檻の中の少女編(1)
篝火の就職活動は失敗と言ってよかった。
篝火は霊が見える状態になってしまった。悪霊つきの面接官、土地の悪霊に絡まれ、パニック障害のような症状が出てしまい、ろくに自己アピールができなかった。
希望の営業職につけるわけもなく、結局内定をもらえたのは、都内にある香料メーカーの研究室にある補助的な仕事だった。もちろん最低賃金、パート・アルバイトという立場だった。
本人は納得いかないが、この会社や人事部の人間には比較的悪霊がついていなかった。周囲に神社や寺もなく、目の前に教会があるので、霊的には安心だ。その教会は、篝火が通っている教会とも牧師同士が知り合いというのも安心だった。
将来性、金銭的には最低ではあったが、無職よりはマシだ。という事で、篝火の就職先が決まった。
1週間後の4月 1日から、初出勤になったが、その前に篝火にとって少し良い事があった。
篝火が通っている教会で「篝火くん、就職おめでとうパーティー」を開いてくれる事になった。
参加メンバーは、牧師の神谷悠一、協会員の淡雲直恵、直恵の友達の朝霧桜というメンバーだった。
教会の礼拝堂のとなりにある多目的室は紙で作った花や「篝火くん、就職おめでとう!」と書かれたポスターで綺麗に飾られていた。
テーブルの上はピザ、グラタン、フライドチキン、シーザーサラダ、ケーキ、ジュースと子供の誕生日パーティーのような雰囲気だった。
全て朝霧桜が家から持ってきてくれた料理だった。桜の家は超がつくほど金持ちらしく、お付きの執事もいるらしい。この料理も執事が持たせてくれたものらしい。
ちなみに酒はない。クリスチャンになったばかりの篝火にとっては残念な事だが、酒に酔うと悪霊を招く扉になるらしい。霊的に強い人の場合は嗜むぐらいなら問題は無いが、篝火はクリスチャンになったばかりで、牧師の悠一から見ても酒は辞めた方がいいとアドバイスされた。
「篝火くん、就職おめでとう!」
悠一、直恵、桜にそう笑って祝われたが、篝火の心は重い。不本意な就職だった事もあり、家にも悪霊がいるのが見えてすっかり疲れていた。一応映画みたいに「イエスの御名前で出て行け!」と言うと出て行くが、しつこいものもいて、対処に困っているというのが現状だった。
「どうしたのさ、篝火くん。顔が暗いじゃないか」
そう言い、ジュースをゴクゴク飲んでいるのは牧師の神谷悠一。まだ若い牧師で、篝火と同じ二十五歳。色が白く一見文学青年のような繊細な雰囲気だが、実はエクソシスト。内密に悪霊祓いもやっているらしい。篝火もクリスチャンになる前は彼に悪霊を追い出してもらった事がある。
「そうよ、どうしたのよ。篝火太郎くん」
こう言ったのは、朝霧桜。お嬢様の女子大生である。篝火の事は「篝火太郎くん」などとふざけた予呼び方をする。美人だが全体的におとぼけ天然キャラである。元々は篝火のファンだったが、悪霊祓いをされた後は全くロックバンドに興味がなくなったらしい。
「篝火くん、大丈夫? っていうか、姦淫の悪霊が見えるんだけど」
こう言ったのは、淡雲直恵。桜の友人の神学生でもある。その上、悠一と一緒に悪霊祓いもやっている強者。容姿も黒髪メガネでクール風だが、この人は悪霊も見えるらしい。
「姦淫の悪霊?」
それを聞いて篝火は、震え上がった。今は就活のために髪は黒く染め、短めに切り揃えているが、きちんとセットしている為か、全体的にチャラい雰囲気は隠せていない。
「あぁ、いるな。姦淫の悪霊が」
悠一もピザを食べる手を止めて、篝火の様子をじっと見つめた。真っ直ぐな黒い目に篝火はのけぞる。食欲も失せて、目の前の豪華な料理にも惹かれない。
「どうせエロい動画や雑誌でも見てたんでしょ。姦淫の霊だなんて、どうせポルノ経緯でしょ」
直恵はクールに言い放った。
「いやー、いやらしい!」
桜はそれを聞いて、きゃっきゃと騒ぐわけだが、篝火には心あたりがない。クリスチャンになる前、洗礼を受ける前にポルノ関連のものは全部捨てた。肉体関係のあった女についても一人一人名前をあげ、悔い改めた。
確かに道を行く女性に「綺麗だ」と思う事もあった。これの姦淫の悪霊を呼び込む足がかりになるが、その度に悔い改めていた。また、そんな風に祈っていると性欲もあまり感じなくなっていたのだが。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。最近は、全くエロい事考えてないぞ!」
篝火は焦って事情を説明した。
「じゃあ、どういう事?」
他のみんなが同時にそう言い、首を傾げる。
「とりあえず、最近の事を全部説明しろ」
悠一は厳しい声で言い放った。見かけは文学青年風で繊細だが、怒ると意外と怖い。根は純粋で正義感も強い男だった。だからこそ無償でエクソシストなんていう一円にも得にならない事をやっている男な訳だが。