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第三話 美佳(前編)

今回のヒロインは姪っ子の美佳ちゃんです。

前半は年頃の女の子の魅力を感じてもらえたらなーと。

1章 【再びやってくる日常】


「じゃあ、これで手続きは完了です。お大事にしてくださいね」


受付の女性が微笑みながらそう言った。

僕は小さく会釈して、横に立つ母さん――真理子の荷物を持ち直す。

杖をついて立つその姿は、緊急入院した頃とはまるで別人のようだったが、まだ長くは歩けない。

今日はタクシーで帰る予定だ。


「……やっと、出られるのね」

「うん。長かったけど、よく頑張ったよ、母さん」


僕がそう言うと、母さんは照れたように笑い、小さく「ありがと」と返してきた。

その笑顔には、少しだけ疲れがにじんでいたけれど、それ以上に安堵と達成感があった。


ちょうどそのとき、廊下の向こうからふたりの姿が近づいてきた。


「真理子さん、退院おめでとうございます」


先に声をかけてきたのは、香澄さんだった。

薄手のカーディガンを羽織り、相変わらず品のある顔立ちに、柔らかな優しさをまとっている。

その隣には、晶が立っていた。


「晶くん……!」


母さんの目がわずかに見開かれる。

入院中に何度か顔を合わせていたけれど、あの頃とは雰囲気がまるで違っていた。

髪は短く整えられ、制服のズボンを履いた晶くんは、もうすっかり“男の子”としてそこにいた。


「真理子さん! 退院、おめでとうございます!」

「ありがとう、晶くん……ずいぶん、雰囲気が変わったわね」


そう言われて、晶は少し恥ずかしそうに頬をかきながら笑った。


「ちゃんと、自分で選んだから。これが俺の“今”なんです」

「そう……素敵ね」


母さんの目が、優しく細められる。僕もその隣で、静かに頷いた。

このふたりが言葉を交わすのを見るのは、どこか不思議で――でも、とても自然なことのように思えた。


「さ、そろそろタクシーの時間だよ」

「そうね。晶くん、香澄さん、本当にありがとう」


僕が母さんの荷物を抱えて立ち上がると、香澄さんが軽く手を振ってくれた。

晶くんも「じゃあ、また」と短く言って、背を向けて歩き出す。

その背中は、少しだけ大きくなったように見えた。


玄関を出ると、ちょうどタクシーが停まっていた。

僕らが近づくと、運転手が降りてきてドアとトランクを開けてくれる。

僕は母の腰を支えながら後部座席に乗せた。

荷物をトランクに積み込み、僕も隣に座ってドアを閉める。


走り出す車の窓から、病院の建物が少しずつ遠ざかっていく。

春の陽射しは柔らかく、街路樹の若葉が風にそよいでいる。

母は隣で目を閉じ、小さくため息をついた。


「やっぱり……家が恋しかったわ」

「うん。家のごはんも待ってるよ」

「え? ごはん?」


“誰が作ってたの?”と言いたげに、母さんがきょとんとした顔を僕に向けてくる。


「ま、帰ったらのお楽しみ、ってことで」


そう。今日から、また日常が戻ってくる。

でもそれは、ただ“前と同じ”というわけじゃない。

僕も、晶も、そして母さんも――

新しい日常が、ここから始まる。


★★★


玄関の扉を開けた瞬間、母さんを出迎えたのは、兄さんの妻――美樹さんと、その娘の美佳だった。


「おばあちゃん! 退院おめでとう!」


美佳がポニーテールを揺らして小走りで駆け寄ってくる。

飛びつこうとしたが、母さんの足取りに気づき、速度を落としてそっと腕を広げた。

その小さな体が、優しく母さんに抱きつく。


「お母さん、おかえりなさい……!」


続いて美樹さんも、目元を潤ませながら母さんの手を取り、温かく握りしめた。


「美佳……美樹さん……ただいま」


母さんの声も、涙を含んで震えている。

言葉では言い尽くせない想いが、三人の間に静かに満ちていた。


「さ、母さん。上がって。何ヶ月ぶりの我が家だよ」


僕がそう促すと、母さんはゆっくりと玄関を上がり、美佳に手を引かれながらリビングへと向かった。


リビングに足を踏み入れた瞬間、思わず息を飲む。

テーブルには色とりどりの料理がずらりと並んでいた。


炊き込みご飯、鯛の煮付け、エビフライに唐揚げ、新鮮な野菜のサラダ。

そしてデザートには、母さんの大好物――わらび餅。


まるで披露宴か何かのような、ごちそうの数々だった。


「まあ、これ全部……美樹さんが作ったの?」


驚いたように母さんが尋ねると、美樹さんは少し照れくさそうに笑った。


「はい。お母さんの退院祝いですから、張り切っちゃいました」

「すごい……」


僕もテーブルを改めて見渡す。

どれもこれも、見た目からして抜群に美味しそうだった。

その横で、美佳が箸を手に持ち、期待に満ちた目で席についている。


「美佳、待ちきれないの?」

僕が笑いながら聞くと、美佳は恥ずかしそうに頷いた。


「え、えへへ……手伝ってるときから、ずっと美味しそうだなぁって思ってて」

挿絵(By みてみん)

「美佳、唐揚げとエビフライを揚げてくれたんですよ。ちゃんと最後まで自分でね」

と、美樹さんが誇らしげに言う。

母さんは感心したように、美佳の頭を優しく撫でた。


「まあ、いつの間にか美佳ちゃんも大人になったのね。おばあちゃん、認識を改めないといけないわ」


美佳は撫でられながらも、ぷくっと頬を膨らませる。


「大人のレディの頭は、撫でないんじゃない?」

そう言いつつも、まんざらでもない様子だった。


全員がテーブルにつくと、美樹さんは手元にあった瓶をそっと母さんの前に差し出した。


「病院ではお預けでしたよね。お母さん、どうぞ」


母さんの目がぱっと輝いた。


「まあっ、日本酒!? 本当に……いいの?」

「はい。今日はお祝いですから。私も一緒にいただきますね」


美樹さんが瓶を傾け、グラスにとくとくと酒を注ぐ。

その音に、母さんは早くも至福の表情を浮かべていた。


一方、僕と美佳は、用意されたジュースをお互いに注ぎ合っていた。


「お兄ちゃん、お酒は飲まないの?」

「はは、日本酒はちょっと苦手なんだ」


そんな何気ないやりとりにも、今日という特別な日がにじんでいる。


「さあ、いただきましょうか」


母さんのその一言を合図に、家族のささやかだけれどあたたかい宴が始まった。


「ぷはーっ、まさしく命の水ね……!」


母さんが一杯目の日本酒を飲み干し、満足そうに吐息をつく。

美樹さんが笑いながらグラスに次の酒を注ぐと、母さんはまた嬉しそうにそれを受け取った。


――けれど、次の瞬間。

ふと、その笑顔が一瞬、揺らいだ


「……昌隆、今日は来られないのかしら?」


ぽつりと漏れたその声は、どこか寂しげだった。


「はい……すみません。前から退院の日は伝えてあったんですけど、今ちょうどプロジェクトの大事な山場で。どうしても抜けられないって」


美樹さんが申し訳なさそうに肩をすくめる。


昌隆は、僕の兄。母の長男で、美樹さんの夫、そして美佳の父親でもある。

本当なら、今日ここで母さんの退院を一緒に祝っているはずの人だった。


「お父さん、ほんと仕事の虫だもんね。最近、朝に顔見られたらラッキーって感じだよ」


美佳が口をとがらせて言う。その声には、少しだけ抗議の色が混じっていた。


「入院中、メールは何通かもらったけど……結局、見舞いには一度も来なかったわね」


母さんがそう言って視線を落とすと、美樹さんが慌てて頭を下げた。


「ごめんなさい……本当に、忙しいのは確かなんです。ここ最近はずっと帰りも遅くて、日付が変わってからなんて日もしょっちゅうで……」


その声にも、悔しさや気遣いがにじんでいる。

誰のせいというわけでもないけれど、母さんのさびしさ、美樹さんの申し訳なさ、美佳の戸惑い……。

その全部が、食卓の空気にそっと沈んでいた。


でも、母さんはそれ以上は何も言わず、注がれた酒を口に含んだ。

ゆっくりと飲み下し、ぽつりと笑う。


「ま、退院してこうしてみんなに迎えてもらえたんだもの。贅沢は言えないわね」

「お母さん……」


美樹さんが切なそうに目を伏せ、美佳は小さく「うん」と頷いた。

僕は何も言わなかったけれど、母さんの隣で、そっとグラスを持ち上げた。

きっと兄さんも、遠くから母の無事を喜んでいるはずだ。

それだけは、信じていたかった。


「おばあちゃん、エビフライ、どう? 背ワタまでちゃんと取ったんだよ!」

美佳が得意げに胸を張る。


「あむ……うん、今まで食べたエビフライの中で最高ね!」

母さんは口いっぱいにほおばりながら、目を細めて微笑んだ。


「うふふ、失敗しないように見てはいましたけどね」

美樹さんがそう言って笑うと、テーブルの上にはまた明るい笑い声が広がった。

女三人が囲む食卓は、まるで春の陽だまりのように、あたたかかった。


僕は箸を休め、その景色を少し離れた場所から見るような気持ちで眺めていた。

穏やかな声、笑顔、ゆっくりと流れる時間――

母さんがこうして元気に戻ってこられて、本当によかった。

あの夢の中で、たとえ幻でも手を引けたことを、心からよかったと思う。


(そういえば……最初に夢に入ったのは……)

ふと、美佳の方に目を向けた。


彼女は、何気ない顔でからあげを頬張っている。


けれど、その横顔を見ていると――

何か、心の奥にひっかかるような感覚があった。

忘れてはいけない、けれどまだ言葉にならないような、そんな予感。


(あれは確か……母さんがまだ怪我をする前だった)


胸の奥に、あの日のことがふっと浮かび上がってくる。


夜の気配に紛れるように、静かに過ぎた“最初の夢”。

それがすべての始まりだったのだと、今ならわかる。


目の前で笑う美佳を見ながら、僕はひとつ、小さく息をついた。


春の夜はまだ浅く、やわらかな風が窓の外を流れていく。


★★★


2章 【あの日の出来事】


それは――もう、何か月も前のことになる。

正確な日付は思い出せないけれど、確か、あの日。

美佳がふいに家に遊びに来たのだった。


「やっほ、お兄ちゃん」


リビングでスマホをいじっていると、廊下の向こうから明るい声がして、顔を上げた。

美佳が、リュックを背負ったまま玄関に立っていた。


「あれ、美佳? 今日はどうしたの?」

「どうもしてないけど……遊びにきちゃった」


唇の端を上げて笑ってみせるけれど、どこかいつもと違う。

元気いっぱい、という雰囲気じゃない。


「今日、学校あったよね? なんか疲れてる?」


僕がそう聞くと、美佳は「う、うん……」と小さく頷き、それから少し間をあけて、


「美佳、元気ないように見える?」


と、ぽつりと聞いてきた。


すぐ隣のソファに腰掛け、僕の顔をじっとのぞき込んでくる。

姪とはいえ、年頃の女の子にそんなふうに見つめられると、どうにも落ち着かない。

思わず目を逸らしながら、軽く答えた。


「ま、まあ……ちょっとだけね。何かあった?」

「うーん……ちょっと、友達と少し」


何か言いかけて、けれどすぐ話を逸らすように立ち上がった。


「それよりさ、お兄ちゃん、遊ぼうよ」


ごまかされたのは明らかだったけど、それ以上は無理に聞けなかった。

僕はリモコンを手に取り、テレビ台の下にあるゲーム機を起動する。


「新しいゲームはないけど……どうする? いつものステファイでいい?」

コントローラーを手渡すと、美佳は頬をぷうっと膨らませた。

ちなみに「ステファイ」とは“ステータスファイター”の略で、いわゆる格闘ゲームだ。


「お兄ちゃん、ステファイだといつも投げハメしてくるからやだー」

「投げハメじゃないって。無敵技で返せるタイミングもあるんだよ」

「無理だよ〜。このコントローラーでコマンドなんか出せないもん……」


そんなふうに言い合っていると、リビングの扉がすっと開いて、母さんが顔をのぞかせた。


「あら、美佳ちゃん来てたのね」

「あっ、おばあちゃん、こんにちはー!」

「こんにちは。……今からゲーム?」


母さんが美佳の顔をのぞき込むと、美佳はぱっと表情を明るくして、提案してきた。


「ねえ、おばあちゃんもゲームしようよ!」

「ええ〜? 私ができるゲームなんてあるのかしら?」


そう言っていたけれど、僕にはひとつ思い当たるものがあった。


「“波瀾万丈人生ゲーム”ならできるんじゃない? ボードゲームっぽいやつ」


「え? そんなのあるの? やろうやろう!」


美佳も興味津々といった様子で、母さんもまんざらではない表情。


「ボードゲームみたいな感じ……? ちょっとだけなら、いいわよ」

「やったー、おばあちゃんとゲーム!」

「よし、じゃあ僕が準備するね」


ゲーム機を起動し、キャラクターセレクト画面へ。キャラはみんな、かわいらしい子どもの姿をしている。


「美佳はこのピンク髪の女の子〜」

「私はこの白髪の子にするわね」

「僕はこの茶髪の少年で……と」


ローディング中にルールを軽く説明し、いよいよゲームスタート。

小学校から始まり、学生時代、社会人を経て、最後に所持金で勝敗が決まるという仕組みだ。


「まずはルーレットを回してみて……あ、美佳、“頭がよくなった”ってさ!」

「わあ、やったー! ……って、実際の美佳は?」

「これはあくまでゲームの話だから……実物はちょっと……」

「むーっ、美佳は頭悪くないもん。この前だって80点取ったし!」

「まあまあ、80点はすごいじゃない。えらいわねえ」


(……僕は小学生の頃、ほとんど100点だったけど……言わないでおこう)

実際、小学校時代の頭の良し悪しなんて、その後の人生に大きな影響はない。

……最近、そう思うようになった。


「次は私の番ね。ええと……“運動会で大活躍、人気者”? 私、足遅いわよー」

「でもおばあちゃん、昔から人気者だったでしょ? そんな感じするよ」

「まあ、美佳ちゃんったら。お世辞が上手になってきたわねぇ」


母さんは照れたように笑いながらも、まんざらでもなさそうだ。

次は僕の番。ルーレットを回して出た結果は──


「おこづかい3万円ゲット!」

「わ、お兄ちゃん、お金持ちだー」

「小学生で3万円って……親が預からなきゃダメよね」

「いやいや、ゲームだから! このゲーム、単位が万しかないんだってば」

僕が突っ込むと、二人はくすくす笑っていた。


そのままゲームは進み、高校時代に突入。

「お兄ちゃん、“恋人ができた”って書いてあるよ!」

「えっ、マジで? えーっと……誰にしようかな……」

候補キャラが表示され、僕は適当にポニーテールの女の子を選んだ。

「え、お兄ちゃん……その子選ぶの?」

何故か美佳が顔を赤らめている。……え、なんで?

「いや、ただこの子がかわいかったから……って、美佳に似てる?」

「……うん、言われてみれば、ちょっと似てるかも……」


ぱっちりした目に、高い位置のポニーテール。確かに面影はあるかもしれない。


「……ダメよ、叔父と姪が恋人だなんて」


突然、母さんが真面目な顔で言い出した。

……いや、絶対にわざとだ。この人、ニヤニヤしてる。


「ねえ、おばあちゃん。お兄ちゃんと美佳が結婚したら、おばあちゃんは……」

「そうね、孫を“息子”と呼ばなくちゃいけなくなるのね。なんて複雑な家庭!」

「いやいや、飛躍しすぎだから! ただのゲーム! しかも叔父と姪は結婚できません!」


僕の叫びに、ふたりは声を上げて笑った。完全にからかわれてる。


美佳の番が回ってくる。ルーレットを回すと──


「あれ……“友達と絶交。孤独を感じて能力低下”……?」

突然、美佳の表情が沈んだ。


「だ、大丈夫だよ、そこまで能力下がってないし……あとで挽回できるから」

「……うん、そうだよね。頑張る」


言葉とは裏腹に、その目はどこか寂しげだった。

……やっぱり、何かあるのかもしれない。


「ねえ、美佳。学校でさ──」

「あらら、ねえ! これどうしよう!?」


母さんの声にかき消された。

何かあったのかと思ったら、画面を指差している。


「“高校生で子どもを妊娠”って……まぁまぁ」

「え、そんなイベントもあるの!? 生々しいな!」


それを聞いた美佳は笑いを取り戻した。

「おばあちゃん、学生のときにお父さん産んだんでしょ?」

「えっ? 昌隆のこと? 妊娠は学生のときだけど、産んだのは卒業してからよ」

「え? でも僕が昔聞いた話では、卒業後に妊娠って……」

「あっ……本当のこと言っちゃった」


……子どもには配慮して、設定を修正していたらしい。

今、衝撃の真実が明かされた。マジかぁ……。


「母さんの人生もなかなか波瀾万丈だなあ……」

「ねー、おじいちゃんとも別れちゃって……おばあちゃん、かわいそう……」

「えぇっ、そうなる? もうその時には完全に愛想尽きてたから、かわいそうって感じでもなかったのよ」

「まあ、母さんらしいっちゃ、らしいけど」


そこから、母さんの昔話が始まった。


僕は何度も聞いた話だけど、美佳にとっては初耳らしい。

高校時代に大学生だった父と恋に落ち、妊娠、卒業後すぐに結婚。

(僕が昔聞いた話では、卒業後に妊娠→結婚の順だった……)


けれど父は仕事も長続きせず、喧嘩も絶えなかったという。

そんな中、僕を身ごもったのだと。


「あの人、浮気してたのよ。それで私、もうドッカーンってなってね。実家に戻って、離婚届を郵送で送りつけて終わりよ」

「えぇ〜……やっぱりおばあちゃん、かわいそう……」

「やっぱりって言うのね……。まあ、未練なんてなかったから、私的には清々してたのよ」

「うーん、でもやっぱ波瀾万丈だなぁ」


ゲームの存在をすっかり忘れるくらい、僕たちはそのまま母さんの人生話に聞き入っていた。


「あら、いけない。もうこんな時間……」


母さんが立ち上がって、窓の外を見やった。

空はすっかり茜色に染まり、街灯がぽつぽつと灯りはじめている。晩ご飯の時間だ。


「美佳ちゃん、遅くなっちゃったし食べていくでしょ? 今からだと焼きそばになるけど」

「え、いいの? おばあちゃんの焼きそば大好き!」


嬉しそうに目を輝かせる美佳を見て、母さんも笑顔になる。


僕は途中になっていたゲームをセーブして、そっと電源を切った。

画面が暗くなり、仮想の人生たちはそこで一時停止される。

……彼らの人生が再開されることは、あるのかな。


キッチンに向かうと、母さんは手際よく冷蔵庫からキャベツや人参、豚肉を取り出していた。フライパンを温めながら、美佳に目をやって声をかける。


「美佳ちゃん、何か悩みがあるなら話してね。おばあちゃん、なんでも聞くから」

(母さんも、何か感じ取ってるんだな)

「うん……ありがとう、おばあちゃん。でも、今は大丈夫」


美佳はふっと、小さな笑みを浮かべた。

その笑顔はどこか強がっているようにも見えたけれど、無理に踏み込むのはやめておこう。


3人で協力して焼きそばを作り、食卓に並べた。

炒めたソースの香りが部屋いっぱいに広がって、なんだか懐かしい気持ちになる。


「いただきまーす!」


湯気の立つ焼きそばを口に運ぶと、しっかりとした味付けにほっとした気持ちになった。

美佳も「やっぱりおばあちゃんのが一番!」と笑いながら、もりもり食べている。


母さんは「ソース多すぎたかしら」と言いつつ、自分でもおかわりをよそっていた。

笑い声がこぼれて、箸が止まらなくて——

食卓には、ほんのしばらくのあいだ、静かな幸せが満ちていた。


★★★


食後、母さんの携帯がテーブルの上で震えた。


「あら、美樹さん? もしもしー」


電話の相手は美樹さんだ。内容までは聞こえないけれど、母さんの表情が少し曇っていくのがわかった。


「……ええ、わかったわ。うん、大丈夫。安心して、美樹さん」


その口調はやさしいけれど、どこかに不安を隠しているようにも聞こえた。

なんだろう。気にはなったけれど、聞いても教えてくれそうにはなかった。


通話を終えた母さんは、美佳に微笑みかけながら言った。


「今日、美佳ちゃんお泊まりしてね。美樹さん、遅くに用事があるんですって」

「え、ほんと!? やったー、お泊まりできるの?」

「ええ。久しぶりに一緒に寝ましょう」


母さんの言葉に、美佳は満面の笑みを浮かべた。

純粋に喜んでいるその様子を見て、少しだけ胸が痛んだ。


僕は椅子を引いて立ち上がった。


「じゃあ、僕は部屋に戻るよ」

「あ、ごめんね。お風呂洗って、お湯も入れてくれる?」

「うん、わかった」


風呂場に向かいながら、なんとなく胸の奥にひっかかるものを感じていた。

浴槽に手を伸ばし、洗い始めた頃——背後からスリッパの音が近づいてきた。


「ねえ、さっきの美樹さんの電話なんだけど……」


振り返ると、母さんが少し声を潜めて言った。


「どうしたの? 話してる時、ちょっと表情が曇ってたよね」

「美佳ちゃん、『おばあちゃんちに行きます』って書き置きだけ残して、電話もメッセージもなしで来たらしいのよ」

「えっ……?」


驚きで、手が止まった。まさか、美佳がそんなことをするなんて。


「どうしてそんな……?」


「理由はわからないけど、美樹さんも今日は遅くなる予定だったみたいで。一人でいるのが嫌だったのかもね……」


母さんは心配そうに目を伏せた。

僕は浴槽の洗い残しを確認しながら尋ねた。


「何かあったのかな……。さっきゲームしてたとき、少し元気がなかった気がする」

「美佳ちゃん、あなたには何か言ってなかった?」

「友達とちょっと……って言ってたけど、それ以上は教えてくれなかった。はぐらかされた感じだったよ」

「……そう。やっぱり、何かあるのね。きっと、そのうち話してくれるわ。私たち、信じて待ちましょう」


母さんはそう言って、静かに去っていった。


信じて待つ。

その言葉が、不思議と心に残った。


お湯を張り終えて風呂場を出ると、リビングからは楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

テレビを見ながら、母さんと美佳が何か言い合っている。


(まあ、今日はゆっくり過ごしてもらうしかないか)


部屋に戻るつもりだったけれど、やっぱり気になって、僕もリビングに腰を下ろした。

他愛もない話をしながら、ただ一緒にテレビを見る——。

それだけでも、美佳の気持ちが少しは晴れるかもしれない。


★★★


3章 【微妙なお年頃】


テレビを見ながら談笑していたら、それなりに時間が経っていた。


「美佳ちゃん、そろそろお風呂入りなさい? 明日はお休みだけど、寝坊は厳禁よ」


母さんがやわらかく促すと、美佳は素直に頷いた。


「うん! ……あのね、お兄ちゃん、一緒に入ろう?」

「ええっ!? お風呂に? いやいや、ダメだよ。いくら姪でも、もう年頃なんだし……」

「えー、昔は一緒に入ってたじゃん?」


たしかに、まだ小さかった頃はよく一緒に入っていた。でも、もうそういう歳じゃない。


「まあ……兄妹みたいに仲がいいとはいえ、もうそういうわけにはいかないわよねえ」


母さんが苦笑いしながら口を挟むと、美佳はぷうっと頬を膨らませて言った。


「じゃあせめて……お話だけでも! 美佳が入ってる間、脱衣所にいて!」

「え、えぇ〜……しょうがないなぁ……」


結局、美佳の勢いに押されて、僕は渋々うなずいた。

母さんは呆れたように肩をすくめながらも、どこかほっとしたような笑みを浮かべている。

まるで、「あの子のこと、お願いね」とでも言いたげな顔だった。


しばらくして、脱衣所の扉の向こうから美佳の声が響いた。


「お兄ちゃん、お風呂入ったよー」

「わかった、行くよ」


僕はタオルを持って脱衣所へ入る。

湯気がふわりと立ちこめていて、その中にふんわりと甘い香りが混じっていた。

石鹸とシャンプー、それにどこか少女らしい、やさしい匂い。


(……これが思春期の女の子の匂い、か)


そんなことを思ってしまった自分に、慌てて首を振る。


(ダメだダメだ。姪だぞ。落ち着け俺)


美佳はまだ湯船に浸かっているようで、浴室の向こうから声がした。


「お兄ちゃん、背中流してくれる?」

「ええっ!? いやいや、それはダメだって。自分で洗いなよ」

「でもね、うまく届かないの……。ね? お願い、ちょっとだけでいいから……」


湯気越しに見えた美佳の肩越しの横顔。

頬がほんのり紅潮していて、恥ずかしさと甘えが入り混じったような、なんとも言えない表情をしていた。

目を伏せるそのまつげも、少しだけ震えている。


まだ子どもみたいに無邪気だけど、それでも少しずつ大人になろうとしている。

その中間地点にいる、いちばん繊細で複雑な年頃。


(うう……これは……)


僕はしばらく迷って、それでも、ふっとため息をついた。


「……ちょっとだけ。ちょっとだけなら、いいよ」

「やったー! ありがとー、お兄ちゃん!」


美佳は嬉しそうに声を弾ませた。

その笑顔は、ほんの少しだけ照れくさそうで、でもどこか安心したようにも見えた。


……この距離感を、間違えないようにしなきゃ。

そう、心の中で何度も自分に言い聞かせながら、僕はそっと浴室の扉を開けた。


そこにいたのは、風呂椅子にちょこんと座った美佳の背中だった。

……昔と、全然違う。


丸みを帯びはじめた肩や、すらりと伸びた背筋。

濡れた髪が背中にまとわりついていて、湯気の中でほのかに光って見える。

あんなに小さかったのに、もうすっかり――


僕は慌てて視線を逸らし、棚から洗いタオルを取り出した。


「……じゃあ、本当にちょっとだけだよ?」

「うん! お願いします!」


嬉しそうな声。

無邪気なその響きが、ほんの少しだけくすぐったく聞こえた。


僕はタオルを濡らし、そっと美佳の背中にあてがう。

少し肌理きめの細かくなった背中に、慎重にタオルを滑らせる。


(……大きくなったな)


心臓が、トン、と不自然なリズムを刻む。

いけない。姪だぞ、妹みたいな存在だろ。そう何度も言い聞かせる。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「ん、どうした?」

「前はよく一緒にお風呂入ってたよね。お兄ちゃん、覚えてる?」

「……ああ、もちろん覚えてるよ」


僕は頷きながら、記憶の奥にある光景を思い出していた。

泥まみれになって帰ってきたり、転んで泣きじゃくったり――

目を離せない子だった。洗い方を教えたのも、今思えば懐かしい。


「体をちゃんと洗えない美佳に、洗って見せたりしてたな」

「そうだね……ちんちんの洗い方まで教えられたの、覚えてる」

「うっ……そ、それは……お前が聞いてきたんだろ……」


美佳が幼稚園くらいのときの話だ。あれは本当に教えるつもりだけだった。たぶん。


「冗談だよ、お兄ちゃん……あの頃は楽しかったなあ」


美佳の声が少し沈んだ。

その背中は静かで、どこか寂しそうな雰囲気をまとっていた。


「……美佳、どうも元気ないよね。詳しく聞いてもいい?」


一瞬の沈黙の後、美佳は小さな声で問いかけてきた。


「ねえ……お兄ちゃんって、友達いる?」

「ぐはっ!?」


思わず胸を抑えて呻く。急所にクリティカルヒット。


「ど、どうしたのお兄ちゃん!? 大丈夫!?」

「ご、ごめん……急にくるなぁ、その質問は……」

「もしかして……いないの?」

「……まあ、連絡取ってるやつはいないかな」

「そっか……ごめんね、なんか……」


美佳が、しょんぼりとした声を漏らした。まるで自分が悪いことを言ったかのように。


「美佳もね……そんなに友達多くないけど、一人だけ仲のいい子がいたの」

(それは嘘だな。美佳の性格なら、クラスでも人気があるはず……)


……ん? いた?

「“いた”って、過去形?」

「うん……最近、なんだか避けられてて」


湯気の中、美佳の肩が少しだけ震えた気がした。


「美佳、何かしたのかなって……分からないまま、距離だけ離れちゃって……」

「それは……辛いよな」

「うん……“友達だって思ってたの、自分だけだったのかな”って思うと、なんか……ね」


僕はそっと背中を洗い終え、ぬるま湯をすくって流してやった。

静かに流れるその背に、どこか切なさが残っていた。


(悩みなんて無縁の子供だと思ってたけど……もう、この子はちゃんと悩む年頃なんだな)


「ありがと、お兄ちゃん。……よいしょ」

「わっ、急に立ち上がるなよ!」


目の前に、美佳の素肌が飛び込んできて、慌てて視線を逸らす。

……訂正。この子はまだまだ子供だ。


「ごめんごめん。年頃の女の子のお尻見て、ドキドキしちゃった?」


湯船に入った美佳が、悪戯っぽく笑った。

(……わざとやったな、こいつ)


「は、ははは。もう少し“大人のレディ”になったらドキドキする……かもね?」

「ふふっ。じゃあ、あと数年待っててね、お兄ちゃん。

 心臓破裂しちゃうくらい、ドキドキさせてあげるから」

「……こいつは……ほんと、油断ならないな」


湯気の向こうで、美佳がにやりと笑った。


その時――。


「美佳ちゃん? 私も入るから、上がるのちょっと待っててねー」

母さんの声が、廊下の向こうから届いた。


やばいっ……!

今、このタイミングで入って来られたら――裸の美佳と一緒にいるところを見られてしまう!


「お兄ちゃん、早く早くっ!」

「わ、わかってる!」


焦りながらも、なるべく音を立てないように浴室の扉をそっと開け、すばやく外へ飛び出す。

パタン――と静かに扉を閉めた、その直後。


「……あら、どうしたの。扉に手をかけて」


背後から不意に声がして、ビクッと肩が跳ねた。

脱衣所の扉が開き、タオルを抱えた母さんが立っていた。

間一髪……いや、もうバレたかも……?


「あ、えっと……美佳と、ちょっと話しててさ……なんとなく、名残惜しくて?」


自分でも何を言ってるのかわからない。口から出たのは適当な言い訳だった。

母さんは一瞬だけ目を細めて、ふうんとつぶやく。


「まあいいけど。私も入るから、もういいわよ」

「あ、はいっ」


どうやら……セーフ、か?

僕は心の中で何度もうなずきながら、急いでタオルを巻いて脱衣所を出た。

(バレてない……バレてないよな……?)

後ろ手に扉を閉めながら、僕はそっと胸を撫で下ろす。


安堵と、ほんの少しの罪悪感と、謎の達成感が入り混じったまま――僕は廊下を歩き出した。


★★★


美佳はもう寝ているだろうか。


二人が風呂から上がった後、僕も遅れて入浴を済ませた。

風呂を出た頃には、もうリビングは静まり返っていて、灯りも落とされていた。


きっと美佳も、母さんと一緒に寝たんだろう。

美佳がまだ小さかった頃は、よく僕の部屋で一緒に寝ていた。

けれど、最近は母さんと一緒の布団で寝ている。


僕は自室に戻り、布団に入る。


「……美佳、大丈夫かな」


あの背中越しの言葉。友達とのこと――あれは、やっぱり辛そうだった。

友達がいない僕に、彼女を救うためのアドバイスなんて……あるのか?

考えるだけで、胸がズキズキする。

……もう寝よう。


目を閉じる。ほんのりと温もりの残る布団に包まれながら、意識が少しずつ遠のいて――


コンコン。

ノックの音で、はっと目を覚ます。


ウトウトしていただけか、ほんの少し眠っていたのかもわからない。

「……誰?」

「お兄ちゃん、入るね」


扉が開いて、顔を覗かせたのは美佳だった。

彼女用に常備しているパジャマを着て、手には枕。

長い髪は一束にまとめられ、胸の前に流れている。


「どうしたの、美佳?」

「えっと……その……怖い夢、見ちゃって……」


恥ずかしそうに視線を逸らしながら、彼女は小さな声で言った。


「だから、その……一緒に寝てもいい?」

「ええっ……!?」

挿絵(By みてみん)

さすがに年頃の女の子と同じ布団で寝るのは、ちょっと……

でも、断りかけた言葉を飲み込んだ。

不安げに立ち尽くす美佳の表情が、それ以上を言わせなかった。


さっきの話も思い出す。

この子は今、とても繊細な状態なんだ。


「……わかったよ。じゃあ、ここに入って」

「うん、ありがと!」


ぱあっと花が咲いたような笑顔で、美佳は布団に滑り込んできた。

僕は布団の端に少しだけスペースを空け、彼女に背を向けて横になる。

同じ布団で、背中合わせ。


これなら大丈夫。

たぶん。


「あのさ、お兄ちゃん……」

「どうした?」

「お兄ちゃん、男の人の匂いがする」

「そりゃまあ……男だし」

「……うん。そうなのね」


美佳は体をひねって、僕の背中に額をそっと押しつけてきた。

背中越しに伝わる体温と、微かな呼吸のリズム。

それが妙に生々しく感じられて、僕は思わず息を飲んだ。


何を話せばいいのか分からず、黙っていると――

時間の感覚が曖昧になるほどの沈黙が続いた。


……どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。


「ねえ、美佳」

「……」


返事はない。

静かすぎる空気の中、耳を澄ますと、穏やかな寝息が聞こえてきた。

……寝てしまったようだ。


僕はそっと身を返し、美佳の方を向く。

そこには、静かに眠る美佳の寝顔があった。


やっぱり、年頃の女の子だ。

唇の間から漏れる呼吸が、妙に色っぽくて――

僕は内心焦りながらも、目を離せなかった。


「ん……」


(だ、だめだ……変なこと考えるな……! 早く寝るんだ、寝る!)


そう言い聞かせて目を閉じるが、美佳の息遣いが鼓膜に響いて眠れない。

薄く膨らんだ胸が、規則正しく上下している。

長い睫毛、整った鼻筋。そして、無垢な寝顔。


まるで天使のように、清らかで、美しかった。


気がつけば、僕の手はそっと伸びていた。


手の甲で、頬を軽く撫でる。

美佳はぴくりと反応するが、目を覚ます様子はない。


今度は手のひらで、そっとその頬に触れる。

柔らかくて、あたたかくて――心地いい感触だった。


僕はつい、指先をぷるぷるとした唇に滑らせてしまう。


「ん……」


微かな声。けれど目は閉じたまま。


そのとき――

美佳の体がぴくりと震えた。


「おにい、ちゃん……」


(起きた!?)


思わず僕は固まった。しかし、美佳は目を閉じたまま、うっすら笑みすら浮かべている。


「お兄ちゃん……大好き……」


寝言だ。

でも、寝言で「大好き」なんて……。


(やばい。これは……本当にヤバい)


もうこれ以上はダメだ、と思った。

――けれど、その想いが、指先から漏れ出した。


ほんの一瞬、ほんの軽く。

僕は、美佳の唇にキスをしてしまった。


唇を離した、その瞬間。


「……お兄ちゃん」


美佳が目を開けて、僕を見つめていた。


「びっ……! 起きてたの!?」


僕は慌てて体を離す。


「うん。でも……」


美佳はそのまま、僕を見上げて、微笑んだ。


「キスのときのお兄ちゃんの顔……すっごいエッチな顔してた」

「えっ!? そ、そうかな!? あはは……」


照れ隠しのように笑ってみせるが、内心は混乱の渦だった。

横に並びながら、ふと思い立って尋ねる。


「ねえ美佳……。いつの間に起きてたの? てっきり眠ってたと思った」

「んー? 美佳、起きてないよ?」

「は……?」


僕が困惑していると、美佳はするりと僕の胸に顔をうずめてきた。


「そんなことより、抱きしめて……お兄ちゃんの胸の中で、幸せに包まれていたいの……」


(あれ? 美佳って……こんな言い方する子だったっけ……?)


不思議な違和感を抱きつつも、彼女を抱きしめると――

急に、眠気が襲ってきた。


「お兄ちゃん……おやすみ……」


その声を最後に、僕の意識はふっと途切れた。


★★★


はっ、と目が覚めた。

……部屋は静まり返っている。

窓の外も暗いままで、どうやら朝まではまだ時間がありそうだ。

隣を見やると、美佳は穏やかな寝息を立てている。


「夢……だったのか……」


思わず安堵の息が漏れる。

こんないたいけな子に、あんなことをしてしまっただなんて――現実だったら……。



僕はゆっくり静かに立ち上がり、気を落ち着かせる。


薄明りのついている時計を見て時間を確認する。

まだ深夜だ。それほど寝てはいない。


気を取り直して、もう一度眠ろうと布団に入ろうとした、そのとき。


「う、うう……こないで……やめて……」


美佳の声。

うなされている――そういえば怖い夢を見たと言っていた。


(一緒に寝てあげれば、安心するかな……)


そっと布団に入り、美佳の頭をやさしく撫でる。

けれど、彼女の顔は苦しげなままだ。


「美佳、大丈夫か……」


声をかけても返事はない。


起こしてしまおうか……。

でも、昔、似たような時に起こしたら、何も覚えてない美佳に「なんで起こすの」って怒られたことがあったっけ。


僕はそっと、美佳の手を握る。

ぎゅっと、しっかりと。


すると、少しだけ彼女の表情が和らいだような気がした。


(どんな夢を見ているんだろう……)


まぶたが重くなってくる。

そして、僕の意識は、また静かに沈んでいった。

後半は一転してホラー映画風の世界へ。

夢の中のヒロインにもご注目。

このまま読んでいただけるとありがたいです。

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