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16.上を向いて




 快晴の空の下、私は畑の雑草取りに精を出していた。



「うーん、やっぱり良いお天気の中で農作業をするのは格別に気持ち良いわね!」

「そんなことを眩しい笑顔で言う貴族の御令嬢はリファレラ様くらいじゃないですか?」

「あら、探せば幾らでもいるわよ。私は極普通の貴族の娘よ!」

「まぁそういうことにしておきましょうか」



 私は今、実家のエルドラト子爵邸の畑にいる。

 この畑では最上級薬草の栽培をしていて、屋敷の皆で大切に育てているのだ。


 私の格好は、長い髪を後ろでまとめ、長袖のシャツとズボンで首にタオルを巻くという貴族の娘らしかぬ姿をしているけれど、全然問題ないわ。動き易さ重視よ!



「しかし、リファレラ様。グラッド様に『旦那様が当主になるまでは、一ヶ月に一回、一週間ほど実家に帰らせて貰う』という、彼にとってまさしく【拷問刑】の約束をしたはいいのですが」

「ちょっと待ってシルヴィ。【拷問刑】って何よ? そこまで酷くないでしょ? 旦那様、私のこと大好きで片時も離れたくないみたいだから、『離れている間、私を想って枕を涙で濡らしてなさい』っていう、浮気した旦那様へのちょっとした仕返しよ。私は実家で好きな農作業が出来るし、一石二鳥じゃない?」

「いえ。グラッド様の場合は、リファレラ様と一日でも離れるとリファレラ様成分不足で干からびて死にます。まさしく【拷問刑】です」

「そこまでっ!?!」

「それは半分冗談ですが」

「半分なのっっ!?!?」

「仕返しをするなら、『遊びに来るなら来てもいい』という一言が余計でしたね」

「……あー……」



 シルヴィの苦笑と共に言われた言葉に、私は額に手を当て長い息をつく。



「……だって! 実家に帰る提案をした瞬間、顔が真っ青になって唇が紫になって涙を浮かべてガタガタ震えてこの世の終わりみたいな絶望顔になったのよ!? ワザとなら問答無用で突っぱねたけど、本気なことがもうヒシヒシと伝わってきたわ……! そんな死にそうな彼に、追い打ちで『帰っている間は家に来ないで』なんて流石に言えないわよ! それに、仕事が忙しいからまぁ来れないでしょと思ったし……」

「はい、グラッド様は帝国騎士団の副団長の身分ですし、仕事は山のようにありますから、普通はそう思いますよね。けれど……」



「リファレラ!」



 その時、聞き慣れた男性の声が後ろから飛び、私達はすぐに振り向く。



「向こうの草毟り終わったよ。次はあっちをやればいいかな?」



 そう言いながら、私と同じ格好をした旦那様が輝く笑顔を浮かべながら歩いてきた。

 陽の光でシルバーの髪もキラキラと輝き、ライトグリーンの瞳もキラキラと輝き、私とシルヴィは同時に目を細めて額に手を翳す。



「ありがとうございます、旦那様。流石お仕事が早いですわ。あちらもよろしいのですか?」

「あぁ、任せてくれ」



 旦那様はキラキラ笑顔のまま頷き、私の頭を暫く撫でた後、再び草取りへと旅立って行った。



「……今、リファレラ様の成分が吸い取られましたね。逆に干からびないよう気を付けて下さい」

「ヘンなこと言わないでよ! ――はぁ……。けど本当、私が実家に帰っている間、毎回仕事を迅速かつ早急に終わらせほぼ毎日家に来るなんて夢にも思ってみなかったわよ……」

「しかも家の手伝いをしてくれたお礼として、ルイス様とエステア様に夕食へ招待されお風呂も戴いてちゃっかり泊まっていきますからね。流石に客間ですが。けれどリファレラ様と同じ屋根の下にいるので枕を涙で濡らすことなく、上機嫌で早朝戻られていく、と。仕返しの意味が全く無いですねぇ」

「ああぁもうっ! 旦那様の仕事の早さを甘く見てたわ悔しいぃっ!!」

「『私達が帰っている間、更に大山のような仕事をグラッド様に与えて欲しい』と兄に伝えましょうか」

「お願い! でも身体を壊さない程度にってことも伝えて頂戴ね!」

「さりげない優しさを入れてきましたね。まぁでもグラッド様なら、リファレラ様への無限の愛でそれさえも根性でパパッと終わらせそうですが」

「駄目じゃないもうっ!!」



 私は顔を両手で覆い、悔しさで地団駄を踏む。

 けれど……。



「……ふぅ、仕方ないわ。手伝いの人手が増えたということで良しとしておきましょうか。農作業は人が多いほどありがたいもの。旦那様がここに来る度に、たっぷりと家の手伝いをさせてやるんだから!」

「開き直りましたねぇ。しかし、侯爵家の令息で次期当主で騎士団副団長の偉い方に草毟りさせてもいいんでしょうか」

「この帝国の第一皇女様に侍女をさせてるんだから今更よ」

「おや、確かにそうですね」



 私達は顔を見合わせ、プッと吹き出すと笑い合う。



 そうそう、私と旦那様に関して、良くない噂が一斉に流れて広まると思って身構えていたのだけど。

 旦那様がパーティーの時に激昂して断言した、



「愛する妻はこの世で一番美しくて可愛い。麗しい女神」



 発言のお蔭で、世間では「妻をとんでもなく溺愛している夫」、「逢瀬は一時の気の迷いだった」「醜悪女に騙された可哀想な男」との認識が広まり、悪い噂は今のところ流れていないようだ。


 良かったけれど、何だか恥ずかしいわ……。



「皆、休憩にしましょう。お菓子とお茶を用意したわよ」



 そこへ、のんびりとした口調で、お母様の呼ぶ声が聞こえた。



「私、先に行ってエステア様のお手伝いしてきますね」

「ありがとう、シルヴィ。私は旦那様を呼んでくるわ」



 私はシルヴィと別れると、旦那様のいる方へ歩き出した。

 旦那様はまだ熱心に草取りをしていたので、足を進めながら声を掛ける。



「旦那様、お疲れ様です。一旦休憩に――」



 足元を見ていなかった所為か、絡まっていた雑草に躓いてしまった。



「わっ……」

「リファレラッ!」



 転びそうになったけれど、旦那様が咄嗟に手を伸ばして身体を支えてくれる。


「あ、ありがとうございます、旦那様……」


 お礼を言いながら顔を上げると、すぐ目の前に、心配そうに私を見つめる旦那様の美麗な顔があった。

 鼻と鼻がくっつくくらいの距離に、思わず顔を赤くした私に気付いた旦那様は、同じく顔を真っ赤にさせてバッと顔を離す。



「ごごごめんっ!? わっ、ワザとじゃないんだっ!! ホントにっ!! うんっ!!」

「わわ分かっておりますわっ! だだだ大丈夫ですっ! えぇ、はいっ!」



 二人でアタフタと言い合っていると、旦那様とバチッと目が合う。そのライトグリーンの瞳の奥に、何かが浮かんだような気がした。

 不意に旦那様が口を閉じて真面目な顔つきになり、私の腰に腕を回し自分の方へと引き寄せた。

 そして私の後頭部に手を添え動けなくさせると、真剣な旦那様の顔が徐ろに近付いてきて――



 ――って、まさかの今ここでっ!?

 畑のど真ん中でっ!?

 農作業の格好でっ!?

 お互い初めてのアレをっ!?

 


 旦那様の発動スイッチの基準が分からないーーっ!!




「娘の親の前で何をしようとしているのかな、貴殿は?」




 あとホンの少しで唇同士が触れ合おうとしたその時、横からお父様の声が飛んできた。

 バッとそちらを見ると、気難しい顔で腕を組んでいるお父様と、ニコニコしているお母様と、ニヤニヤしているシルヴィがいつの間にかそこにいた。


 旦那様は、今自分が何をしようとしていたかハッと気付いたようで、愕然とした顔をみるみる真っ赤にしていく。




「…………滝に打たれて頭を冷やしてきますッッ!!」




 そう叫ぶと、旦那様はとんでもない速さでビューン!! と彼方へ駆け出して行った。



「だっ、旦那様ぁーーっっ!?」

「あーあ、後もう少しだったのにー。あなたったら声を掛けちゃってぇ」

「結婚した初日に浮気をしていて娘を傷付けたことは、そう簡単に許してやらんよ。こうやってたまに意地悪をすると思うが、目を瞑ってやってくれ」

「ふふっ、ありがとうお父様。お父様の好きにしていいわよ」



 私のことを大切に想ってくれているお父様に心が温かくなり、微笑みで返す。



「あら、もう姿が見えませんね……。どこまで行ったんでしょうね、グラッド様。あんなんでも皇城の部下達から、いつも冷静沈着に魔物を仕留める『銀狼(シルバーウルフ)』と呼ばれてるんですよ」

「あらぁ? リファレラの周りをグルグル駆け回ってブンブン尻尾振って喜ぶ『銀子犬(シルバーわんこ)』の間違いじゃないの?」



 お母様のツッコミに、その場にいた皆が一斉に吹き出した。



「困ったわぁ。あんな調子じゃ、孫の顔が見られるまでまだまだ全然掛かりそうねぇ。早く抱っこしたいのに」

「お母様っ!? 気が早過ぎます!!」

「今度、娘婿と本気で手合わせをしてみるか。私に負けたら娘を返して貰おう」

「お父様は片手で巨大熊を一撃でやっつけられるでしょ!? 負ける以前に旦那様死んじゃうわよっ!?」

「グラッド様は死んでも喰らいついてきそうですね。ゾンビ化しても『い゛あ゛え゛ぁ゛(リファレラ)ー』と……。うわ、悪夢に出てきそうです。ゾンビを倒せる『光の魔法』を習得しないと」

「皆、旦那様に言いたい放題ねっ!?」






 ――きっと旦那様は、これからも私の家族にイジられ続けていくだろう。


 でも、しょうがないわよね? 理由が何であれ、浮気した旦那様がいけないのよ? これくらい許して貰わなきゃ。






 旦那様は床に額を擦り付けて土下座をし、私は彼を見下ろして。



 二人とも、下を向いて始まった結婚生活。





 これからの結婚生活は、二人とも、上を向いて。





 お互い、心から笑い合っていけると。






 私はそう、信じているわ――








Fin.









ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました!

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最後に、宜しければ下の☆マークにポチポチ評価をして頂けたらとても嬉しいです。

ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] リファレラの言語センスに笑いました シルヴィとの凹凸コンビもいいですね
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