3.毎夜恒例の報告会
「今日も会ってきたよ、彼女に」
「あらそうですの。どうでしたか?」
――夜、サオシューア侯爵子息の部屋にて。
私と旦那様は二人並んでソファに座り、旦那様の恋人の報告を受けていた。
いつの間にか、こうして毎晩旦那様の部屋で報告会をするのが日課となっていた。
隣に座ると、相変わらず腕と腕がくっつくくらい距離が近いので、さり気なく離れるのも日課となっている。
次からは、「私の隣のその隣にお座りになって」と言ってあげた方がいいかしら……。
「……エリーサの気持ちが分からなくなった」
あ、恋人の名前は『エリーサ』というそうです。
「分からない、とは?」
「会う度に『これが欲しい』『あれ買って』と物をねだってくるんだ。最初は買ってあげてたけど、こうも頻繁にねだられると、言われるがままに買ってあげていいのかと疑問が出てしまって……」
「ちょっとよろしいですか? その購入してお支払いしたお金はどこから……?」
私の質問の意図が分かったのだろう。旦那様は慌てたように両手を左右に振って答える。
「もっ、勿論僕個人のお金だ! 私財だよ! 家のお金には絶対に手を付けていない!! 神に誓って言えるよ!!」
「あぁ、それは安心しました。もしこの家の資金を使用していたなら、ブン殴って張り倒してその身体を丸ごと燃やし尽くすところでしたわ」
「最後!! 最後すっごく怖いんだけどっ!?」
「とにかく、物をねだる頻度が高い、ということですよね……」
私の中で、嫌な懸念点が思い浮かぶ。
その懸念点が事実だとしたら、非常に困る。
旦那様と恋人には上手くいってほしいのに。
そうしないと、離縁して実家に戻れないではないか。
でも、ただの甘えで物を欲しがってる場合もあるし……。
「また物をねだってきたら、試しに『プレゼントは僕を丸ごとあげるよ、ハニー☆ 史上最高のプレゼントだろ? ハハハッ☆』と仰ってみては如何ですか?」
「ブホォッ!!」
私の提案に、旦那様は思いっ切り吹き出し、ゲホゲホと咳き込む。
あらいやだ、盛大に吹き出し咳き込むほど素晴らしい提案だったのかしら?
「……そ、それはちょっと……。僕の性格的にかなりキツイというかイタイというか……」
「あら、そうですの? 良い提案だと思いましたのに……。では、『物じゃなくて、僕を見てくれないか?』、は如何ですか?」
「あ、あぁ! それなら何とか言えるかも……! 今度会った時に伝えてみるよ。本当にありがとう、リファレラ! 君にはいつも助けられてるよ」
旦那様は私の方を向き、ズイッと擦り寄り両手で私の手をグッと握りしめてきた。
あぁっ! 折角距離を取ったのにそれを無駄にしないで……!
「だ、旦那様。ちなみにその方とは手を繋がれましたか……? 抱きしめるとかは……?」
「……い、いや、まだだ……。何でだろう、彼女に触れたいと全然思えなくて……。『初恋の人』だから緊張が続いているのかもしれない……」
「今、私の手を握っているのですが、これは良いのでしょうか?」
「君には素直に触れたいと思うんだ。僕が心を許してるからかな? 君には本当に何でも話せるよ」
くっ、前髪の隙間からキラキラした眼がこちらを見つめてきて眩しい……!
あといい加減手を離してくれません? 他の女に触れたら浮気になりませんか?
ん? あら? 浮気しているのはそちらの方よね……。もう、頭がこんがらがってくるわ!
そっと旦那様の手から自分の手を離し、再びさり気なく距離を取ると、私は気になっていたことを訊いてみた。
「旦那様、親への説得の件はどうなりましたか?」
「あぁ、まず最初に僕の両親に伝えたんだ。そしたら大激怒された」
まぁそうですよね!!
「この『政略結婚』は家の事情が深く関わっていることは十分分かってるんだ。それでも僕は『初恋の人』と一緒になりたい――僕の想いを根気よく伝え、真剣に謝り続け、君の家への援助金は毎月僕の私財から出すと言ったら、薬草の提供はそのまま継続で、君の両親を説得出来たら許可するとの結論になったよ」
「あら……」
恋人への強き想いが、旦那様の御両親に打ち勝ったのね……。
それに忘れていたけれど、この人、帝国の騎士団の副団長だったわ。
お給金もそれなりに戴いてるから、そんな豪語が出来たのね。
「だから明日、エリーサに少し会った後君の家に行ってくるよ。面会の約束はもう取り付けてあるんだ。僕一人で行ってくるから、留守番よろしくね」
「まぁ、仕事が早いですのね。流石ですわ。両親によろしくお伝え下さいませ。道中お気を付けて」
「うん、ありがとう。じゃあ、明日も早いし寝ようか」
旦那様はそう言うと立ち上がり、自然に私の手を取ってそっと立ち上がらせると、ベッドに向かって歩き出す。
……スマートだわ! これを恋人にしたら好感度があがるんじゃないかしら?
あ、旦那様は暫くソファで就寝していたけれど、毎回身体を縮こませて窮屈そうに眠るので、罪悪感が勝ってしまい一緒のベッドを許しました。
勿論、旦那様には一番端に寄って貰い、私も反対側の端に寄り、すごーく離れて寝ますが。ベッドが広くて助かりました。
「じゃあおやすみ、リファレラ」
「おやすみなさい、旦那様」
明日の説得が上手くいくことを願いつつ、私は毛布を被り、静かに目を閉じたのだった――