何かを持ってくるべきでした)
後悔しつつもその場を離れ、散乱している物を可能な限り回収する。身元のわかる物があればいい。なくても良心がここに放置していくのを拒んだ。
少年の私物を助手席に乗せ、再び運転席に戻り彼は車を走らせる。
(異能を使った痕跡があった。かなり悪質だ)
異能を簡単にいうと魔法と超能力の中間みたいなイメージ。
精神力や集中力から生じる思念を用いて様々な現象を起こす。とはいえ魔法陣や呪文はいらないし、治癒系がないなど万能でもない。
おそらく彼はΩだろう。ならば特区郊外にいた理由はもしかしたら。
「特区を目前にして味わう苦痛は、どれほど絶望だったろうか」
小さな呟きが口からぽろっと出ていた。後ろで苦しげに息を吐き眠る少年を気遣いながら、男の瞳は濡れるように切ない思いで揺れている。
こうしてゼノンは見知らぬ地で拾われ、特区へと入って行くのであった。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
ここまで読んで頂き、まことにありがとうございます。
続きを読んで頂けるか不安になる部分で切ってしまいました。大丈夫かな? いや、むしろ過激表現だと消されないか不安です。これでも一番ヤバそうな部分は削ったんですが……。
本格的に始まるのは次から。興味がありましたら是非読んでみてください!