坂本家の子供達
「初めまして。周二です。君が彰二君?」
「はい、初めまして」
わー、こんな可愛い子見た事無いや、と思い、周は驚いた。
此の、紘の弟、彰二というのは、まるで静吉のミニチュアだ、と思った。
しかし、国民服姿の美少年の表情は硬く、まるで似ていない。しかし其の、何処か敵意を含む眼差しを受け止めて、周は、二度驚いた。
周の双子の兄を思い出したのだ。
―する、そう、こういう表情、するよ。可愛いとか一言でも言ったら、虫螻でも見る様な蔑んだ目で見られそう。
周は、そう思うとドキドキした。
彰二と、周の双子の兄は、顔は全く似ていないのに、まるで、周の敬愛する、生き別れた兄の姿が重なって見えるかの様だった。
―ああ、分かった。此の子は、紘と俺の仲が良いから気に入らないわけだ。
ああ、益々そっくり、と、周は、泣きそうなくらい嬉しくなった。
―如何して、こんなに?血縁でもないのに、こんなに似る?
周が不思議に思っていると、紘が、妹だという女の子を連れてやってきた。
すると、彰二の目から敵意がフッと消えた。
わー、益々そっくり、と、周は思った。
此れは、周の兄が良い子の振りをする時と表情が同じなのだ。
恐らく彰二は、特定の人物、此の場合は、紘の前では良い子なのだ。
周は、敵意を向けられたのに、こんな気持ちになるなんて、と、感慨深くなった。
一目見て、周は彰二を気に入ってしまったのだ。
理屈では無かった。
多分相手には気に入られていないが、其れは、如何でも良い事だった。
周が彰二を気に入ったのである。
親友の紘は、周に妹を紹介してくれた。
「周ちゃん、こっちが、妹の由里。十二歳だよ」
「初めまして、由里です」
「初めまして」
由里が屈託の無い笑顔を向けてくれたので、周は自然に微笑み返した。
率直に言えば妹の方は、静吉や彰二に似た顔なのに全く可愛くなかった。
しかし其れは美醜の話ではない。
子供の顔ではない、という意味だ。
おかっぱ頭の、十二歳だという其の少女は、既に美女の顔をしているのだった。
其れも、中東のハレムにでも居そうな、濃い、妖しさを持った美女である。
可愛い、ではない。麗しい顔なのだった。
其れなのに体は、気の毒なくらい痩せていた。
道中こんな子供を大勢目にしてきた周は、胸が痛んだ。
小児喘息持ちで体が丈夫ではない妹だと聞いていたが、痛々しいまでの痩せ方である。
背は十二という年の割には高い方で、顔も美しいのに、長袖のブラウスと吊りスカートから出ているのは棒の様な手足で、少し離れて見ると、目ばかり大きい不自然な容姿に見えてしまう。
周の親友の辰顕や紘の従妹に、十歳になる成子という女の子が居たが、身長は由里程高くはなくても、発育は、由里より二歳下の成子の方が良かったかもしれないと思う程だった。畑の在る田舎より、東京の方が、食糧事情が悪いとは聞いていたが、自分は覚悟が足りなかったらしい、と周は思った。
其れにしても、これはまた、不思議な雰囲気を持った子だ、と周は思った。
例えば、絵に描いたのでは、由里の、此の雰囲気は表現出来ないだろう。
周が描くと、恐らく、似せようと思えば思う程、ただ中東の美女を描いた絵になるだろう。
手足の細さは、周の絵が、ただ下手なせいで、何かの間違いだと思われるに決まっている。
部分を追うと全体が見えなくなる美貌なのだ。
自分の筆が及ばないであろう存在というのを、周は初めて見た。
紘が、其れ程妹を美しいと思っていない様な事を言っていた理由が、周には分かる気がした。
可愛くないのは確かなのである。
しかし、紘が妹を可愛がっている事は、周には、よく伝わってきた。
紘は、さも軽そうに、ヒョイッと由里を抱き上げた。
由里は、愛らしい笑い声を上げた。
おやおや、此れは、と周は思った。殆ど赤ん坊の笑い方の其れだったのである。顔立ちと体格と、此の赤ん坊の様な反応が、全然合致しない。
しかし、そうなのだろう、由里は、子供なのだ。
実に、子供らしい子供である。
しかも周には、年齢より、ずっと中身は幼い様に思えた。
由里を見ると、成子というのは、こましゃくれていて御喋りな、随分大人びた子供だった様である。
由里は再び、周の方を見て微笑んだ。
其の笑顔は、彰二の表情と正反対で、剥き出しの好奇心と好意に溢れていた。
眩しい、と周は思った。
道中見てきた醜い物の数々を払拭してしまう様な、本当に太陽の様な笑顔だったのである。
ねぇ、と由里は言った。
「御母様の御里からいらしたって、本当?」
由里の、紘と似た美しい瞳が煌めいた。
成程、由里の剥き出しの好意は、其れに起因しているのか、と、周は思った。
そうだよ、と言うと、由里は、血色の悪い顔を薔薇色にして微笑んだ。
周は泣きそうになった。
由里は二歳で母を亡くしたのだという。周同様、母親の顔を覚えていないのだった。だから、こんな、今日初めて会った、周の様な、得体の知れない人間にも、母の縁を求めてしまうのだろう。
「宜しく、由里ちゃん」
周が、そう言って微笑みかけると、由里は、また、眩しく笑った。
紘は、愛おしそうに妹を抱いた儘、由里と周を見て、微笑んで言った。
「由里は重くなったねぇ」
「そうよ。七月の二十四日で、十二歳になったの。背も伸びたのよ」
お姉さんよ、などと由里が言うので、紘はクスクス笑った。
周は笑えなかった。
此の子に回す食料も無いのに、自分なんかが居候で此処に来てしまったのだ、と思った。