ハロウィンの悲劇
突如として果音は地獄の底に突き落とされた。
何故こんな事になったのかまるで理解が追いつかない。この日はただ友人とハロウィンイベントに参加しただけだった。それなのに何故か知らない場所にいて、今は命の危機に晒されるという最大の危機に陥っている。
果音に向けられているのは鈍く光る剣の先と、そこにいる人々の嫌悪の視線、そして酷い罵詈雑言。一方、一緒にいる友人、桃香に対しては「聖女様!」と歓喜する声が上がるのだった。この状況に桃香は果音を助ける訳でもなく、ただ薄ら笑いを浮かべている。そして恐怖で声も出ない果音の耳元で桃香はそっと囁いた。
「実は私、昔からアンタが大っ嫌いだったの。やっと私が主役になれるわ。アンタなんてどこかで野垂れ死ねばいいのよ」
突然の友人の裏切りと絶望的な状況に果音はガクリと膝をついた。
◇◇◇
三好果音と白鷺桃香は幼馴染だった。家が隣で親同士も仲が良く、果音が大学生になった今も家族ぐるみの付き合いをしている。同い年だが少し幼い所のある桃香に度々手を焼きながら、それでも果音は桃香と仲良くやってきた。
そしてこの日はハロウィンだった。家で課題をするつもりが、急に桃香がやって来て勝手に予定を入れられてしまった。なんでも、桃香は街で開催されるハロウィンイベントにどうしても参加したいらしく、果音は無理やり連れ出された。正直、果音はあまり気分が乗らなかった。というのも、桃香がこういう風にニヤニヤしながら連れ出す時はいつも何か自分にとって良くないことが起きるのだ。
案の定、イベント会場に隣接するドレッシングルームで果音は魔女のコスプレをさせられた。しかも特殊メイク用のシールも顔面に貼られてしまい、魔女でもあり口裂け女でもあるような、おぞましい姿となっている。一方の桃香は可憐な天使のコスプレをして、可愛さをアピールするのだった。
桃香はたまに果音に対してこういう扱いをする事がある。揶揄うというか何というか、これまでも果音は意図せず引き立て役にされたことが多々あった。
ドレッシングルームの鏡に映る自分の姿を見つめながら、果音は内心、自虐的に笑ってしまう。彼女は元々地味で控えめな性格だった為、他人から見て驚くような、目立つような扮装をさせられるのには抵抗がある。それでも果音は「まあ、これもハロウィンの醍醐味よね」とそっと自分に言い聞かせた。こんな扱いをされ、笑われる事があっても卑屈にならず、果音はいつも前向きだった。
「ごめんね果音、ホント悪気はないんだけどさ〜! でもソレ、すっごい似合ってるよ!」
上目遣いの後、無邪気に笑う桃香を見ると果音は何も言えなくなる。なんだかんだ果音は桃香に甘いのだ。我儘に振り回されたり、今日のような事があっても、子供のような桃香相手に怒る気にはなれなかった。
「そう? じゃあ、行こうか」
ドレッシングルームを出て廊下を進む。誰より注目を浴びる事が好きな桃香は、すれ違う人の視線に満足気に微笑んでいる。ところが中程まで進んだ時だった。足元で何か音がしたと思ったら突然床に亀裂が入り、そこから眩い光が噴出したのだ。それは瞬く間に広がって二人の体を呑み込んだ……。
「――ちょっ、何っ!?」
「――きゃああああッ!」
直後床が抜落ちて二人は共に落下する。放り出された体は強い引力に引っ張られ、二人は意識を飛ばしてしまう。だがすぐに気が付くと二人はその目をパチクリさせた。
「…………え?」
「…………は? どこ?」
そこはさっきとは全く違う場所だった。明るい電飾やカラフルなバルーンなど何もなく、いつの間にか二人は厳かな雰囲気の古風な建物の中にいる。取り囲む様に周りには大勢の人たちがいて、こちらをジッと見てくるので果音は思わず息を呑んだ。すると間もなく「聖女様!」と高い声が上がり始める……。
「……え? 何? 私?」
その声は桃香に向けられていた。その場にいた人たちが桃香に喜びの声と羨望の眼差しを向けている。逆に果音に対しては「魔女だ!」と威嚇の声が飛ぶのだった。
「……え、あの、……はい?」
この時、まだハロウィンイベントの演出か何かだと思っていた果音はつい対応が遅れてしまった。反対にいち早く頭が回ったのは桃香で、「異世界転移?」と呟くと、パッと満面の笑みになる。キラキラと瞳を輝かせながら人々を前にこう言った。
「はい! 私が聖女の桃香です! この人は見た目通りとっても悪い魔女なので早くどうにかした方がいいですよ!」
突然そんな事を言い出した桃香に果音は唖然とした。二の句が告げずに固まっていると人々から更に罵声が飛んでくる。
「この悪しき魔女めっ!」
「ああ恐ろしや恐ろしや! なんとおぞましい顔なのだ!」
「不吉をもたらす不気味な魔女め! とっととこの国から出ていけ!」
更にその場にいた騎士たちが一斉に剣を向けてきた為、果音は青ざめて震えあがる。そんな恐怖で声も出ない果音の耳元で桃香はそっと囁いた。
「実は私、昔からアンタが大っ嫌いだったの。やっと私が主役になれるわ。アンタなんてどこかで野垂れ死ねばいいのよ」
信じられない言葉に果音の頭は真っ白になった。呆然とする中、現場では人々が桃香に「危ないから離れて下さい」と呼びかけていて、桃香はそんな人々に、魔女がみんなに呪いをかけないようにしているんですと説明し更に歓声を集めている。
「……ど、して……。私たち、友達じゃなかったの……」
やっと絞り出した果音の声は震えていた。それに対し桃香は冷笑しながら更に刺々しい言葉を投げつける。
「友達? ……フッ、そう思ってたのはアンタだけ! みんなアンタばっかり褒めるんだもん、だからいつもムカついてたし目障りだった! アンタの存在なんて、ただの邪魔者に過ぎなかったの!」
その言葉に果音は愕然とする。友人の裏切りと絶望的な状況に果音はガクリと膝をついた。