2.恋の相談役に就任
「その……、『初恋の人』と付き合えることになったのは嬉しいんだが、僕の気持ちがおかしいと言うか……」
あらあら? 承諾も拒否もしないうちに話を進めちゃったわ。せっかちなのね、旦那様。
まぁ面白そうだし、話だけでも聞いてみますか。
「“おかしい”……とは?」
「彼女を『初恋の人』だと考えれば気持ちが高揚するんだが、彼女自身を見ると、その気持ちが無くなるというか……」
「……? 仰っている意味がよく……。では質問なのですが、彼女を見ているとドキドキしますか?」
「『初恋の人』だと思えばドキドキする」
「手を繋ぎたいとか、抱きしめたいとか思いますか?」
「『初恋の人』だと思えばしたくなる」
「……『初恋の人』と思わずに、“彼女自身”には……?」
「……ドキドキしないし、その気が全く起きない……」
あらぁ? 一体どういうことかしら?
「でも、その方が『初恋の人』で間違いないのですよね?」
「あぁ! あんな紅い髪を持つ女性は彼女しかいないっ!」
「ならいいんじゃありませんの?『初恋の人』で間違いないのであれば、『初恋の人』と思って接しても問題ないと思いますわよ?」
「そ、そうか……! そうだよな! ありがとうリファレラ! 心が軽くなったよ! 今後もまた相談に乗ってくれないか? 君には何でも気軽に話せる気がするよ。こんな風に女性と気兼ねなく話せるなんて初めてだ。君は不思議な人だな」
「あら、どういたしまして。褒め言葉として受け取っておきますわ」
旦那様は、前髪の隙間から覗かせたライトグリーンの瞳をキラキラ輝かせながら、私を見つめてきた。
……私も男性に免疫が無いから、こんな至近距離で見つめられると照れるわ……。
「えっと、それでは『初夜』はどうされますか? 別々の部屋で就寝されますと、周りの目が色々と問題ではなくて?」
「そうだよな……。じゃあ僕はあそこのソファで寝るよ。リファレラはこのベッドを使ってくれ」
「あらそうですか? では遠慮なく。おやすみなさいませ、旦那様」
私はさっさとベッドに横になり、毛布を被った。
「本当、迷いなく遠慮がないな……」
旦那様の苦笑混じりの呟きが聞こえたけれど、私は無視して夢の中へと入っていったのだった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ブフ……ッ。そ、それでリファレラ様は、滑り込み土下座されて、浮気されて、夫の恋の相談役になったと、そういうことですね」
「そういうこと。簡潔にまとめてくれてありがとう、シルヴィ」
「その後、侯爵子息である夫を、高身長の身体をギュウギュウに縮こませてソファで寝かせて、小柄なリファレラ様は大きなベッドで大の字になってグースカ気持ち良く眠った、と……。く、くはっ……」
「…………シルヴィ、笑いたきゃ我慢せず笑っていいわよ?」
「そうですか? では遠慮なく。――ブァーーハッハッハッ!! グワハハハッ!!」
「こらっ!! 淑女がそんな豪快過ぎる笑い方をしないっ!!」
――サオシューア侯爵子息夫人の部屋にて。
ソファに座る私の前で盛大で豪快に笑いを飛ばしているのは、私の専属の侍女であるシルヴィだ。
瓶底メガネに、ブラウン色の髪を三つ編みにして肩から垂らしている少し古風な見た目だけど、シルヴィに似合っていて可愛い。
彼女は、私が実家のエルドラト子爵家にいる時から侍女をやってくれていて、今回私がサオシューア侯爵家に嫁ぐ時も一緒に付いてきてくれた。
私より三歳年下の二十一歳だけれど、私の親友といっていいくらいに仲が良い。
まぁ、向こうはどう思ってるか分からないけれど……。
「はぁー……。しかし、とんでもない人が夫になったもんですね。いくら『政略結婚』とはいえ面白過ぎる話です」
「『酷い話です』と言いたかったのかしら? 本音がポロッと出てるわよ、シルヴィ?」
「あら失礼いたしました、ウフフ」
「全く……。この結婚は、サオシューア侯爵がうちで栽培している高級薬草が欲しいが為に親同士で決めたものでしょう? うちも侯爵家の援助があったらすごく助かるし。そんな家同士の事情が絡む中、脳内お花畑満開の旦那様は、お互いの親を説得して無事離縁に持ち込めるかしらね?」
私はソファに身体を沈めると、ふぅと長い息を吐く。
「まぁ、『任せろ』と言われたのなら任せておけばいいんじゃないですか? この屋敷で好きなように暮らしても構わないなら、お言葉に甘えて好き勝手に暮らしましょう。離縁した後すぐに出ていくこのお屋敷に、遠慮する必要は無いですよ」
「そうね、そうしましょうか。――あーぁ、早く実家に帰って薬草栽培に勤しみたいわ。ねぇシルヴィ、こっちでもギルドに行っていいかしら? ずっと行かないと身体が鈍るのよ。お小遣いも貯めたいし。バレないように変装して行くから。ね?」
「御自分でお小遣いを貯めるその姿勢は大事ですし、いいですよ」
「やった! その時は周りに誤魔化しよろしくね、シルヴィ」
私はソファから立ち上がると、シルヴィの両手を握りしめた。シルヴィは苦笑しながら頷く。
「仕方ないですね。ただ、兄もリファレラ様のことを心配していましたから、程々にしておいて下さいよ」
「あぁ、シルヴィのお兄さんね。今も文通は続いてるの?」
「えぇ、ほぼ毎日伝書鳩で届くので返事を書くのが大変です」
「あらあら、相変わらず兄バカねぇ。妹が可愛いのは分かるけど。――帰って顔を見せに行ってもいいのよ? シルヴィ」
それに、シルヴィは小さく首を横に振った。
「いえ。少しでも長くリファレラ様のお傍にいたいのです」
「……シルヴィ……」
「リファレラ様の周りには、何かと面白いことが起こりますから。それを見逃すなんて勿体ないッ!!」
「……あ、そう……」
……親友だと思ってるのはきっと私だけね、うん……。