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page 2

「……はー、今日の仕事はこれで終わりか?」

「事務所の代表が客を追い返しておいて、何言ってやがる」


 バタン、と扉が閉まると、グレイは吸いこんだ煙を長く吐き出した。ジムは眉をひそめてわざとらしく咽てみせたが、グレイはそ知らぬふりをするばかりだった。あれを大人の余裕というのなら大人なんかごめんだ、と悪態をつきそうになる不機嫌な口にポテトを突っ込んで、ジムはなんとか幸福感を思い出そうとした。


 リオードが青年に連れ出されて数分の内、再び事務所のドアが叩かれた。グレイはちょっと面倒そうな表情を浮かべた後、腑抜けた声で「どうぞ」と返した。


「やあ、グレイ。繁盛してるかい」

「これを見てそう思うんならお前さんの目は節穴だな。老眼鏡でも貸そうか?」

「馬鹿だね。社交辞令って言葉を知らないのかい」

「社交辞令ってのは相手をおだてる時に使うもんさ。こりゃ頭もボケちまったかな」

「……私は判断を間違えたかね」


 開かれたドアから入ってきたのは、グレイと同じくらいの年頃の女性だった。かっちりとしたスーツを着こなし、ショートカットの髪は乱れなくセットされている。彼女の名前は、ティアナ・ジルク。バーニーズ・タンドにおける治安維持組織のトップに立つ人である。


「なんだ、いつものポリ公じゃねえのか。クソババアの方が来るなんて、珍しいこともあるもんだな」

「ユエなら今日は休みだよ。相変わらず口の減らない小娘だねえ、ジム」

「それで? ポリスのトップであるお前さんが、わざわざここまで足を運ぶ用ってのは?」


 茶番に満足したのか、グレイが続きを促すと、ティアナは呆れながらジムに書類を渡して話し始めた。


「『ブルージャッジ連続殺人事件』ってのを知ってるかい?」

「ああ、『犯罪者を死で裁く犯罪者』ってやつか。最近の新聞はそればっかりだからな。嫌でも耳に入るよ」

「そうかい、なら話は早い。最近犯罪者が被害者になる殺人事件がいやに多くてね。青く塗装された弾丸で殺害された被害者の近くには、毎度ご丁寧に青い薔薇の花弁を残してくれているから、同一犯で間違いないだろうってのは、既に公にされている情報だ。だが、ここからがおかしいんだよ。現場近くでの犯人の目撃情報は皆無で、弾道を見てもこれはスナイパーの仕業だろうと思っていたんだが……現場に残されていた弾丸は、ライフルではなくピストルのものだった」

「拳銃で狙撃、ってことか?」

「事実を順当に組み立てていけば、そういう結論にならざるを得ない。……とても人間業じゃないがね」

「なるほど。で、俺たちにこの犯人を捕まえろって?」

「そういうことだ。いけるね? ジム」


 ティアナに声をかけられたジムは、書類をめくっていた手を止め、しばらくマイペースにポテトの咀嚼を続けた後、それを飲み込んでからやっと言葉を返した。


「聞くなよ。最初からノーなんて言わせる気無かっただろ? じゃなきゃなんでグレイより先に私に書類を渡す?」

「あんたは一から話すより資料を勝手に読ませた方が早いだろう?」

「……まったくよく分かってらっしゃる」


 ジムは腕に抱えていた袋が軽くなったのを確かめると、くしゃくしゃに丸めてごみ箱へ投げ捨てた。ため息をつきながら立ち上がると、紙の束を雑にグレイに押し付けて、扉の方へ歩いて行く。グレイはその背中に目を向けて、相変わらず歩くコンピュータかというぐらいの記憶力だな、と感心する思いだった。


「おや、もういけるのかい」

「頼んでおいて随分な言い方だな、クソババア。ポリスはこんなちゃちい悪党すら捕まえられねえのかよ」

「そりゃあ悪かったね。で、あんたの考えでは何日だい?」


 ティアナがジムのとげとげしい言葉を適当にいなしながらそう尋ねると、扉を開けようとしていたジムは振り返り、ぐっと拳を前に突き出した。


「朝日どころか、星空も拝めねえよ」

「……そうかい」


 バタン、と扉が閉まり、静寂が訪れる。先に口を開いたのはグレイだった。


「どうよ、うちの子。立派に育っただろ?」

「馬鹿言え。あんたにそっくりな悪餓鬼になってるじゃないか」

「はは、そう言うなって。しかしよお、俺を介さずジムを直接ご指名とはなあ」

「私とあんたの付き合いだ。考えていることが分からないでもあるまいに」

「あーはいはい、『適材適所』ってやつね」

「そういうことだ。……あんた、それ止める気はないのかい。煙たいったらありゃしない」


 ティアナが苦々しい顔で言ったので、グレイは面白がって煙をふっと吹きかけた。


「はは、あんたも大概ジムに似てるよな」

「やめとくれ。私はあんな不良娘と一緒にされる筋合いはないよ」


 そう言い残すと、真直ぐな足音を鳴らしてティアナは事務所を出て行った。再び静まり返った部屋に残されたグレイはソファにもたれかかり、青紫色の煙がぷかぷか漂っているのをぼんやりと眺めていた。

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