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14.赦さない




 会場の全員の視線が、こちらに集まっているのが分かる。

 誰も何も口を開かず、私達の動向を見守っていた。

 恐らく、殆どの人が好奇心と興味津々で。


 この女の両親が止めに来ないのは、皇帝と皇后の手前、下手なことが出来ずにただオロオロしているのだろう。



 ………………。



 …………。




 ……こ……の……チリチリ女あぁーーーッッ!!



 平穏無事に終わりたい私の心からの『祈り』をいとも簡単にへし折りやがってっ!!



 しかも皇族が今この場にいるのに、嘘まで吐きやがったこのクソチリ女っ!!



 二人愛し合ってないでしょ!! アンタ金品目当てだったでしょ!!

 逢瀬は、まぁ……うん、してた……けど、そんな沢山じゃないし、身体は重ねてないでしょ!!

 嘘がつけない旦那様がそう言ってたんだから間違いないわ!!


 もうめっちゃくちゃ腹立つわぁ!!



「アタシに別れようって言ったのは、奥様に別れろって言われたから仕方なく……なんですよね? 愛し合うアタシ達の仲を引き裂くなんて……ホントにヒドイ奥様。グラッド様もそう思いますよね?」

「っ!! ちが――」



 クソチリ女の鼻に掛かった言葉に、見るからにカッとなって叫ぼうとした旦那様の腕を、私は強く引いて言葉を止めた。



「……っ!」



 驚きの表情でこちらを振り向く旦那様にだけ分かるように、小さく首を横に振る。



 ……今の煽りの台詞で分かった。

 この女はきっと、旦那様が少しでも怒ったり責めたりしたら、すぐにワッと泣いて会場を飛び出して逃げるんだろう。


 いくらこの女が圧倒的に悪くても、男の旦那様がこいつを泣かせてしまったら、確実にこちらの方の印象が悪くなる。

 こんなに帝国の各地から人が集まっているのだ。そうなってしまったら、明日にでも帝国中に旦那様の悪名が広まってしまうに違いない。


 そして途方に暮れどうすることも出来ない旦那様に、この女はまた擦り寄ってくるのだ。

 「アタシだけはアナタの味方です」とか何とか言って。



 ――ふん、あんたの考えなんてバレバレだっての! 伊達に二十四年間生きていないわよバーカッ!



 表現し難い顔つきで私を見てくる旦那様に、「ここは任せて」の意味を込めて、にこ、と微笑んだ。

 途端に、旦那様の顔がボッと真っ赤に染まる。何故にっ!?



 ……そんなよく分からない旦那様は置いておいて。

 さぁて……どう料理してやろうかしら、この女?



「……あぁ!! 何のお話をしているのかとずっと考えておりましたが、貴女が主人の『初恋の人』だと偽って近付き、彼を騙して金品を貰っていたお話でしたか!! 髪までご丁寧に赤に染めて苦労されましたわね? その髪のチリチリ具合は塗料で傷めたのでしょうか? ちゃんと髪染め用の塗料を使わないと、そんな風に傷んで一生チリチリのままですからお気をつけ下さいませ? ――あ、もう遅いですわね? 一生チリチリ状態ですわね? あらあらごめんあそばせチリチリ様? オホホホッ」

「――な、なっ……!?」



 懐から扇子を取り出し広げると口に当て、私も負けじと会場中に届く声で応戦する。



「それに、嘘に嘘を重ねて、“愛し合った”、“身体を重ねた”……ですか? 貴女、先日侯爵邸に無断で乗り込んできた時、主人のことを『キモ過ぎ』、『髭もじゃブサ男』と罵倒していましたわよね? そのような汚い言葉で主人を罵っているのに、それのどこが愛し合ってると? そんな『キモ過ぎ』『髭もじゃブサ男』と身体を重ねたわけではありませんわよね? あぁ、『アンタの所為でアタシの欲しい物を買ってくれなくなった、余計な口出しするなこのドブス!』、とも仰っていましたか。思いっ切り悪党で小物で金品目当て丸出しな発言に笑いが止まりませんわ! オーッホホホッ」



 そこで旦那様の表情が、驚愕の色に変わった。

 『バカ女乗り込み事件』については、使用人さん達に、旦那様へ伝えないよう口止めをお願いしていたのだ。忙しい旦那様に余計な心配を掛けさせたくなかったから。


 留守でその場にいなかった旦那様のお父様とお母様には伝えたけれど、二人は事を大きくしたくなかった私の意向を汲んでくれた。

 「息子に全て責任がある」として、チリチリについて私達の方で解決するようにと任せてくれたのだ。



「そ、そっちこそウソを――」

「嘘かどうかは、うちの使用人達が証言してくれますわよ? 面会の約束も何もしてないのに、勝手に屋敷へズカズカと上がり込んできた不法侵入者を必死に止めようと頑張ってくれましたから。全員に【奮闘賞】を差し上げたいくらいですわ。彼らは貴女が発言した言葉を全て聞いていますわよ」

「……う、く……っ」



 チリチリの顔が怒りで真っ赤だ。身体もブルブルと震えている。

 ふん、私だって平穏を壊された怒りが収まらないんだから。まだまだいくわよっ!!



「あらぁ? その首に付けているネックレス、主人にねだって買って貰ったものかしら? あぁ、そのイヤリングもかしらね? もしかして……身に付けているもの全て、()()()()を騙して買って貰ったもの……とか?」

「は――はあぁっ!? そっ、そんなことあるわけが――」



「――その通りだ、サオシューア侯爵令息夫人」



 そこへ、後ろから声が飛んできた。

 振り向くと、トリスタン様とシルヴィが微笑みながら優雅に歩いてくる。



「いやぁ、面白い痛快劇を見せて貰ったぞ。吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だったよ。妹は耐え切れず吹き出していたけどな」

「ブフ……ッ。だ、だってあれは我慢出来ないヤツ……ブハッ!」

「トリスタン様、“その通り”とは……?」



 私はただこの女の苛立ちを煽る為に言った言葉だけど、もしかして事実だったの!?



「あぁ。グラッドの『初恋の人』の件で、この女が怪しいと思った俺は、色々と調べてみたんだよ。そしたら思った通りだ。この女は、貴族の男に擦り寄っては金品をねだり、男の家に入った時に色々と漁って弱みを握り、更に金品を巻き上げていた。もう巻き上げる物が無くなったら、弱みで男を脅して口止めをし、他の貴族の男に擦り寄る……これを繰り返していたんだよ。証言も幾つか手に入れたぜ」

「…………っ!!」

「この会場の中にも被害者は何人かいるんじゃないか? 名前は流石に出せないけどな」



 チリチリの顔が、真っ赤から真っ青へと変わる。力が入らなくなったのだろう、チリチリの膝がガクリと崩れ落ちた。



「【脅迫罪】の他に、サオシューア侯爵邸に無断で侵入した【住居侵入罪】も追加されたな。格上の貴族の屋敷に侵入したから、更に罪が重くなるぜ? 良かったなぁ、快適な牢獄に長くいられるぞ」



 トリスタン様はそう言ってニッと笑う。牢獄が快適なわけないのに……。本当意地の悪いお人だわ……。


 ――あっ、そうだ!



「トリスタン様、このチリチ――ストラン男爵令嬢が、シルヴェニカ様のことを『ダサブサメガネ女』って悪口言っていましたよ」

「……何……だと?」



 トリスタン様が碧い瞳をスッと細め、ギロリッ! とチリチリを睨みつける。

 「ヒッ」と短い悲鳴を出し、チリチリは蛇に睨まれた蛙のようになった。



「俺の可愛い妹にそんなフザけた言葉を言ってたなんてなぁ? 更に皇族に対する【不敬罪】も追加だ。生きている内に外に出られるかな? ま、快適な牢生活だから問題ないだろ」

「はあぁっ!? あ、アタシ、皇族に不敬なんて……っ!」



 その時、シルヴィが胸元から瓶底メガネを取り出すと、自分の顔に掛けニコッと笑い、ピースサインをした。

 それを見た瞬間、チリチリの表情が濃い絶望一色に染まる。



「おい、この女を牢へ連れて行け」

「はっ!」



 騎士二人がチリチリの腕を掴んで連行しようとするが、チリチリが最後の抵抗とばかしにバタバタと暴れ出した。



「い……イヤよイヤよッ!! アタシは悪くないわッ!! 何にも悪くないッ!! 全部騙されるバカ男が悪いのよッ!! 離してよッ!! 離してったらッッ!!」

「……ストラン男爵令嬢」



 そこへ旦那様が一歩前に出て、チリチリに声を掛けた。

 チリチリの顔にパッと笑顔が浮かび、旦那様を仰ぎ見る。



「グラッド様! やっぱりアタシのこと……っ!」

「リファレラに――僕の妻に言ったこと、取り消せ」

「……へ?」



 チリチリが素っ頓狂な声を出す。私とトリスタン様とシルヴィは顔を見合わせ首を傾げた。


 一体何のことかしら……?




「僕の愛する妻は、『ドブス』では断じて決してない。すごく美人でとても可愛い。世界で――いやこの世で一番美しくて一番可愛いんだッ! この世に降臨した麗しき女神なんだッ!! その言葉、今すぐに取り消せッッ!!」 




 ソコですかあぁぁーーーっっ!?!?




 私だけじゃなく、この会場にいる全員が心の中でそうツッコんだであろう。

 しかも何かすっごく恥ずかしいこと言ってるしっ!?


 しかし旦那様は本気だ。本気で怒って額に青筋を立て、ライトグリーンの瞳が憤怒の眼光を飛ばしチリチリを睨みつけている。



 あぁ……旦那様の背後に巨大なシルバードラゴンが火を噴いて暴れ回っている幻が見えるわ……。



 チリチリはその旦那様の迫力に、「ヒェッ」と情けない悲鳴をあげた。




「取 り 消 せ」




「……ひ……ヒイイィィッ!! と、取り消します取り消しますうぅぅっ!! ごめんなさぁーーーいっっ!!」




 旦那様の異様な迫力に、とうとうチリチリが号泣してしまった。



 涙と鼻水を豪快に流しながらズリズリと引き摺られていくチリチリを、『同情の余地なし』と、チリチリの両親以外のこの場にいる全員が黙って見送ったのだった……。






 

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