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檻の中の少女編(7)

「天のお父様、イエス様。日ごとの糧をありがとうございます。今日は篝火くんがグリーンカレーを作ってくれました」

「オレが作りました!」

「意外と料理の才能があるようです。ありがとうございます。美味しくいただきます」

「ありがとうございます。アーメン!」

「アーメン!」


 教会のキッチンにあるダイニングテーブルに二人は向き合って座って食前の祈りをしていた。


 篝火が作ったグリーンカレーは、食卓の上でスパイシーな匂いを発していた。嗅いでいるだけで食欲がそそられる。


 悠一がツバを飲み込んだ仕草をしたのを篝火は見逃さなかった。


「オレ、結構料理上手だろう」

「意外だな。うん、味も良いぞ」

「いやいや、カレーペーストに材料ぶち込んだ

 だけだから。悠一さん、女性に騙されるタイプだな。あとタコスライスや、ミルフィーユ鍋なんかも見かけの割には手が込んでないんだぜ」

「マジで? 信じられん」


 これは本当に女に免疫が無さそうだと篝火は思う。この手の混んでる風に見える料理も過去に貢いでもらった女に教えてもらったものである。逆のポテトサラダ、コロッケ、餃子、冷やし中華は見た目の割に手間がかかるから、あんまり作るなとアドバイスされた。女は怖いと思ったわけだが、こうして料理もそこそこできるようになったので、悪くない経験だったとは思う。


「ゲスい事聞くけど、悠一さんは女と付き合った事ないわけ?」

「ない。っていうか、婚前交渉は罪だしな。我慢できなくなったら結婚するけど、今は別に困ってないし」


 それは全く負け惜しみみたいな雰囲気はなく、嬉しそうにグリーンカレーを食べていた。ここまで騙されてくれると作りがいがあるわけだが、今はそれどころじゃないと思い出す。


「オレのロシア美女の悪霊どうなってる?」

「今のところ大人しくしてる。やっぱりクリスチャンのそばにいると大人しくなるわな」

「ふーん」

「特に食前の祈りやってる時は、かなりビビってた。で、どういう事だ。なんでこんな悪霊つけてるんだ。説明しろ」


 グリーンカレーのお陰で機嫌が良さそうに見えた悠一だが、悪霊に関しては厳しい視線を向けてきた。普段は繊細そうに見える悠一だが、この姿は昭和の父親のような厳しさを見せた。そういえば旧約聖書で書かれる父なる神様は厳しい一面が強い。世間一般的には優しいイメージが強いキリスト教だが、実際はちょっと厳しめだと篝火は最近気づいた。悠一もそうだし、エクソシストをしている直恵もちょっと厳しいというかクールなタイプだ。


 篝火はロシア美女の悪霊が入った日の事を詳細に話した。初仕事の事はもちろん、充希や史也の事、倫太郎の事も全部話した。


 グリーンカレーは美味しかったが、やっぱり話していると気が重くなってきた。やっぱり何か聖書で言われる罪を犯してしまったんだろうか。


 悠一はグリーンカレーに手をつけるのをやめ、しばらく腕を組んで考え込んでいた。


「おそらくだが、その充希さんっていう先輩が悪霊呼んだ可能性があるね」


 ようやく口を開いた悠一だが、篝火は納得できない。ロシア美女のキャバ嬢風の悪霊と、白衣姿に黒髪眼鏡の充希と結びつかない。悠一のよると充希が篝火に片思いをし、その念を悪霊が食べ、悪さをしてるという事だった。ロミオ美女の悪霊も、おそらく充希が元々つけていたものだろうと悠一は言う。


「いや、でもあの充希先輩がオレの事好き? イマイチイメージつかんな」


 篝火は首を傾げる。ただ、最近妙に優しいというか、熱視線を受けるというか…。心当たりがないわけでは無い。


「免疫ない男女はちょっと優しくされると、誤解するぜ。そんなストーカーから守ってくれらとか、少女漫画みたいな状況だわな」

「確かに充希先輩は少女漫画好きそう……」


 そう言ったとたん、篝火についているロシア美女の悪霊がザワザワと騒ぎ始めた。篝火の首にまとわりつき、悪さをし始めた。


『私と付き合う? 付き合うよ!』


 その声は篝火の耳にもはっきり聴こえてきた。食欲はすっかり失せてしまった。鍋にはグリーンカレーがまだ余っているが、翌日に持ち越す事になるだろう。


「他に何か聖書的に悪い事考えたりしなかったか?」


 悠一に凄まれ、篝火はよく思い出す。


「そういえば一瞬だけ充希先輩の事可愛いとか思ったかも……。あと、不倫の悪霊祓えたオレスゲ〜って思ったかも……」

「それはダメだ……」


 呆れた悠一の表情に篝火は、だんだんと恥ずかしくなってきた。


 聖書では思考だけでも性の事を考えるには罪にあたる。悪霊追い出しも祓う人間が凄いにでがなく、神様が凄いのだ。篝火にロシア美女の悪霊がついたのは自業自得という状況だった。


 確かに充希が悪霊を呼んだのかもしれないが、悪霊を呼び込む隙を与えているのは、篝火自身の問題だった。これでは充希を一方的に責める事はできない。そもそも免疫のない充希に誤解させるような事もしていた。


「思考という目に見えないものでも、霊が動くからな。本当に篝火くん、気をつけろよ」

「う、面目ない」


 しばらく篝火は、悔い改めての祈りや充希が守られるよう祈った。


「でも悠一さん。オレ、この後どうしたらいいの? 相手が送ってる悪霊って祓える?」

「そうだな……」


 悠一は再び腕を組んで考え込んだ。


「とりあえず、充希さんをこの教会に呼べ。できるか?」

「う、それは何か誤解受けるかも」

「いいからとりあえず呼んでこい。充希さんの悪霊も祓った方がいい。こんなロミオ美女の悪霊くっつけてるなんて、本人が一番苦しいぞ」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 あまり気乗りしないし、また誤解を受けそうではあったが、充希を教会に誘う事にした。


 充希の残業が無い火曜日、仕事終わりに一緒にこの悠一の教会に行く事を約束した。

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