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page 4

 シックだがどこかジャンキーな雰囲気もある重々しい扉を迷いなく開けた先へ進んでいくと、ジムの視界に顔を赤らめているだらしない客が数名映り込んだ。とはいえまだ明るい内なので、クラブ「パープルズ」の店内はそんなに混雑していない。


 ジムは空いていたカウンター席に座ると、テーブルを指先で三回叩いた。すると、カウンターで暇そうに立っていた男性がこちらを振り向いて顔をしかめる。軽くため息をついた後、男性は仕方がなしにジムの近くへ寄ってきた。彼の名は、シエン・テイニー。ジムとの関係が何かと言われれば、腐れ縁と答えるほかないだろう。


「何の用だ、ジム。また店を荒らす気か?」

「まさか。この前のはちゃんと直したろ? グレイの金で」

「この前の話は誰もしちゃいねえよ。これから何が起こるのかって話をしてるんだ。お前がここに来るときはロクなもん連れて来ねえんだからよ」

「まあそう邪見にするなよ。今回はお前と遊びに来たわけじゃねえ。本当に情報収集だけだ」

「それを鵜呑みに出来るほど、俺の中でお前の信頼度は高くねえぞ」

「はは、そりゃ悪かった」


 反省する気のないジムに、シエンはまたため息をついた。これ以上相手をする気にもならないなと、シエンは諦めて目を逸らしグラスを拭い始めた。


「じゃ、勝手にしろ。俺は店さえ無事ならここで誰が死のうがかまわねえ」

「なんだよ、私を人殺しとでも思ってるのか?」

「日頃の行いを考えてみるんだな」

「ちえっ。……おーいシオン」


 ジムが名前を呼んだ途端、シエンは手元のグラスをカウンターテーブルに叩きつけた。


「おい!!」

「なんだよ、勝手にしろって言ったのはお前だろ?」

「前言撤回だ。シオンを巻き込むなんて聞いてねえ!」

「なんだよ。これだからシスコンは面倒くせえな」

「はっ、なんとでも言え」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「シオン!? お前早く裏に戻って……」

「おー、シオン。丁度いい所に来たな。会いたかったぞー」

「えへへ、ジムさん。来てたんだ」


 とてとてと歩いて来た少女がジムに抱えあげられ、ちょこんと隣のカウンター席に座らされる。シエンはシオンの前で乱暴にジムを止めることも出来ず、手を額に当てて天を仰いだ。少女の名前は、シオン・テイニー。シエンの愛すべき妹である。


「おい」

「なんだよシスコン」

「シオンに危ないことさせたらぶっ殺す」

「お前に私が殺せるもんかよ」

「死んでも殺す」

「……そう睨むなって。少なくともここでは何も起きねえから。今回ばかりは信じてくれって。じゃねえと話が進まねえ」

「だから、自分の日頃の行いを……」


 シオンを取られて不機嫌そうに言葉を投げて来るシエンに、ジムは呆れて相手をするのをやめた。穏やかな笑顔のまま隣に座っていたシオンに向き直ると、ジムは本題を切り出した。


「なあ、シオン。最近、怪しい奴いなかったか?」

「怪しい、人? 事件の、犯人、捜してるの?」

「そうだ。こう、足音が違え奴がいねえもんかと思って。私が知ってる中で一番耳が良いのはお前だからな」

「変な、足音……。私がいた時は、あんまり……」


 顎に指を置いてそう言いかけた時、シオンの瞼がピクリと揺れた。何かを察したジムが目線で促すと、シオンは店内に流れている音楽でかき消されないぎりぎりの小声で話し出した。


「ジムさん、出口の方、見てる?」

「ああ。まさか」

「……今、扉開けた人。なんか、おかしい、かも」

「具体的には?」

「右足だけ、ちょっと重そう。靴底が、厚い感じ。なんか、入ってる……?」

「……上出来だ。お前は本当に天に愛されてるな。正真正銘ラッキーガールだよ」

「えへへ」


 ジムは目を細めてシオンの髪をくしゃくしゃと撫でた。シオンもその動きに合わせて控えめに可愛らしい笑い声を洩らした。それを見ているシエンがむっと眉をひそめているのに触れる者はいない。


「ありがとうな、シオン。助かった」

「役に立てたなら、良かった」

「なあ、シエン。シオンがこんなに可愛く笑ってるってのに、お前はいつまでそう不機嫌な顔でいるつもりだよ。ほら」


 ジムはシオンを軽々と持ち上げると、行儀悪くカウンターテーブルの上に座らせてやる形でシエンに預け渡した。


「おい、シオンはもっと丁重に扱え」

「へいへい。じゃ、私はもう行くから。シオン、また次があればよろしくな」

「うん、待ってる。また、来てね」

「けっ、こんな奴一生来なくていいんだよ。さっさと出てけ、この問題児」

「分かった、分かった。言われなくても行くって」


 シエンの罵倒を背に受けながらも、ジムは楽し気に笑っていた。椅子から飛び降りると、ジムは体格に見合った軽い足取りでクラブを出て行く。扉に閉ざされる前、最後に聞こえた鼻歌は随分上機嫌そうで、シエンの腕に抱えられながら、シオンはふふと一人笑みをこぼした。

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