6.湧き上がる身勝手な感情 ◇
――アトラシャル帝国の、第一皇子の部屋にて。
「失礼致します」
ノックをし、入ってきたのは、シルバー色の髪をした髭もじゃの男、グラッドだった。
グラッドの目線の先には、長いサラサラの金髪を後ろで結び、碧色の瞳を楽しそうに輝かせている美丈夫が腕を組み、窓辺に立っていた。
彼は、アトラシャル帝国の第一皇子、トリスタン・バル・アトラシャルだ。
「何か御用でしょうか、トリスタン様」
「お前、エルドラト子爵家に行って、リファレラ嬢の親御さんに離縁のお願いをしてきたんだってな?」
先程の、出来立てホヤホヤな事柄への質問に、グラッドはゴホッと咳き込んだ。
「な、な、な何故……っ」
「お前の行動はお見通しなんだよ。――で、どうだった? 無事に離縁出来たか?」
「いえ……。先延ばしになりました」
「ま、だろうな。彼女の親御さんは優秀だ。リファレラ嬢を針の筵にさせない為にそうすると思ったよ」
(トリスタン様もすぐに気付けたのに、僕は……。本当に、僕は自分のことしか考えていなかった。リファレラに深い傷を与えるところだった――)
グラッドは自責し、知らず唇を強く噛み締める。
「あーぁ、でも残念だな。離縁したら、すぐに俺がリファレラ嬢に結婚を申し込もうと思ってたのに。暫くお預けかぁ」
「は……?」
聞き捨てならない言葉に、グラッドは頭を上げてトリスタンを見た。
「おかしなことを仰らないで下さい。リファレラは僕の妻です」
「今は、だろ? いずれ近い内に離縁して、お前は『初恋の人』と結婚するんじゃないか。そしたら何もおかしなことはないだろ?」
「それは……っ!!」
グラッドは奥歯を噛み締め、黙った。
(確かにおかしなところはない。けど……この気持ちは何だ? リファレラを“取られたくない”だなんて、こんな……こんな身勝手な気持ちは――)
「そうそう、本題を忘れるところだった。お前、今から『エルバの森』に行ってくれ。巨大な魔物が出現したという情報がさっき入ったんだ。ソイツをさっさと倒してきて欲しい。お前なら一人でも大丈夫だろ」
「畏まりました。今すぐ行って参ります」
グラッドは一礼すると、踵を返し歩き出す。
「離縁したらすぐに教えてくれよ? そしたら、すぐにリファレラ嬢に結婚の申込みをするからさ」
背中に投げられた言葉にグラッドは思わず振り返り、トリスタンをギッと睨みつけた。
「失礼致しました」
バタン! と勢い良く扉が閉められ、グラッドの乱暴な足音が扉の向こうの廊下に響き、やがて消えていった。
トリスタンは堪え切れないようにプーッと吹き出す。
「あー、アイツからかうと面白いなぁ。ま、ちょっとは本気なんだけどさ。――さぁて、いつ気が付くことやら」
トリスタンはクックッと笑うと、腕をグーッと天井に向けて伸ばし、執務に戻っていったのだった。