プロローグ
篝火は元ビジュアル系ミュージシャンだった。
コロナ禍の影響でミュージシャンを辞めたというのは、あくまでも表向きの理由だった。
篝火はある事情から悪霊騒ぎに巻き込まれ、クリスチャンになった。おかげで「サタンを讃える曲を作れ」等と言われる音楽業界を去らざるおえなかったわけである。
元々サタンは、ルシファーという名前で天界で賛美隊長をしていた。音楽業界を悪魔的にするのは、命を懸けているところがある。結局、サタンに忠誠を誓わなければ上に行けない事に気づいた篝火は、ミュージシャンをやめて一般人になる事を選んだ。
ただ、篝火という名前にだけは愛着があった。顔や雰囲気も本名の「有里一太郎」という名前よりもあっている。という事で親しい人には篝火と呼んでもらう事にしていた。
そんな篝火は、職業訓練・主にパソコンの勉強を1年間地道に受け、面接を日々こなしていた。第一志望は営業職だった。ハローワークの職員も人当たりがよく、見かけも良い篝火は営業職向きだと言っていた。
営業職の面接は、トントン拍子で上手くいっていた。少し調子に乗っている部分もあった。面接官が女性だと、しっとりとした目線を作り、イケメンっぷりを存分に利用していた。
篝火はホストをしていた時もあったので、仕事一筋の人事部の女性なんて赤子をひねるようなものだと考えていたのだ。
「ええ。御社の理念には大変共感いたしまして」
イケメンビームを女性面接官に向けながら、篝火は歯が浮くようなセリフを捲し立てていた。元々ミュージシャンという事もあり、大袈裟に話したくなってしまう。
見よ! ここがオレの舞台や!
そんな事を思っているときだった。
突然視界がおかしくなった。女性面接官や面接会場からモワモワと黒い影のようなものが見え始めた。
『コイツ、クリスチャンだぜ』
『でもまだまだベイビークリスチャンじゃん。誘惑してやろ』
『ほら、篝火。素晴らしい篝火くん。もっと自分を好きになってみんなにアピールしろよ』
この時は、篝火はその正体が悪霊だとは気づかなかった。
無視していたが、自分の所にも首を絞めてきた。
『篝火、大好き! 大好き!』
女の悪霊だった。彼女は篝火の首を絞めて、縛り付け始めた。
篝火の心拍数は上がり、顔面は真っ青になった。いわゆるパニック傷害のような状況になった。
心の中で何度も神様の名前を呼んだ。
『早く悠一のいる教会へ行きなさい』
神様か聖霊の声かはわからない。
面接中であったが、篝火は一目散にこの場から逃げた。
「ふぇーん、神様。助けてくれよ」
実に情け無い声をあげながら。