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page 7

 男と別れた後、ジムはさらに奥へと進んでいた。この街は特別広いわけでもないから、どこを通ってもいつかはミドルを出て、どこかの裏通りに辿り着くのである。とはいえ、他所の街の平和ボケした一般人なら迷子になっている間に命を失うことが珍しくないような場所を、ジムは慣れた様子で歩いていた。


 砂利の音だけが響いていた裏路地に、喧騒が響き始める。おそらく、あと数回曲って行けば表通りに辿り着くはずである。ジムはそのまま陽気に足を進める――フリをして動きを止めた。目の前の足元、恐らくジムがいるべきだった場所に薄く煙が立ち上る。


「……あそこか」


 ジムが見上げると、廃墟と化していた建物の屋上で人影が動いた。近いとは言えないが行けない距離じゃない、確かあの建物は裏手の階段でしか登れなかったな、と見当をつけると、ジムは塀をよじ登ってそのまま飛び上がった。すばやく屋根の上を駆け、飛び、駆ける。目的の建物の裏手が見えると、ジムは外階段の狭い踊り場へ飛び移り、逃げていた人物の行く手を阻んだ。女はつんのめるように足を止め拳銃を構えようとしたが、ジムの顔を見て頬をひくつかせた。


「や、どうも。随分おっかねえ挨拶かましてくれたじゃねえか」

「……あなた、よくここまで来れたわね。本当に人間なの?」

「ははっ、それは誉め言葉として受け取っておくよ」


 ジムがあまりに軽い口調で流すので、女は意味もなく頬を拭った。今まで一度もばれなかった狙撃に失敗し、たった一発の銃弾で居場所を突き止められ、女が階段を下りるより先にありえないスピードで追いつかれた。これがたった一人の少女によるものだというのだから、恐ろしくなるのも当然である。


「あんたが噂の『ブルージャッジ』であってるか?」

「っ、ええ。お会いできて光栄よ、ジム」


 ジムは名前を呼ばれて、意外そうに目を開いた。それに機嫌を良くした女は、今慌てて逃げても仕方ないのだから、と拳銃をおろして悠長におしゃべりを始めた。


「私だけあなたのことを知っているのはフェアじゃないわね。私はリリス・ロード。よろしくね」

「私はお前のことなんか興味ねえし、よろしくする気もねえんだよ」

「あら、私のことが気になってわざわざ追いかけてくれていたのかと思って喜んでいたのに残念だわ。ねえ、私と一緒に来ない?」

「お前、人の話聞いてたか?」

「あら、あなたは一度断られたくらいで諦められるような人材じゃないわ。この前だって、ポリスが手を焼いてた目玉コレクターをのしたって聞いたわよ。あなたと私のやっていることは、そう違うものでもないじゃない」

「はっ、あんなもんで正義感に浸ってるちゃちい犯罪者と一緒にされるなんてごめんだな」


 ジムが煽るように見上げると、リリスは笑顔を消してすっと目を細めた。


「……本当に、来てくれないのね?」

「だから、何度も言わせるなって。私はお前とよろしくする気はねえんだよ」


 ジムがにやりと笑った瞬間、銃声が弾ける。しかしそこに赤い影は伸びず、数本の髪が散ったのを目にしてリリスが声をあげる。


「っ、避けた!? この距離で!?」

「この距離って、銃口を直接当てられてたわけでもねえし……」


 ジムが続きを言い終える前に、再び銃弾を装填したリリスが発砲する。しかし、今度は髪すら散らすことなく、弾丸はコンクリートの壁にのめり込んだ。


「そんなっ!?」

「あーあー、脳天ばっかり狙いやがって。射殺命令出された時のポリ公とそっくりの撃ち方だな。パターン化されたもんほど対処しやすいもんはねえ。んでもって腕に自信がある奴ほど堕とすのが簡単な奴もいねえ」

「くそっ……」

「なあ、三回も撃たせてやったんだからそろそろ私のターンが来てもいいと思わねえか?」


 再び銃に弾を込めようとしたリリスに向かってぐっと距離を詰めると、ジムはにんまり笑いながら拳銃を手で叩き落した。ピストルはくるくると回りながら、階段の手すりをすり抜けて路地の闇へと姿を消した。武器をなくして呆然としかけたリリスだったが、ジムの視線が自分からピストルへ移ったのをこれ幸いに、とっさにジムの体を押しのけて階段を駆け下りていく。ジムはそれをわざと見過ごすと、のんびりとステップを踏み鳴らしながら後を追う。遅れて、銃が地面に叩きつけられた音が空しく響いた。


 必死に逃げるリリスは、とにかく表通りを目指した。幸い手元に武器はないから、涙の一つでも浮かべれば上手く騙して誰かにかくまってもらえるかもしれない。そんな僅かな希望にすがったが故の選択だったが、鬼ごっこはそう長くは続かなかった。あと一本道を抜ければ、というところで目の前に黒い影が飛び込んで来る。


「さて。お前は散々人を撃ってきたわけだが……果たしてまともに殺意を向けられたことがあんのかね」

「……さあ、どうかしら」


 背中に汗が伝うのを感じながら、リリスはジムを睨みつけてそう答えた。大丈夫、まだ距離はある。コンマ一秒かも知れないとはいえ、目の前の彼女が人間であるなら、移動の時間はどうやってもなくせないはずだ。そうやってまだ潰えていない光にすがりながら浅く息をしていたリリスだが、ジムの手元を見ると目を見開いた。


「っ、ナイフじゃない!?」

「おお、情報が早いのな。さすがだ。確かに、これは私の相棒じゃねえ。実はつい最近譲り受けたもんなんだが、あいにくまだ手に馴染んでなくてな。だから――」


 ジムは追い込まれて気が動転しているリリスに、容赦なく勝者の笑みを浮かべ銃口を向けた。


「――うっかり急所を撃っちまっても、許してくれよ?」


 はく、とリリスの口から吐き出されたわずかな息を合図に、二発の銃声が裏路地に鳴り響いた。

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