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檻の中の少女編(5)

 倫太郎の教会を出ると、すでに夜になっていた。結局、夕飯も奢ってもらい、長居してしまった。


 怖い事も聞いたが、血潮の祈りもした。あとは、許せない気持ちなどの負の感情を持っていないか考えた。すぐには思いつかなかったが、ミュージシャン時代の仲間の顔などが何人か浮かんできた。悔い改めよう。


 そんな事を考えながら、倫太郎の教会のあるビルを出て、会社の方に向かった。会社によるつもりはないが、この前を通らないと駅につけない。まだ研究室は明かりが付いている。残業している人もいるのだろう。


 ちょうど充希が会社のビルから出てくるのが見えた。意外とオシャレなスプリングコートを着ていた。白衣の印象しかないので意外だった。


「み、充希さーん!」


 背後から声をかけたが、聞こえなかったようだ。そのまま、ふらりと会社の裏手にある公園の方に向かっていった。


「あれ? 様子変?」


 確かに充希の様子は変だった。上の空で、ぼんやりしていた。その証拠に篝火が声をかけても気づかず、スルーして公園に向かった。


 驚いた事に公園では、史也がいた。


 誰もいない夜の公園で史也と充希は何か言い争いをしていた。


 陰できいている篝火は何を言い争っているのか全くわからないが、悪霊が見えた。


 特に史也の周りのウヨウヨと黒いものが巻き付いているように見えた。


 ふと頭の文字のようなものが浮かんだ。『あれは不倫の悪霊だ』。誰かは教えてくれているような気がした。


 実際、史也は充希を口説いているような台詞を発していた。


『篝火、あの悪霊を祓いなさい!』


 再び、頭に声がした。


 篝火はわけもわからなず、その声に従った。いつか直恵達にやってもらったように見様見真似だが。


 史也に近づき、ドキドキしながら吠えるように言った。


「史也さんに憑いてる不倫の悪霊よ、イエス様の御名前で命じる、ここから出て行け!」


 手にも額にも汗がびっしょりついていたが、不思議と史也にまとわりつく悪霊は、するっと綺麗に消えていった。同時に史也も尻尾を巻いて逃げていった。


「な、何……?」


 充希は意味がわからないと言った風に瞬きを繰り返していた。眼鏡がちょっとずり落ちていて、いつもより抜けているように見えた。


「な、何? 有里くん、何やったの?」

「まあ、ちょっと事情を話そうじゃないか。っていうかオレの事は篝火って呼んでくれない?」


 二人で公園の隅にあるベンチに座り、しばらく缶コーヒーを飲みながら話していた。


 甘ったるい缶コーヒーだったが、温かく指先や舌が暖かくなった。


 夜空には、ぽっかりと肉まんみたいな月が浮かんでいた。薄い雲がふわふわと浮き、それは少し悪霊みたいにも見えてしまった。


「実は私、史也先輩からストーカーみたいな事受けていて」


 充希はずり落ちた眼鏡を一瞬外して、ハンカチで涙を拭った。それは少しだけ篝火の保護欲を刺激した。やっぱりの声に従って悪霊を祓って良かったと思った。


「マジで? あの人、結婚してなかった?」

「うん、でも奥さんと上手くいっていないとかで」

「それは嘘だよ。男は嘘つきだからねぇ。遊びたかったら、いくらでも嘘つくぜ?」


 同じ男として史也の気持ちはなんとなくわかる。というかミュージシャン時代は性的に乱れていたし、周りもそんな感じだったので、史也が可愛く見えるほどだった。中には女性の貢がせる為に騙して風俗に連れていったゲスいミュージシャンもいた事を思い出した。


「でも、イエスの名前って何? あれで史也先輩追い払えるってどういう事?」


 その説明するのは、ちょっと気が重かったが、エクソシストみたいな事をした事を説明した。


「充希先輩、また何かストーカーされたら言えよ。まあ、オレじゃなくても誰かクリスチャンに言って、悪霊追い払って貰うのがいいと思う」

「あ、ありがとう。私は理系だからよくわからないけど、そうする事にする」


 そう言って笑う充希はけっこう可愛かった。まあ、女性らしさは感じないが、篝火のヒーロー願望みたいのは満たされた。


 オレ、けっこう凄いのか?


 そんな事まで思うほどだった。


 こうして気分が良くなった篝火は、充希を部屋まで送り届け、ご機嫌で自分の部屋に帰った。


 しかし、部屋では予想外の事が起きていた。


『篝火ちゃーん! 私と付き合ってぇ〜』


 女の悪霊がいた。


 ロシア人っぽい美女だった。胸元はほとんどはだけ、水着みたいな服を着ていた。べったりと篝火に纏わりついた。


『篝火ちゃん! 私と一緒に寝よう!』


 ロシア美女風の悪霊は、篝火に性的誘惑を仕掛けてきた。夢にも出てきた。身体を弄られる悪夢に夜中に何度も目を覚ました。

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