11.旦那様の変化
朝、目を覚ますと隣には旦那様の姿はなくて。
私は欠伸をしながら起き上がる。目を擦りながら、昨晩のことを思い返していた。
(旦那様と私の離縁は、旦那様の希望で先延ばしになったのよね……。旦那様は自分のことを見ていて欲しいと……。本当に、どんな心境の変化があったのかしら? とにかく私はいつも通りに過ごせばいいのよね?)
自分の部屋に行き、まだ眠気眼でのそのそと着替え終わると、丁度扉からノックの音が聞こえた。
「シルヴィかしら? はい、どうぞ」
返事をすると、扉がガチャリと開かれる。
そこには、見たことのない美青年が立っていた。
首くらいまで短く切り揃えたシルバー色の髪に、形の整った眉と鼻と口、ホッソリとした顔つきに、女性のように長いシルバー色の睫毛の下には、綺麗なライトグリーン色の瞳が眩く輝いていて――
その完璧に美麗過ぎる顔を直視出来ず、私は思わず太陽に向けるように目を細め、額に手を翳してしまった。
「おはよう、リファレラ。よく眠れたかい?」
その美青年の口から、旦那様の声が飛び出す。
……髪と瞳の色からもしかしてと思っていたけれど、やっぱり――
「おはようございます。お蔭様で……。あの、旦那様……髪を切られたのですね? 立派だったお髭も綺麗サッパリ剃られて――」
「あぁ。女性みたいな自分の顔が昔から嫌で、ずっと髪と髭で隠してたんだけど……。自分を変えるには、まずは嫌いな自分と向き合わなくちゃと思って、執事に頼んで切って貰ったんだ。――変、かな……?」
恐る恐るといった感じで私に訊いてくる旦那様に、首を左右に振って素直に答える。
「いえ、とても格好良いですよ? 髭もじゃらも野性的で良かったですが、こちらは絵本に出てくる王子様みたいでキラキラしていて素敵ですわ」
「そ、そうか……っ!」
私の言葉にパァッと表情を明るくした旦那様は、早足で歩いてくると私をギュッと抱きしめた。
「っ!?」
「君がそう言ってくれるなら、僕は自分の顔を好きになれそうだよ! ありがとう、リファレラ!」
「い、いえ、そんな……。正直に言っただけですわ……」
ちょっと旦那様っ!? 昨晩から触れ合いが多くなっていませんか!?
だから一体どんな心境の変化がっ!?
「あらあら……」
すると扉の方から声が聞こえ、そちらを見るとシルヴィがニヤニヤとした顔で私達を眺めていた。
「朝から仲睦まじい夫婦で砂吐きそうですね」
「しっ、シルヴィ!? こここれは違……っ!」
「ありがとうございます、シルヴィ様」
えっ!? 旦那様、何故にシルヴィの言葉に嬉しそうに返すのっ!?
そしていい加減離して下さいっ!!
「昨晩言い忘れたことがあって伝えに来たんだけど、今度、第一皇子が主催するパーティーが皇城で開かれるんだ。うちにも招待状が届いてね。それでお願いなんだけど、僕のパートナーとして一緒に参加してくれないかな……?」
えっ? 私を離さずに話し始めましたよ旦那様!? しかも頭ナデナデのオプション付きで!!
シルヴィのニヤニヤ視線が突き刺さって痛い痛いぃ……っ!!
「は、はい、勿論ですわ。私は貴方の妻ですもの」
「妻……」
どうしてか瞳をキラキラさせ、ジーンと感激な面持ちで私を見下ろす旦那様。
「今は、ですが」
続けての言葉に、旦那様の肩と頭が勢い良くガクリと落ちた。
「……うん、分かってる……分かってるよ……。でも僕は絶対に諦めない。君にふさわしい男になれるように頑張るから!! じゃあ、また夜に!」
弾けるように顔を上げた旦那様の顔は、何故か闘志で満ち溢れていた。そして私をそっと離すと、手を振って部屋を出て行った。
「……一体何なのよアレは……」
私の呆然とした呟きに、シルヴィは堪らないといった感じでプーッと吹き出した。
「グラッド様も、リファレラ様に捨てられないよう必死だってことですよ」
私はシルヴィの言葉にギョッと目を剥く。
「すっ、捨てるっ!? 私そんなことしないわよっ!?」
「でもグラッド様と離縁されたいのでしょう?」
「そりゃ、旦那様が『初恋の人』を想い続ける限りはね。捜さないと言ってたけど、たまたま偶然彼女を見つけてまた浮気されたら堪ったもんじゃないわ。私は二回も浮気されて傷付かない鋼の心なんて持っていないのよ」
一回目の時、それなりに傷付いたのよ、これでも。
「ふふっ、やはり案の定信用されていませんねぇ。そこをどう挽回していくかがカギですかね……」
「……? 何のことよ?」
「いえいえ、独り言ですのでお気になさらず」
「おっきな独り言ねっ!?」
私のツッコミに、シルヴィはクスクスと笑う。
「けど、第一皇子主催のパーティーねぇ……。貴女のお兄さん、とうとうお嫁さん探しをする気になったのかしら?」
「ようやく妹離れをしてくれると思うと小躍りしたくなっちゃいます」
「想像したらすごく萌えるからどんどんしていいわよ」
そう。シルヴィは、このアトラシャル帝国の第一皇女なのだ。
本名は、シルヴェニカ・ワト・アトラシャル。
長く緩やかなウェーブの金髪に、澄んだ空のような碧色の瞳を持つ美人さんで。
二年後に隣国の第一王子へ嫁ぐことが決まっていて、嫁ぐまでの間好きなことをしたい!! と両親と兄を半ば無理矢理説得し、私のいるエルドラト子爵家に侍女として働きに来てくれたのだ。
普段は正体を隠す為、瓶底メガネをし、ブラウン色のウィッグを付けている。
縁あって元々友達だった私達は、一緒に暮らすうちに更に仲良くなれた気がする。
シルヴィが嫁ぐ日、私は彼女の両親より号泣する自信があるわ……。
あの兄には負ける気がするけれど。
「となると、殆どの貴族が出席するわよね。あの女――ストラン男爵家も……」
「あの女、新たなお相手探しに必ず出席するでしょうね」
「今の旦那様の姿をあの女が見たら、とてもヤバイことになる気がしてならないわ……。はぁ……面倒事にならなきゃいいけど……」
「私はなって欲しくてウズウズしています」
「…………」
正直過ぎる親友のウキウキな発言に、私は彼女を半目で睨みつけたのだった……。