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事務所をあとにしたジムは、真直ぐにミドルへと向かっていた。ミドルというのは、人自体を言うこともあれば、地域を指し示すこともある。随分曖昧な言葉だが、だいたいスラムのようなものであると思ってもらってかまわない。表通りの人々が思わず目を逸らすようなこのミドル特有の薄汚い空気も、ジムの肌にはかつてよく馴染んだ匂いだった。
わざわざ犯人が証拠を残してくれているのだから特殊な塗装の施されている弾丸から犯人を捜すべきなのは間違いないが、ポリスの資料によれば表の伝手はどこも外れだったらしい。ティアナがわざわざローファード・ハウスに依頼に来たのも、大方元ミドルであるジムの伝手を借りるためだろう。
「よ。久しぶりだな」
「おおジム! よく来たな」
ジムが片手をあげて挨拶をすると、道端に座り込んでいた汚らしい男性が顔を上げる。男性はたちまち瞳を輝かせると、指と指を擦り合わせるのをやめた。
「なんだ、随分嬉しそうだな」
「そりゃあ、ジムに声をかけられるほどの光栄はないぜ。アンタの情報はこぞって高値で売れるんだからな。ミドルの連中にとっちゃ、アンタは金のなる木なのさ」
「はは、そりゃよかった。じゃ、取引といこうか」
ジムがしゃがみ込んでにやりと口角を上げると、男性は片膝を抱えたままへへっと笑った。
「弾丸の塗装をやってるやつを探してるんだ」
「塗装? ……ああ、もしかして、例の『ブルージャッジ』の犯人探しでもしてんのか?」
「ご名答。ポリスの忠犬どもはみんな鼻が利かなくなっちまったらしいから、私にツケがまわってきたんだ」
「なるほどな。そりゃあ確かにミドルの奴が関わっているに違いない。だが、俺も断定的な情報は持ってねえんだ」
「つまり尻尾は見えてるんだな?」
「はは、そう急かすなよ。……実はな、最近期待の新人が出てきたんだ。なんでもおかしな改造野郎だと聞く。腕っぷしはそうでもないらしいが、仕込み武器の扱いじゃ誰もかなわねえと」
「へえ。そいつはどこに?」
「さあな。まだ名を上げ始めたばかりで居場所は知れてねえ。性別が男ってのは間違いないようだが、容姿も人によって情報が違えから、まだなんとも言えねえんだ。あ、だが、この前二つ先の路地の奴が下手にちょっかい出して、靴底の仕込みナイフで蹴り殺されたらしいぜ。……と、とりあえず俺の持ってるもんはこのくらいだな。足りなきゃ他を当たってくれ」
「いや、十分だ」
「なら良かった。それで、今回は何を教えてくれるんだい、ジム?」
「あー、そんなに面白えもんはねえんだが……そうだな、お気に入りのバーガーショップが増えた。一か月くらい前に事務所の通りの端の方に出来たんだが、あそこの創作バーガーはびっくりするくらい美味いんだぜ。サイドメニューもなかなかにいけるから、最近は良く通ってるな。私のあとをつけて来るのは勝手だが、あのバーガーショップに手出したらぶっ殺すって言っとけ」
「はは、おっかねえ」
「あと、私が『ブルージャッジ』を追いかけてるって情報も好きにしてくれ。いや、むしろこれは流してもらった方が好都合か……? ま、いいや。適当に任せた」
「あい、分かったよ」
必要な手がかりを回収できたことに満足したジムは、立ち上がりぐっと伸びをした。そこでふと聞き忘れていたことを思い出し、ジムは顔だけ振り返って尋ねた。
「ちなみになんだが、拳銃で狙撃なんてできる奴いたか?」
「ミドルでか? いるとしたらアンタくらいだろうな」
「ははっ、だよな」
ジムが「じゃ」と片手をあげて踵を返すと、男性はまた自分の手元をじっと見つめて指をさすり出した。