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 アンティークな家具に囲まれたお洒落なカフェにちょっぴり緊張しながらも、リオードはミルクティーにそっと口をつけた。なるほど、とっておきの場所というだけあって、程よく肩から力が抜けるような、ほっとするあたたかみのある味だ。リオードは決して紅茶の良し悪しに詳しいわけではなかったが、それでもここの店は随分評判が良いに違いないと思わされた。そんな思考を読み取ってか、目の前の青年、ケリー・ヘランズは嬉しそうに目を細めた。


「では、改めてお話を聞かせていただいても?」


 緊張の糸が緩んでいくところを見られていたことに気恥ずかしくなったリオードは、誤魔化すように軽く咳払いをして、仕事らしい仕事に取り掛かった。


 ケリーは隣街のカレッジの生徒だという。今は父の会社を継ぐために、学校では経営の勉強をしているのだとか。この店に来るまでの道での会話を踏まえても、リオードにはケリーが真面目かつ温和で、ごく一般的ないい人にしか見えなかった。とても、あんなことを言い出すとは思えないほどに。


「今回の依頼は、前世の婚約者を探して欲しい、ということですが……」

「そうですね。とりあえず、これまでの経緯を僕からお話します」


 おずおずと尋ねてきたリオードに、ケリーは至って優しい態度でそう答えた。リオードはそれにちょっとばかり安堵しながら、「お願いします」と言って、手帳とペンを手に取った。


「僕の見た夢はね、『カシスブルーの末裔』というタイトルなんです」

「え、夢にタイトルがあるんですか?」

「僕も不思議に思ったんですが……どうもその言葉が頭から離れなくて」


 ケリーは恥ずかしそうに頬を指で書いた後、コーヒーを一口啜って話を戻した。


「まず、僕が見た夢の世界観から説明しますね。僕たちが今生きているこの現実世界とは違い、その世界では七歳頃から爪に色が滲み出して、その色によって特別な能力を使用できるんです。アンバーは光、ガーネットは熱、ペリドットは緑、アクアマリンは水、そしてカシスブルーは狭間。この中では、アンバーが最も希少かつ高貴な色とされていて、反対にカシスブルーは最下層に置かれ忌み嫌われています。というのも、かつての戦争での話が関わっているらしいんです。その昔、戦争である国を勝利へと導いたパーティーは、先ほどの五色がそれぞれ一人ずつという編成でした。しかし、カシスブルーは元々異国の民であったため、仲間たちに嫌われ、蔑まれ、やがて国の民からも謀反の徒の烙印を押されてしまったんです。けれど、ただ一人、アンバーだけは知っていたのです。本当に国を救ったのは、他の四人ではなく、カシスブルーであったということを。だからこそ、アンバーはずっとカシスブルーに対して友好的に接していたわけですが、ついにカシスブルーは国の平穏を思って自ら姿を消します。アンバーこれを深く哀しみ、その力を以て天を呪いました。結果、アンバーはいつか再びカシスブルーが国の民として迎え入れられる時代がくることを願って、数百年に一度、カシスブルーの末裔が生まれることとなったのです。国を去ったカシスブルーは、最後に『カシスブルーの末裔たちよ、痛みを背負い一人立ち行け』という言葉を残しており、これまで祖先がたてたこの信条を破った者はいない……と、こういう話です」

「へえ、何だか壮大な話ですね……」

「そうでしょう? もうお腹いっぱいかもしれませんが、ここからが本題ですよ」


 口を半開きにしたまま聞き入っているリオードに、ケリーは穏やかに笑って話を続ける。


「僕は偶然、そのカシスブルーの末裔と出会ったんです。それは、社交パーティーでのことでした。人に酔ってしまったので少し休もうと思って中庭へ向かうと、そこに一人の女性がいました。彼女が木の上の方をじっと見つめていたので何かと思えば、そこには手袋が引っかかっていました。これはやんちゃな男の子にでもいじめられたのだなと思って、僕はそれを取って返してやったんです。可愛らしく微笑んだ彼女が手袋をはめる直前、月明かりが僕らを照らしました。そうして、彼女の左手の薬指の爪がカシスブルーに染まっているのが見えてしまったんです。彼女はひどく怯えたような表情でしたが、僕が出来るだけ優しい声色で尋ねてみると、汚い罪の血の色だから隠している、と手をぎゅっと握り込むのです。『汚くなんかないさ。これは君と、君の祖先が強く生きた証じゃないか』僕が咄嗟にそんなことを言ったら、彼女が花のような笑みを浮かべたので、僕は気づいたら告白していました。あれは確かに一目惚れというやつでしたね。彼女の答えは、こういうものでした。『いつか救われる日が来たらね。もしその日が来たら、きっとあなたと結婚するわ』と」


 リオードは恋愛映画を一本見終わったような気分で、はあと感嘆の息を洩らした。


「……ロマンチックな、約束ですね」

「そうでしょう? 今になって思えば、彼女が言っていた『いつか』というのは、数日数年の話ではなかったのでしょう。時間も次元も飛び越えた、そんな場所での巡りあわせを願っていたに違いないと、僕はそう思います。だから、夢を思い出した今、今世で運命が変わって彼女が救われているのなら、僕は今すぐにでも彼女を迎えに行きたいんです」


 ケリーの目はいたって真剣なものに見えた。だからこそ、リオードはとてつもない迷いに駆られていた。探偵事務所の仕事だって一人きりでまともにかかったこともないのに、こんなヘンテコな依頼を勢いで受けて良かったものか、と。後悔先に立たずとはよく言うが、ラブロマンスの熱に浮かされていた脳味噌が落ち着いてくると、リオードは次第に遠い目になり始めた。

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