ドレスト王国の聖女 2
そして翌日、ようやく桃香にはこの世界の現状、そして聖女としての自分の役目がある事を王の口から伝えられた。機嫌を伺いながら慎重に話す王に対し、桃香は特に驚くような素振りもなく、むしろ当然というような、あっけらかんとした態度である。
「ですよねぇ〜、やっぱ私って聖女だし? 聖女は世界を救わなきゃなんですよねぇ〜。その世界樹、でしたっけ? きっとパパッとやれちゃいますよ、私のチート能力で!」
「……チート能力?」
「すっごい能力って事ですよ! だって私、聖女ですから!」
「おお、それは頼もしいな」
「……でも、そっかぁ、世界樹か……。なんかちょっと違ったなぁ」
「……? 何がだ?」
「ん〜、漫画とかに出てくる聖女って、病気とか怪我とか治すのが普通じゃん? みたいな?」
「……! そのような事が出来るのか!?」
「いや知らんし。……でも、えっ!? もしかして出来る!? うっそ、まさか出来ちゃったりして!? ええっと確か……ヒール! ヒール! エリアヒール!」
なにやら急に一人で盛り上がる桃香。手を挙げ呪文のようなものを唱えたので緊張が走ったが、特に何かが起こる訳ではなく、シンとその場が静まり返る。
「……あっれ? おかしいなぁ、聖女っていったらこれだと思ったんだけどなぁ……」
「……ああ、いや、モモカ。其方の知る聖女の事は分からんが、この世界に来る聖女の能力は限られている。それが世界樹の再生なのだ」
「なんだそっかぁ、ちょっと地味な気がするけど、まあ仕方ないですよね。……てか、もうその力って使えたりするのかなぁ?」
「能力の発現については少し時間がかかるらしい。現に前の聖女は二ヶ月以上発現しなかったというし、そう焦る事はない」
「……ふうん……」
一通り説明し終えた事に取りあえず王は安堵する。後はローレンスに任せる事にして席を立ち、今度は一転、イライラしたような険しい顔で別室へと移動した。
一方、別棟の大広間には各国の王族貴族の来賓たちが集められていた。もちろんそこにレオノスもいたのだが、急な予定変更があった為に皆が落ち着かない雰囲気だ。というのも、今日予定されていた筈の聖女への謁見が急遽取りやめになったのだ。その理由は分からないが、ドレスト王国側に焦りのようなものが見受けられ、それが何か嫌な予感を感じさせる。そこへようやく王が姿を見せた。
「皆集まっておるな。早速だが、伝えねばならん事がある」
横柄な態度は相変わらずだが、今日は輪をかけて機嫌が悪いのが見て取れる。聖女の前では努めてニコニコしていた王だが、今は普段のふてぶてしさを隠そうともせず、唐突に話を切り出した。
「我ドレスト王国は今後、水や食料など、他国への支援を全て打ち切る事にする。これは貴重な資源を確保し我国の人命を守る為の措置である」
一方的な告知にそこにいた誰もが青ざめた。事態が呑み込めない各国の王族貴族たちは混乱しながら王に説明を求め出る。
「突然そのようなっ……!」
「一体何故で御座いますかっ!」
すると、王はため息をつきながら、更に詳細な部分を語り始めた。
「昨日、聖女モモカと共に魔女が召喚された事は知っているな? 全てはその魔女のせいなのだ。王族は立ち入れん規則故、実際に見てはおらんが、居合わせた者は皆震え上がったと言っている。真っ赤な口が頬まで裂けたそれはおぞましい姿だったと……。その魔女が隙あらば呪いをかけようとしていると報告を受け、だからジョーに何とかせよと命じたのだ。本人も自分が行くと強く申したのでな。……ところがだ、結果的に任務は失敗……。ジョーの奴め、どうやらやられてしまったらしい」
「……はい?」
「……やられた、とは?」
「頭がな。ひどくイカれてしまったようだ。なんでも魔女をかばうような態度を取り、共に魔女島へ向かったと……」
「……えええっ!?」
「あのジョー大神官がですか!?」
「信じられん! ジョー大神官を惑わすとは、何と凶悪な魔女なのだ!」
皆は相当に驚いている。それもそうだ。ジョー大神官といえば他に類を見ない神秘の力を持つ者として有名なのだ。優れた預言者である事はもちろん、邪気を祓う能力も随一で、そして何より世界で唯一、世界樹と会話が出来る者としてその名声を高めていた。
「知っての通り、ジョーと世界樹は深い部分で繋がっている。あの神秘の力があったからこそ世界は滅亡を免れておるのだ。そのジョーが呪いに侵されいなくなったとなれば、もう誰もこの先の事は予測出来ん。一気に荒廃が進むかもしれんし、まさに今ドレスト王国の資源が枯渇する深刻な危機に瀕しているのだ。よって、他国への支援を続けることは我が国を危険にさらすことになる。故に即刻打ち切ると、こう申しておるのだ」
「……そんなっ!」
「他の国がどうなっても構わないと仰るのですか!」
「おいおい、我が国を優先するのは当然だろう。もともとうちの資源なのだ、何をどうしようと文句を言われる筋合いはない。むしろ今まで拒否する事も出来たのに情けで支援してきてやった、その事に感謝して欲しいものだな」
「……ぐッ……」
もっともらしい事を言っているが、そもそもこうなる原因を作ったのはドレスト王国の方なのだ。60年前、聖女を追放してさえいなければこんな状況になる事もなかったのに……。だが、それはドレスト王国側も分かっているのだろう。だからこそ各国への支援を行ってきた、それも事実ではあるのだが……。
「まあ、そう悲観するな。幸いにも今この世界には聖女モモカがいるではないか」
その言葉に皆はパッと顔を明るくした。そういえばそうだと湧き上がり、今すぐ世界樹の再生を頼みに行こうと一斉にドアの方へと動き出す。だが、それを阻止したのは王だった。王は床に花瓶を投げつけ「オイ!」と低く一喝する。その割れた音と怒鳴り声がビクッと皆を足止めした。