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page 5

 クラブ「パープルズ」を後にして酔い覚ましがてら歩いていると、男は後ろから妙な気配を感じた。また逆恨みの連中でもやって来たのだろうかと思い、相手を裏路地へと誘い込む。しかし、男の目が相手の姿を捉えることはなかった。靴底に仕込んでおいたナイフを飛び出させて回し蹴りをしようとしたとき、それより早く横腹に強い衝撃が走る。


「うぐっ」

「よお、ちょっといいか」

「くそっ、誰だっ!?」


 男は、自分が振り返るより先に地面に縫い付けられてしまった。まずいことに、片腕を背後にからめとられていて、体の自由も制限されている。自分に馬乗りになっているらしい人物は頑張れば押し返せるかもしれないくらいの重さだが、と考え始めた時、高い割には随分どすの利いた声でそっと囁かれる。


「ミドルで噂になってる新進気鋭の改造野郎ってのはお前か?」

「だったら、なんだよ」

「『ブルージャッジ』の弾丸塗装を請け負ってるのもお前か?」

「……さあな」


 男は挑発するように息を洩らした。ジムは特に腹を立てることはなかったが、つまらないことに時間をかけるつもりもなかった。だから、少しは自分の興の足しになるようちょっとばかし遊んでやろうと、そう思い立った。ジムはどこにしまっていたのか、相棒とも言うべき手にすっかりなじんだナイフを取り出し、くるくると回した。


「教えてくれないのか?」

「……っ」


 男が黙り込んでいると、ジムは無言でナイフを突き刺した。地面に張り付けられていた手の指と指の間にそれが綺麗に収まっているのを見て、男は冷や汗を流す。それを知ってか知らずか、ジムは狂気的な笑みを浮かべている。


「職人なら手は大事にしなくちゃなあ。こんなとこで大事な体の欠片を落としちゃ、困るだろ?」

「まだ若そうなのに、随分物騒なことを言うんだな。それで脅してるつもりか」

「こんなガキにはできるわけねえって? あいにく私はやると言ったらやる性格なんだ」


 ジムはそう言うと、地面に突き立てられていたナイフを抜き、今度は男の人差し指の爪の先にナイフの刃を差し込んだ。そこへ少しずつ圧を加えると、白濁の奥でじわりと赤が滲み出す。絶大な痛みではないものの、じわじわと責め立てるような威圧感に、男は苦い顔をした。しかし、口はかたく結ばれたままである。


「ほお、新人と聞いてたが、思ってたより芯があるな」

「このザマじゃ、とても褒められてるとは思えないが」

「よし、気が変わった。等価交換といこうじゃないか」

「誰と誰が、何を交換するって?」

「私とお前が、情報を、だよ」

「ご丁寧にどうも。それが成立するって自信がどっから出て来るのか知りたいもんだな」

「お前もミドルなら、ジムって名前を知ってるだろ? ありゃ私のことだよ」


 年下の子どもを嘲るような調子だった男は、ジムの言葉を聞いて肩を強張らせた後、やがて気が抜けたように笑いを洩らした。そうしてようやく、自分がいかに不利な立場に立っているかを理解したのだ。


「そういうことは先に言ってくれ。無駄に肝が冷えたじゃないか」

「自分で自分の名前を使うのはずるいかと思って。私なりの優しさってやつだったんだが?」

「そんなこと言ったら、お前さんが存在している時点でこの世界はずるいだろうよ」

「はは、悪かったな。んで、ミドルで金のなる木と呼ばれている私がここにいて、今お前に等価交換を持ち掛けているわけだが」

「……分かったよ。だが、全部は教えられねえ」

「勿論さ。ひとまず容姿の情報だけ分かればいい」

「それだけか?」


 ジムは男の問いに、瞬きで安っぽい返事をした。男は脅された割に求めてくるものが異様に少ないことに驚いていた。しかし、ジムといえば、元ミドルからのし上がった最早伝説的な人物である。ミドルに入ってすぐの頃、知らない爺さんが「ジムに目をつけられたら人生終わりだ」と口癖のように言っていた。だから、自分に分からないことがあってもそれは当然のことだ、と自分に言い聞かせ、ひとまずここではジムの要望に応えておくことにした。


「『ブルージャッジ』は、黒髪の女だよ。長さは、肩に少しつくくらいだった。まあ、実際は結んでいることの方が多かったけどな。体格は見た感じ中肉中背で、どこにでもいそうな女だ。だが、素人目に見ても体の軸がやけにしっかりしていた。あれは多分、相当鍛えてるんじゃないか? ああ、それと、あの女はいつも手袋をしていた」

「そうか」


 ジムは目的の情報を掴むと、それだけ言ってあっさりと男を開放した。男が肩をさすりながら振り返ると、そこには一人の美しい少女が堂々と立っていた。それはまるで、自分の容姿に関する情報は好きなだけ取っていけばいい、とでも言っているかのような態度だった。


 男は、相手が相手なだけに不安になって、思わず「本当にこれだけでいいのか?」と聞き返した。すると、ジムは数秒顎に手を当てて考え込んだ後、何か面白いいたずらでも思い付いたかのようにニカリと笑った。


「あー、なら……お前の得意分野で一つ頼みごとをしてもいいか?」

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