7.予想外の遭遇
「よぅ、リファ。久し振りじゃねぇか。今まで何してたんだよ?」
冒険者ギルドに入ると、馴染みの冒険者が私に声を掛けてきた。
「ちょっとね、色々と忙しかったのよ。今日はムシャクシャすることがあったから、盛大に暴れてやろうと思って」
私の格好は、冒険者用の服を着て、長いライトブラウンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにし、顔半分まで隠れる黒いメガネを掛けて変装をしている。
名前も、『リファ』という偽名を使い、正体隠しは完璧だ。
「うわっ、こえーこえー。お前が暴れると森一つ簡単に消えちまうんだよな。丁度、『エルバの森』でゴブリンの巣の壊滅の依頼が出ていたぞ。暴れるには最適じゃねぇか?」
「あら、じゃあそれにしようかしら。教えてくれてありがとう」
「いいってことよ。ホントに森を消すんじゃねぇぞ」
「ふふっ、善処するわ」
私達は笑顔で別れると、早速ギルドの受付でゴブリン壊滅の依頼を受けた。
あら、結構な報酬金額ね。これは腕が鳴るわ。
私は準備をすると、『エルバの森』へと入って行った。時間はもう夕暮れ時で、日が少しずつ傾いている。
「さて。夕ご飯に間に合うように、早急に片付けなきゃね」
手をコキコキと鳴らしていると、早速数匹のゴブリンが現れた。
私は即座に詠唱し、掌に炎の玉を幾つも作り出す。
「燃え尽きなさいっ!!」
私はそれらを一斉にゴブリン達に向かって投げる。投げた炎の玉は全てゴブリンに命中し、炎に呑まれ灰となって消えていった。
私は火の属性者で、『火の魔法』が使えるのだ。
通常、何かの属性を持って産まれた者は、その属性の色が髪や瞳に現れるのだけれど、私の場合は特殊で、魔法を使った時にだけ髪と瞳の色が紅に変わる。
普段は一般的なライトブラウンの髪と瞳の色なので、魔法を使えるなんて誰も思わないだろう。
なので、魔導師のイザコザや争いに関与しなくていいので気が楽だ。
そして、私は順調にゴブリンを倒していき、奴らが逃げ込む先に巣があるのを発見し、そこを全て燃やした。
勿論、森に火が移らないように調整して。
「あー、暴れた暴れた。いい気分転換になったわ。報酬額も良い感じだし、一石二鳥――」
刹那、後ろから鋭い殺気が走り、私は急いでそこから跳んだ。
その瞬間、私がいた場所に深々と大きな斧が突き刺さる。
地面に着地し、すぐに前を見上げると、そこには一回りも二回りも大きい、醜悪なゴブリンの姿があった。
「こいつは……ゴブリンキングッ!?」
ゴブリンキングは、なかなか見掛けない魔種だ。突然変異したのか、それともさっき燃やしたゴブリンの巣のボスなのか……。
「何にせよ、ここで倒さないと町の皆が危険に晒されるわね」
私は目を閉じ、詠唱を始めた。
ゴブリンキングはその隙を狙って、私に向かってドスドスと突進してくる。
「馬鹿ね、遅いわよッ!!」
私が勢い良く前に手をかざすと、ゴブリンキングの身体が瞬時に巨大な炎に包まれた。
その炎は大きくうねり、バタバタと動くゴブリンキングを無慈悲に焼き尽くしていく。
「オーッホッホッホ!! 弱き者を襲う悪は皆燃え尽きるのよ!! ざまぁみなさいっ!! 恨むなら人を襲う自分と弱い自分を恨むのねっ!!」
天を向き、顎の下に手の甲を添え気分良く高笑いしていた――その時。
「き、君……は――」
後ろから震える男性の声がし、私は思わず振り向いてしまった。
そこには、騎士団の鎧を着た旦那様が、剣を手に持ち――驚愕の表情で立っていた。
――ぎゃあぁぁぁっ!? ひぃえぇぇぇっ!?
なな何で旦那様がここにいるのよぉっっ!?
私は心の中で盛大に叫び、バクバクと高鳴る心臓に手を当てる。
――おおお落ちつくのよ私っ! 変装して顔を隠しているから、まだ私だと気付かれていないはず……!!
……かくなる上は……。
“逃げるが勝ち”よっ!!
私は早口で詠唱し、目の前に大きな炎の壁を作り出す。ある程度の時間になると消えるように設定してある、触っても熱くない見せ掛けの炎だ。
けれど、旦那様には本物の炎だと思っているだろう。
旦那様が動けないことを確認し、踵を返して猛ダッシュで走り去る。
「ま……待てっ!! お願いだ、待ってくれっ!! エリーサ――エリーサッ!!」
後ろから、そんな切実な叫びが聞こえてきた。
ん? 何故そこでその女の名前が?
好き過ぎて幻覚でも見えちゃったのかしら? 何にせよ好都合だわっ!
私は旦那様の声を無視し、この森から急いで脱出したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギルドから報酬を貰い、変装を解きお金を数えながらでウキウキでサオシューア侯爵家に帰ると、シルヴィが出迎えくれた。
「おかえりなさい、リファレラ様。いつもの如く滞りなかったようですね。お疲れ様でした」
「ありがとう、シルヴィ。お留守番お疲れ様」
私達は自分の部屋に入ると、早速ベッドに寝っ転がった。
「依頼自体は大したことなかったんだけど、そこに何と旦那様がいてね、そりゃもうビックリ仰天したわよ。慌てて撒いて逃げて来たわ」
「グラッド様が? 何か騎士団の任務でもあったんでしょうか」
「あぁ、そっか。副団長だものね、旦那様。きっとそうね。――あっ、ちょっと聞いてよシルヴィ! 旦那様ってば、私のことをエリーサと勘違いしたのよ! ホント失礼しちゃうわ! でも私だと気付かれていなくて良かったわ」
「……あの女と勘違い……紅い髪……。――あぁ、そういうことですか、成る程……」
シルヴィがブツブツと独り言を言っているのに、私は首を傾げて訊いた。
「どうしたの? シルヴィ」
「いえ、何でもありませんよ。リファレラ様は知らなくて良いことですから。早く離縁出来ると良いですね」
そう言って、ニッコリと笑うシルヴィ。
いやいや絶対に何かあるでしょ……。
でも、こういった場合のシルヴィは、何を訊いても教えてくれないので、質問するのは諦めている。
私に必要な場合は、この子はちゃんと教えてくれるから。
気持ちを切り替えて、私達はお喋りしながら夕ご飯を食べに行った。
――そしてその日、旦那様は屋敷に戻って来なかったのだった。