page 1
犬も歩けば棒に当たるように、人が歩けば死体に出会える街、それがバーニーズ・タンド。ローファード・ハウスは、そんな狂気が散在する街の中にある、しがない探偵事務所である。
ここで働いているメンバーは三人。足を組み優雅に煙草をふかしている男が、事務所代表の一見頼りがいのなさそうなおじさん、グレイ・リバース。両ひざを揃えて背筋を伸ばしているのが、探偵見習い兼雑用係でジムの監視役になってしまったお人好し、リオード・カロン。そして、ポテトの入った袋を片腕に抱えて呑気に咀嚼し続けているのが、美しい容姿に残虐なナイフを隠し持つ少女、ジム。
「……って、ちょっと! 聞く気あります!?」
青年は両手を机にダンと叩きつけ、前のめりになって訴えた。
「そう言われてもなあ」
「んなもん私が知るかよ」
「すみません! 本当にすみません!」
おおよそ顧客に対するものとは思えない態度をとるグレイとジムに挟まれたまま、リオードはソファを揺らす勢いで何度も頭を下げた。青年は片手を机についたまま、もう片手をぐっと握りしめて、熱く演説を続ける。
「僕は本気なんです! 昨日の夜、夢を見て思い出したんです! もちろん僕自身でも調査は続けますし、きちんと依頼料も払います。だから……僕の前世の婚約者を探してください!」
「前世の婚約者、ねえ」
「行く場所間違えてんじゃねえか? 病院ならこっから出て右方面だ」
「すみません! 本当に本当にすみません……!!」
リオードが再び激しく頭を上下に振って謝り出すと、ジムは不機嫌そうに顔をしかめて言った。
「おい、ソファを揺らすんじゃねえ。大体、そんなにやりてえならお前がやりゃあいいじゃねえか、カロン。私はパスだ」
「えっ、ジムさん、これお仕事なんですよね!? 受けなくていいんですか!?」
「客は店を選ぶのに、店には客を選ぶ権利がないって?」
「そ、そんな横暴な……第一、僕はまだ見習いで、ジムさんの付き添いも兼ねてるわけですし、僕一人で動くわけには……」
「だそうだが?」
「あー、うん。行ってきていいよ、リオード。ジムなら……なんかしばらくは大丈夫そうな気がしなくもなくもないから」
「それ本当に大丈夫なんですか……」
「ま、リスクが伴う仕事には思えねえし、貧弱骨々カロンにはちょうどいいんじゃねえか?」
「……お二人とも、面倒だから僕に押し付けてるだけでしょう」
「ははは。ま、頑張れ」
グレイがそう言ってリオードの肩を叩くと、青年は依頼を受けてもらえることを察し、リオードの両手を包み込んだ。
「君、僕の頼みを聞いてくれるんですね? なんて心優しいんでしょう! 本当にありがとう! 実は他の探偵事務所も回ってきたんですが、どこも門前払いでしてね……」
「だろうな」
「当然だな」
「もはや隠す気もないんですね……」
一貫したグレイとジムの態度に、リオードは諦め気味に乾いた笑いを洩らした。青年は目を輝かせながら、グレイに声をかける。
「では、早速詳しい話を聞いてもらいたい。長居してお二人に迷惑を掛けるわけにはいかないから、少々この子を借りてもよろしいですか? 近くのカフェで話をしようかと思うんですが」
「かまわないさ。人が少ない穴場でも教えようか?」
「いえ、ご心配には及びません。この子への感謝も込めて、僕がとっておきの場所へ連れて行くつもりですから」
「そうかい。気をつけてな」
「あ、カロンは弱っちいから戦闘面では一切役に立たねえぞ。うっかり死なねえようにな」
「ご忠告どうもありがとう!」
半分放心状態ともいえるリオードの両手を引っぱってソファから立たせると、青年は意気揚々と扉の方へ向かっていった。こうして、青年とリオードは、といっても片方は半ば引きずられる形で、事務所をあとにしたのだった。