表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

逆恨みの恋愛、成仏させます。

 私が目を覚ますと、時計は夜中をさしていた。

 どうしてこんなに眠いのかな?

 そんなに疲れていたのかな?


 起き上がり、ベッドから出てドアを開けると、メイドさんが立っていた。


「みかん様、お腹が空きましたよね? 夜食を準備いたしますね?」

「いいんですか? 色々とご迷惑をおかけしてます」

「いいえ。今夜はお泊まりくださいと、あのお方が申しておりましたが、いかがなさいますか?」

「夜食を食べたら帰ります。自分の部屋でのんびりしたいので」

「そうですか。それでは車を用意いたしますね?」

「ありがとうございます」


 私はドアを閉めて、ソファに座る。

 聖野(せいの)さんがさっきまでいたみたい。

 聖野さんのタバコの匂いがする。

 初めて会った日に、聖野さんからしたタバコの匂い。


 心配してくれているなら、傍にいてよ。


「みかん様、夜食の準備ができました」


 メイドさんが夜食を持ってきてくれた。

 どれも美味しくて、ゆっくり食べた。

 ちゃんと味わいたいからね。


 食べたら、家へと帰った。

 キッチンと、寝室が一つずつの狭い部屋。

 それでも私の部屋だから落ち着く。


 また、聖野さんからの連絡を待つ日々がやってくると思うと、憂鬱だ。

 私は都合の良い女じゃないんだからね。



 あのパーティーから一週間が過ぎた。

 大学が忙しくて、私は聖野さんの連絡を待つこともしていなかった。


「みかん。ちょっと聞いてよ」


 向こうの方から走ってくる女の子が私を呼ぶ。

 彼女は私の友達の、りんこ。

 ドジな女の子で、私が目を離すと、すぐに何かにぶつかったり、つまずいたり、誰かに心を傷付けられたりするの。


 だから私は、りんこの保護者。

 りんこが傷付かないように見張っているの。

 そんなりんこが走ってくるけど、途中で一度転けて、私の元へやってきた。


「りんこ、どうしたの?」

「それがね、お姉ちゃんがストーカー被害にあってるのよ」

「りんこのお姉さんって、綺麗だもんね。警察には被害届けは出したの?」

「出したけど、ストーカーは何もしてこないから、警察は注意しかできないみたいなの」

「お姉さんは怖がっているわよね?」

「うん。だから、みかんが言っていた、恋愛を成仏させてくれる彼に、依頼はできないかな?」

「聖野さんはお金がなきゃ動かないわよ?」

「お金なんて無いよ」


 りんこは困った顔をしている。

 りんこが困っているのに、助けないなんて、友達としてあり得ないわ。


「お金は大丈夫よ。私が解決させるわ」

「本当? 彼にお願いをしてくれるの?」

「うん。聖野さんと連絡を取る方法はあるわ」


 聖野さんからの着信履歴があるから、電話はできる。

 でも何度も電話をしても、聖野さんは出ない。

 だから私は、この前のパーティーで、会場になっていたホテルへ向かった。


 フロントで聖野さんのフルネームを伝えた。

 聖野シンさんと。

 フロントの人は最初、首をかしげたが、この前のパーティーに来ていた人と伝えると、何処かへ電話をかけた。


 ロビーで待っていると、聖野さんが走って外からやってきた。

 ホテルにはいなかったみたいね。


「みかん。大丈夫か?」

「大丈夫? 大丈夫に決まっています。私はシンさんに会いに来たんですよ?」

「今、何て言った?」

「大丈夫ですよ」

「違う。俺の名前を呼んだか?」

「はい。シンさんですよね?」

「呼ぶな。俺の名前じゃない」

「えっ」


 聖野さんは怒っているようだった。


「それじゃあ、名前を教えて下さいよ」

「聖野だよ」

「それは名字です。下の名前を知りたいんです」

「俺には聖野しかないんだ」

「どうしてそんなに不機嫌なんですか? そんなに嫌な名前なんですか? 嫌なものは嫌という子供みたいですね」

「あっそ。もうここには来るな」

「そんな言い方はないですよ。私は連絡が取れないから、ここに来たんですよ?」

「用があるなら早く言えよ」


 さっきから、ずっとイライラしてどうしたの?

 何かあったの?

 私に八つ当たりなんてしないでよ。


「話は長くなります。ここでは人が多いし、他の場所で話をしませんか?」

「俺は忙しいんだ。車の中で話そうか?」

「はい」


 そして運転手つきの黒い車に乗って、聖野さんに話す。

 りんこのお姉さんのことを。


「金が無いなら無理だ」

「でも友達のお姉さんが困っているんですよ? 友達も心配しているし、、、」

「それって恋愛なのかよ?」

「ストーカーからすれば恋愛です」

「それならストーカーから依頼があれば動くよ。あっ、金も必要だけどな」

「聖野さんって本当にヒドイ人ですね。困っている人がいるのに」

「ストーカー被害は警察だよ」

「でも警察は動いてくれないんです。お姉さんが傷付けられたら遅いんですよ?」

「俺は警察じゃないし、正義の味方でもないんだよ。金持ちが趣味でやっているだけなんだよ」


 聖野さんは冷たい言い方をした。

 趣味ってだけで、あんなに依頼者達を笑顔にはできない。

 聖野さんは、ちゃんと真剣に依頼者に対応している。


 それなのに、どうして今回は引き受けてくれないの?

 そんなにお金が大事なの?


「もう、いいです!」

「分かってくれたか?」

「聖野さんには頼りません!」

「俺じゃなくて警察を頼れよ」

「そうですね。動いてくれない警察でも、聖野さんよりはマシですから」


 私は車を止めてもらい、車を降りた。

 聖野さんに何も言わず、降りた。

 聖野さんは、警察にちゃんと頼めよと言って帰っていった。


 警察は何もしてくれないって言ったじゃない?

 警察が何もしてくれないなら、私がするわ。

 私が、りんこのお姉さんを助けるわ。


 それから私は、りんこのお姉さんを一人にしないように傍にいた。

 ストーカーが、お姉さんに手を出さないように守ったの。


 ストーカーは顔は出さない。

 でも気配はある。

 いつも見られている感じはする。


 振り向いても誰もいない。

 そんな毎日が続き、お姉さんの心は弱っていった。

 仕事へ向かうお姉さんの顔色が悪いから、休んでもらいたくて、私の家の方が近かったから、家へ連れていった。


「ごめんね。仕事も忙しいし、ストーカーのこともあって疲れているのよ」

「私は迷惑なんて思っていませんよ。被害者であるお姉さんが、自分が悪いなんて思わないでくださいね。悪いのは全部、ストーカーなんですからね」


 お姉さんは少し眠ると言って目を閉じた。

 ストーカーが許せない。

 こんなに人の心をボロボロにして。

 何が愛よ。

 何が恋よ。


 お姉さんは、少しスッキリとした顔で、自分の家へ帰った。

 ちゃんと私が家まで送ったわ。


 その帰り、私は誰かにつけられていることに気付いた。

 後ろに気配を感じて振り向いても誰もいない。


 今までは、お姉さんと一緒だったから、そんなに怖いとは思わなかった。

 でも今は一人。

 とても怖くなった。


 聖野さんに電話をした。

 でも聖野さんは、電話に出てはくれない。

 もうすぐ私の家。

 だから私は走った。


 急いで鍵をバッグから出す。

 でも焦っているからなのか、鍵穴に鍵が入らない。

 スマホを、手に持っているからいけないのかもしれない。


 スマホを見ると、聖野さんに電話をまだかけていた。

 切るのを忘れていたみたい。

 切ろうとしたら、聖野さんが出た。


「はい」

「あっ、あの、私。今、家、、、」


 私はその後の言葉を言えなかった。

 だって、後ろから男の手が伸びてきて、スマホを取られたから。


 すぐに男は電話を切った。

 その男の顔なんて見たことはない。

 でも私には分かる。

 りんこのお姉さんのストーカーだと。


「さあ、君の家へ入ろうか?」


 ニヤニヤしながら男は言った。

 私の部屋は二階。

 ここから飛び降りることは無理。

 仕方がなく鍵を開けて中へ入る。


 男は私に触れることはしないが、ただニヤニヤしながら私を部屋の隅へと追いやる。

 狭い部屋だからすぐに背中が壁につく。

 もう、逃げられない。


「君が悪いんだよ?」

「どうしてですか?」


 私は震える声で言った。


「彼女は僕が壊すのに、君が彼女を守るからだよ」

「壊す?」

「そうだよ。僕は手なんて出さずに、彼女の心を壊すんだよ。だから僕は捕まらない」

「どうしてそんなことをするんですか?」

「彼女が美人だから悪いんだ。僕を見下す、あの美人と同じだからね」

「それって逆恨みですか?」

「そうかもしれないけど、美人はみんな僕を見下すんだ。キモイ、近寄るな、同じ空気を吸いたくはないとか、心ない言葉を言ってくる」


 このストーカーは恨みしか頭の中にはない。

 狂っている。

 私が何を言っても心には響かないと思う。


 でも、この状況をどうにかしなくちゃ。

 私、この男に何をされるの?

 怖い。

 助けて。


聖野(せいの)さん!」


 私が叫ぶと、玄関のドアが開いて人影が入ってきた。

 その人影はとても素早く男の腕を引っ張り、体を壁へ叩きつけた。

 男はその一撃で気を失った。


「大丈夫か?」

「聖野さん」


 私は近寄ってきた聖野さんに、涙を目に溜めて言った。

 そして安心したからなのか、足に力が入らなくなって座り込んだ。


「何かされたのか?」


 私は首を横に振った。

 喉に力が入って声が出ない。


「みかん」


 聖野さんが優しい声で私を呼んだ。

 私は聖野さんを見上げた。

 その時、目に溜まっていた涙が頬を伝った。


「みかんが許してくれるなら、抱き締めてもいいかな?」


 聖野さんが我慢をしているのは分かる。

 本当は私に訊かずに、今すぐにでも抱き締めたいのは。

 私を落ち着かせる為に。


 だから私はうなずいた。

 聖野さんなら、落ち着かせてくれると思ったから。

 この恐怖を忘れさせてくれると思ったから。


 聖野さんは壊れ物を扱うように、優しく抱き締めた。

 すると私の涙が溢れ出す。

 次から次へと流れる涙が、聖野さんの肩に落ちていく。


 聖野さんは私の頭を撫でながら、大丈夫と何度も言ってくれた。

 聖野さんが呼んでいた警察に、男は連れていかれた。


 男はいないけど、この部屋にはいられない。

 あの恐怖が頭から離れない。


「今日は俺の家に泊まるか?」

「えっ、でも、、」

「変な意味はないよ。俺の家には部屋はたくさんあるし、みかんがこの部屋に住みたくないのなら、部屋を探してやるよ。だからそれまでは俺の家にいろよ」

「でも、聖野さんのことはよく知らないですし、知らない人にはついていっちゃダメなんですよ?」

「お前はガキかよ」

「ガキですよ。お酒はほとんど飲めないし、色気なんてないですから」

「みかんにはみかんの魅力があるんだよ」


 聖野さんの言葉は私の心を温かくしてくれた。

 心がホッとした。


「私が聖野さんの部屋に泊まる条件を出します」

「条件?」

「聖野さんの年齢を教えて下さい」

「なんだよ、その条件は? 条件を出すならみかんを泊める俺だろう?」

「聖野さんは私に、この部屋に住めと言うんですか?」

「そんなことはないよ。俺はみかんを、今すぐにでもこの部屋から連れ出したいよ」


「それなら今すぐ連れ出して下さい」


 私は聖野さんにお願いするように言った。


「分かったよ」


 聖野さんはいきなり立ち上がる。

 そして私に掌を差し出した。

 私は聖野さんの掌に手を乗せた。

 聖野さんはギュッと握って私を立たせた。


「帰ろうか?」

「はい!」


 私は聖野さんに優しく手を引かれ、部屋を出た。

 車の中でも聖野さんは、手を握ってくれていた。

 聖野さんの優しさが手から伝わってくる。


「ところで、聖野さんの年齢は? いくつなんですか?」

「明日、教えるよ」

「明日? 絶対に教えてくださいよ?」

「分かってるよ」

「次はどんなことを訊こうかなぁ?」

「はあ? まだ訊くつもりなのか?」

「当たり前です。聖野さんのことを知らなきゃ、聖野さんは、ずっと知らない人ですよ?」

「もう、知り合いだろう?」

「知らない人です。私は聖野さんのことを知らないです」


 私は聖野さんのことを知らない。

 聖野さんがどんな仕事をしているのか。

 聖野さんがどんな風に生きてきたのか。

 聖野さんがどんな恋愛をしてきたのか。


「俺は知ってるよ。森野(もりの)みかん」

「どうしてフルネームを知っているんですか?」

「学生証だよ」

「あっ、それなら私もフルネームを教えて下さいよ」

「質問は一日に一つなんだよ」

「そんなの私は決めていません。それに質問の答えは明日ですよ? それなら今日の質問はまだってことですよね?」

「俺が今、決めたんだよ。それに今日、質問をしたんだから今日の分だよ。」

「そんなの無効です」

「それなら俺の家に泊まる条件も無効だよな?」

「もう!」


 聖野さんには勝てない。

 悔しい。

 何か勝てるものがあれば、、。


 聖野さんの家に着いて驚いた。

 だって普通だったから。

 普通は言い過ぎだけど、お金持ちなら、もっと高層マンションに住むのかと思っていた。


 一番上の階へ向かう。

 エレベーターの扉が開くと別世界だった。

 聖野さんの使用人が頭を下げてお出迎え。


「私はこんなお出迎えは無理です。私まで頭を下げたくなります」

「頭は下げなくていいから。それに、俺は慣れたから何とも思わないよ」

「もう、ここから離れましょう。どれが聖野さんの部屋ですか?」


 最上階の部屋は三つある。

 部屋番号は1、2、3、と書いてある。


「全部だよ」

「全部?」

「そうだよ。この最上階の全てが俺のものなんだよ」

「普通じゃなかった、、、」

「何?」

「なんでもないですよ。ところで私の部屋はどこですか?」

「今日は俺と一緒だよ」


 ん?

 今、何と言いました?

 私は一応、女の子なんですが?


「一人にはしたくないんだよ」


 聖野さんは私を心配している。

 そして苦しそうな顔をしている。

 どうしてそんなに苦しいの?

 私があなたの傍にいれば苦しくないの?


「私は一人がいいです」

「そっか。みかんも女の子なんだよね」

「そうです。私は女の子なので、トイレやお風呂は一人がいいです。ついでにベッドも一人がいいです」

「えっ」

「だから、その他は、聖野さんと一緒にいてもいいですよ?」

「その、上から目線は何だよ?」

「だって、私を一人にしたくはないんですよね?」

「本当に俺も、みかんには敵わないよ」

「みかんは無敵です」

森野(もりの)みかんは無敵過ぎだよ」


 聖野さんは、私のフルネームを言って笑う。

 何故って?

 だって、『もりのミカン』っていう名前の果物の蜜柑が存在するからよ。


 時期になると、どのお店にも売ってある。

 甘くてジューシーで小粒なミカンは、大人気なんだよ。


「甘くてジューシーなんですからね」

「そうだろうね。みかんは、いつも甘い香りがするからね」


 聖野さんは私に鼻を近付けて匂う。


「変態!」

「はあ?」

「やっぱり嫌です。私の寝てる間に匂いを嗅いだりしませんよね?」

「俺はそんな趣味はないし、女に困ってはないよ」

「今、さらっと、自分がモテることを口にしましたよね?」

「うるさいんだよ。そんなに心配なら俺に手錠でもしろよ」

「手錠なんてあるんですか?」

「あるよ」

「何に使うんですか? 使い道なんてないですよね?」


 私は疑いの目で聖野さんを見た。


「俺にはちゃんとした使い道があるんだよ」

「へぇ~」

「もういいよ。早く風呂に入って寝るぞ」

「は~い」


 私は聖野さんの後ろをついていく。

 聖野さんを、からかうのは楽しい。


 お風呂に入って、髪の毛を乾かさないまま、聖野さんの元へ向かった。

 聖野さんは私を見ると、仕方ないなと言い、ドライヤーを持ってきて、私の髪の毛に温風を当てる。


「風邪でもひかれたら困るんだから、ちゃんと乾かせよ」

「は~い」

「みかんの髪の毛は細くてサラサラなんだな」

「でも聖野さんもそうですよね?」


 私は聖野さんの方を向いて言った。

 聖野さんは、じっとしてと言って、私の頭を元の位置に戻す。


 私はじっとして、ドライヤーが終わるのを待った。

 ドライヤーの音がなくなり、聖野さんが私の髪の毛を指でとかす。


「みかんの髪の毛は本当に綺麗だよ。やっぱり甘い香りがするんだ」


 聖野さんは、私の髪の毛を一束持ち、鼻を近付ける。

 さっきとは違って変態なんて思わない。

 それは聖野さんが、私の髪の毛一本一本を、大切に扱っているのが分かるから。


「みかん、お願いだからこれからは無茶はしないで」

「はい。ごめんなさい。でも、お姉さんが可哀想で。日に日に弱っていくのが分かって、何かお姉さんの為にできないかなって思ったんです」

「みかんの気持ちは分かるよ。でもストーカーは恋愛じゃないんだ。だから成仏はできない」

「はい」

「あのストーカーも最初は、恋愛だったのかもしれないけど、いつの間にか憎しみへと変わって、逆恨みになったのかもしれない。そうなれば俺は、何もできないんだ。あの時も、、、」


 聖野さんはストーカーの恋愛成仏を、試みたことがあるの?

 何もできないんだって言うのは、失敗したってことなの?

 でも私も何もできないんだって思ったよ。


 あのストーカーはどこか違うところを見ていた。

 私じゃなくて、私を見ながら誰かを見ていた。

 そんなストーカーに何を言っても響かないのは、分かった。


 自分には何もできないもどかしさ、救えない人もいることを私は知った。

 でも、私は救われたわ。


「私は聖野さんに救われました」


 私は聖野さんの手をそっと両手で包み、聖野さんを見て言った。


「当たり前じゃん。みかんは俺が守るって言ったからね」

「えっ、いつですか?」

「パーティーに参加する前だよ」

「そうでしたね」


 本当は覚えていた。

 でも聖野さんを試したの。

 覚えているのか。


 聖野さんが覚えていたことに、私は嬉しくなって笑っちゃった。

 聖野さんもニコニコと笑っていた。

 幼い表情で。


 私が寝ている間、聖野さんは手錠をかけた。

 聖野さんの右手とソファの背もたれの棒の部分に手錠をつけた。

 私は近くの大きなベッドで眠った。


 夜中、目が覚めた。

 聖野さんを見ると、眠っているようだ。

 私は聖野さんに近付く。


 聖野さんの顔を見ると、綺麗なベビーフェイスを触りたくなった。

 頬くらいならいいよね?

 私は優しく頬を触る。


 やっぱり柔らかい。

 綺麗な肌。

 幼く見える顔。


 私が聖野さんの頬に触れていると、聖野さんに手を掴まれた。

 そして私達は見つめ合う。


「みかんが俺を食べるのか?」

「えっ、食べません!」

「俺はみかんを食べたいけどな?」


「ミカンの季節はまだですよ」

「そうだな」


 聖野さんに、からかわれているのが分かったから、私は果物のミカンの話をした。

 すると聖野さんはクスクスと笑って、早く寝ろよと言った。

 私はベッドに戻り、また眠りについた。



「みかん、お~い。みかん」


 聖野さんの声で目が覚めた。

 私はすぐに起き上がる。


「みかん、トイレ」


 聖野さんはトイレを我慢していたようで、手錠を外すのを急がせる。

 私は急いで手錠を外すと、聖野さんはトイレへ駆け込む。




「聖野さんの年齢は? いくつですか?」


 聖野さんがトイレから帰ってくると、私は訊いた。


「俺はみかんの一つ年上だよ」

「私の一つ年上? 嘘です。もっと上ですよね?」

「俺は、頭が良いから大学は早めに卒業したけど、年齢はみかんの一つ年上だよ」


 嘘よ。

 だって、すごく大人に見えるわ。

 経験も豊富で、何でも知っていて。

 それなのに、私と年齢が一つしか変わらないの?


「俺、今から仕事だけど、みかんはどうする?」

「私は大学へ行きます」

「それなら俺の車を使えよ」

「私は、車の免許は持っていません」

「運転手つきだから大丈夫だよ」

「あっ、そうですよね?」

「みかんが、この家を出ていくまでは車で送迎するから、迎えの時間を運転手に伝えててくれよ」

「送迎ですか? そんな、大丈夫ですよ」

「これはこの家に住む条件だよ」

「はい。分かりました」


 私は急いで大学へ行く準備をした。

 私の荷物は聖野さんの部屋の、隣の部屋に全てあった。

 それでもその部屋はまだ広い。


 こんな部屋に聖野さんは、一人で住んでいるなんて、寂しいだろうなぁ。

 部屋が見つかったら、たまには遊びに来てあげようかなぁ?

 でも聖野さんは一人に慣れているかなぁ?



 大学へ着くと、りんことお姉さんが私に近付いてきた。


「みかん、さっきの車は何? みかんがお嬢様みたいだったよ?」

「りんこ、それは後で説明するよ。お姉さんはもう知っていますか?」


「うん知っているわ。あのストーカーは捕まったんでしょう?」


 りんこのお姉さんは、その話をする為に大学へ来たみたい。


「はい。警察から連絡はありましたか?」

「あったわ。あのストーカーは他の女性にもストーカーをしていたようで、一時は出てこないらしいわ」

「そうなんですね」

「みかんちゃん、ありがとう。これで決心ついたわ」

「決心ですか?」

「うん。結婚するわ。遠距離恋愛中の彼と」

「おめでとうございます」

「彼の所へ行くわ。だから、りんこをお願いね」


 お姉さんは綺麗な笑顔で言った。

 私は、はいと元気に返事をした。


 お姉さんとりんこには、ストーカー事件の真実は教えなかった。

 二人は知らない方がいいと思ったから。


「お礼って言えるか分からないんだけど、恋愛成仏を依頼したい人が私の会社にいるの。だからみかんちゃんの連絡先を教えてもいいかしら?」

「はい。いいですよ」

「分かったわ。彼に伝えておくわね」


 彼?

 男性?

 今まで男性の依頼者はいなかったけど、大丈夫かなぁ?


 男性はダメなんて聞いていないから大丈夫だよね?

 だいたい、男性だって恋愛成仏させたいわよね?

 男性、女性なんて関係ないわ。

読んでいただき誠に、ありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

明日の6時頃に次のお話を投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ