逆恨みの恋愛、成仏させます。
私が目を覚ますと、時計は夜中をさしていた。
どうしてこんなに眠いのかな?
そんなに疲れていたのかな?
起き上がり、ベッドから出てドアを開けると、メイドさんが立っていた。
「みかん様、お腹が空きましたよね? 夜食を準備いたしますね?」
「いいんですか? 色々とご迷惑をおかけしてます」
「いいえ。今夜はお泊まりくださいと、あのお方が申しておりましたが、いかがなさいますか?」
「夜食を食べたら帰ります。自分の部屋でのんびりしたいので」
「そうですか。それでは車を用意いたしますね?」
「ありがとうございます」
私はドアを閉めて、ソファに座る。
聖野さんがさっきまでいたみたい。
聖野さんのタバコの匂いがする。
初めて会った日に、聖野さんからしたタバコの匂い。
心配してくれているなら、傍にいてよ。
「みかん様、夜食の準備ができました」
メイドさんが夜食を持ってきてくれた。
どれも美味しくて、ゆっくり食べた。
ちゃんと味わいたいからね。
食べたら、家へと帰った。
キッチンと、寝室が一つずつの狭い部屋。
それでも私の部屋だから落ち着く。
また、聖野さんからの連絡を待つ日々がやってくると思うと、憂鬱だ。
私は都合の良い女じゃないんだからね。
◇
あのパーティーから一週間が過ぎた。
大学が忙しくて、私は聖野さんの連絡を待つこともしていなかった。
「みかん。ちょっと聞いてよ」
向こうの方から走ってくる女の子が私を呼ぶ。
彼女は私の友達の、りんこ。
ドジな女の子で、私が目を離すと、すぐに何かにぶつかったり、つまずいたり、誰かに心を傷付けられたりするの。
だから私は、りんこの保護者。
りんこが傷付かないように見張っているの。
そんなりんこが走ってくるけど、途中で一度転けて、私の元へやってきた。
「りんこ、どうしたの?」
「それがね、お姉ちゃんがストーカー被害にあってるのよ」
「りんこのお姉さんって、綺麗だもんね。警察には被害届けは出したの?」
「出したけど、ストーカーは何もしてこないから、警察は注意しかできないみたいなの」
「お姉さんは怖がっているわよね?」
「うん。だから、みかんが言っていた、恋愛を成仏させてくれる彼に、依頼はできないかな?」
「聖野さんはお金がなきゃ動かないわよ?」
「お金なんて無いよ」
りんこは困った顔をしている。
りんこが困っているのに、助けないなんて、友達としてあり得ないわ。
「お金は大丈夫よ。私が解決させるわ」
「本当? 彼にお願いをしてくれるの?」
「うん。聖野さんと連絡を取る方法はあるわ」
聖野さんからの着信履歴があるから、電話はできる。
でも何度も電話をしても、聖野さんは出ない。
だから私は、この前のパーティーで、会場になっていたホテルへ向かった。
フロントで聖野さんのフルネームを伝えた。
聖野シンさんと。
フロントの人は最初、首をかしげたが、この前のパーティーに来ていた人と伝えると、何処かへ電話をかけた。
ロビーで待っていると、聖野さんが走って外からやってきた。
ホテルにはいなかったみたいね。
「みかん。大丈夫か?」
「大丈夫? 大丈夫に決まっています。私はシンさんに会いに来たんですよ?」
「今、何て言った?」
「大丈夫ですよ」
「違う。俺の名前を呼んだか?」
「はい。シンさんですよね?」
「呼ぶな。俺の名前じゃない」
「えっ」
聖野さんは怒っているようだった。
「それじゃあ、名前を教えて下さいよ」
「聖野だよ」
「それは名字です。下の名前を知りたいんです」
「俺には聖野しかないんだ」
「どうしてそんなに不機嫌なんですか? そんなに嫌な名前なんですか? 嫌なものは嫌という子供みたいですね」
「あっそ。もうここには来るな」
「そんな言い方はないですよ。私は連絡が取れないから、ここに来たんですよ?」
「用があるなら早く言えよ」
さっきから、ずっとイライラしてどうしたの?
何かあったの?
私に八つ当たりなんてしないでよ。
「話は長くなります。ここでは人が多いし、他の場所で話をしませんか?」
「俺は忙しいんだ。車の中で話そうか?」
「はい」
そして運転手つきの黒い車に乗って、聖野さんに話す。
りんこのお姉さんのことを。
「金が無いなら無理だ」
「でも友達のお姉さんが困っているんですよ? 友達も心配しているし、、、」
「それって恋愛なのかよ?」
「ストーカーからすれば恋愛です」
「それならストーカーから依頼があれば動くよ。あっ、金も必要だけどな」
「聖野さんって本当にヒドイ人ですね。困っている人がいるのに」
「ストーカー被害は警察だよ」
「でも警察は動いてくれないんです。お姉さんが傷付けられたら遅いんですよ?」
「俺は警察じゃないし、正義の味方でもないんだよ。金持ちが趣味でやっているだけなんだよ」
聖野さんは冷たい言い方をした。
趣味ってだけで、あんなに依頼者達を笑顔にはできない。
聖野さんは、ちゃんと真剣に依頼者に対応している。
それなのに、どうして今回は引き受けてくれないの?
そんなにお金が大事なの?
「もう、いいです!」
「分かってくれたか?」
「聖野さんには頼りません!」
「俺じゃなくて警察を頼れよ」
「そうですね。動いてくれない警察でも、聖野さんよりはマシですから」
私は車を止めてもらい、車を降りた。
聖野さんに何も言わず、降りた。
聖野さんは、警察にちゃんと頼めよと言って帰っていった。
警察は何もしてくれないって言ったじゃない?
警察が何もしてくれないなら、私がするわ。
私が、りんこのお姉さんを助けるわ。
それから私は、りんこのお姉さんを一人にしないように傍にいた。
ストーカーが、お姉さんに手を出さないように守ったの。
ストーカーは顔は出さない。
でも気配はある。
いつも見られている感じはする。
振り向いても誰もいない。
そんな毎日が続き、お姉さんの心は弱っていった。
仕事へ向かうお姉さんの顔色が悪いから、休んでもらいたくて、私の家の方が近かったから、家へ連れていった。
「ごめんね。仕事も忙しいし、ストーカーのこともあって疲れているのよ」
「私は迷惑なんて思っていませんよ。被害者であるお姉さんが、自分が悪いなんて思わないでくださいね。悪いのは全部、ストーカーなんですからね」
お姉さんは少し眠ると言って目を閉じた。
ストーカーが許せない。
こんなに人の心をボロボロにして。
何が愛よ。
何が恋よ。
お姉さんは、少しスッキリとした顔で、自分の家へ帰った。
ちゃんと私が家まで送ったわ。
その帰り、私は誰かにつけられていることに気付いた。
後ろに気配を感じて振り向いても誰もいない。
今までは、お姉さんと一緒だったから、そんなに怖いとは思わなかった。
でも今は一人。
とても怖くなった。
聖野さんに電話をした。
でも聖野さんは、電話に出てはくれない。
もうすぐ私の家。
だから私は走った。
急いで鍵をバッグから出す。
でも焦っているからなのか、鍵穴に鍵が入らない。
スマホを、手に持っているからいけないのかもしれない。
スマホを見ると、聖野さんに電話をまだかけていた。
切るのを忘れていたみたい。
切ろうとしたら、聖野さんが出た。
「はい」
「あっ、あの、私。今、家、、、」
私はその後の言葉を言えなかった。
だって、後ろから男の手が伸びてきて、スマホを取られたから。
すぐに男は電話を切った。
その男の顔なんて見たことはない。
でも私には分かる。
りんこのお姉さんのストーカーだと。
「さあ、君の家へ入ろうか?」
ニヤニヤしながら男は言った。
私の部屋は二階。
ここから飛び降りることは無理。
仕方がなく鍵を開けて中へ入る。
男は私に触れることはしないが、ただニヤニヤしながら私を部屋の隅へと追いやる。
狭い部屋だからすぐに背中が壁につく。
もう、逃げられない。
「君が悪いんだよ?」
「どうしてですか?」
私は震える声で言った。
「彼女は僕が壊すのに、君が彼女を守るからだよ」
「壊す?」
「そうだよ。僕は手なんて出さずに、彼女の心を壊すんだよ。だから僕は捕まらない」
「どうしてそんなことをするんですか?」
「彼女が美人だから悪いんだ。僕を見下す、あの美人と同じだからね」
「それって逆恨みですか?」
「そうかもしれないけど、美人はみんな僕を見下すんだ。キモイ、近寄るな、同じ空気を吸いたくはないとか、心ない言葉を言ってくる」
このストーカーは恨みしか頭の中にはない。
狂っている。
私が何を言っても心には響かないと思う。
でも、この状況をどうにかしなくちゃ。
私、この男に何をされるの?
怖い。
助けて。
「聖野さん!」
私が叫ぶと、玄関のドアが開いて人影が入ってきた。
その人影はとても素早く男の腕を引っ張り、体を壁へ叩きつけた。
男はその一撃で気を失った。
「大丈夫か?」
「聖野さん」
私は近寄ってきた聖野さんに、涙を目に溜めて言った。
そして安心したからなのか、足に力が入らなくなって座り込んだ。
「何かされたのか?」
私は首を横に振った。
喉に力が入って声が出ない。
「みかん」
聖野さんが優しい声で私を呼んだ。
私は聖野さんを見上げた。
その時、目に溜まっていた涙が頬を伝った。
「みかんが許してくれるなら、抱き締めてもいいかな?」
聖野さんが我慢をしているのは分かる。
本当は私に訊かずに、今すぐにでも抱き締めたいのは。
私を落ち着かせる為に。
だから私はうなずいた。
聖野さんなら、落ち着かせてくれると思ったから。
この恐怖を忘れさせてくれると思ったから。
聖野さんは壊れ物を扱うように、優しく抱き締めた。
すると私の涙が溢れ出す。
次から次へと流れる涙が、聖野さんの肩に落ちていく。
聖野さんは私の頭を撫でながら、大丈夫と何度も言ってくれた。
聖野さんが呼んでいた警察に、男は連れていかれた。
男はいないけど、この部屋にはいられない。
あの恐怖が頭から離れない。
「今日は俺の家に泊まるか?」
「えっ、でも、、」
「変な意味はないよ。俺の家には部屋はたくさんあるし、みかんがこの部屋に住みたくないのなら、部屋を探してやるよ。だからそれまでは俺の家にいろよ」
「でも、聖野さんのことはよく知らないですし、知らない人にはついていっちゃダメなんですよ?」
「お前はガキかよ」
「ガキですよ。お酒はほとんど飲めないし、色気なんてないですから」
「みかんにはみかんの魅力があるんだよ」
聖野さんの言葉は私の心を温かくしてくれた。
心がホッとした。
「私が聖野さんの部屋に泊まる条件を出します」
「条件?」
「聖野さんの年齢を教えて下さい」
「なんだよ、その条件は? 条件を出すならみかんを泊める俺だろう?」
「聖野さんは私に、この部屋に住めと言うんですか?」
「そんなことはないよ。俺はみかんを、今すぐにでもこの部屋から連れ出したいよ」
「それなら今すぐ連れ出して下さい」
私は聖野さんにお願いするように言った。
「分かったよ」
聖野さんはいきなり立ち上がる。
そして私に掌を差し出した。
私は聖野さんの掌に手を乗せた。
聖野さんはギュッと握って私を立たせた。
「帰ろうか?」
「はい!」
私は聖野さんに優しく手を引かれ、部屋を出た。
車の中でも聖野さんは、手を握ってくれていた。
聖野さんの優しさが手から伝わってくる。
「ところで、聖野さんの年齢は? いくつなんですか?」
「明日、教えるよ」
「明日? 絶対に教えてくださいよ?」
「分かってるよ」
「次はどんなことを訊こうかなぁ?」
「はあ? まだ訊くつもりなのか?」
「当たり前です。聖野さんのことを知らなきゃ、聖野さんは、ずっと知らない人ですよ?」
「もう、知り合いだろう?」
「知らない人です。私は聖野さんのことを知らないです」
私は聖野さんのことを知らない。
聖野さんがどんな仕事をしているのか。
聖野さんがどんな風に生きてきたのか。
聖野さんがどんな恋愛をしてきたのか。
「俺は知ってるよ。森野みかん」
「どうしてフルネームを知っているんですか?」
「学生証だよ」
「あっ、それなら私もフルネームを教えて下さいよ」
「質問は一日に一つなんだよ」
「そんなの私は決めていません。それに質問の答えは明日ですよ? それなら今日の質問はまだってことですよね?」
「俺が今、決めたんだよ。それに今日、質問をしたんだから今日の分だよ。」
「そんなの無効です」
「それなら俺の家に泊まる条件も無効だよな?」
「もう!」
聖野さんには勝てない。
悔しい。
何か勝てるものがあれば、、。
聖野さんの家に着いて驚いた。
だって普通だったから。
普通は言い過ぎだけど、お金持ちなら、もっと高層マンションに住むのかと思っていた。
一番上の階へ向かう。
エレベーターの扉が開くと別世界だった。
聖野さんの使用人が頭を下げてお出迎え。
「私はこんなお出迎えは無理です。私まで頭を下げたくなります」
「頭は下げなくていいから。それに、俺は慣れたから何とも思わないよ」
「もう、ここから離れましょう。どれが聖野さんの部屋ですか?」
最上階の部屋は三つある。
部屋番号は1、2、3、と書いてある。
「全部だよ」
「全部?」
「そうだよ。この最上階の全てが俺のものなんだよ」
「普通じゃなかった、、、」
「何?」
「なんでもないですよ。ところで私の部屋はどこですか?」
「今日は俺と一緒だよ」
ん?
今、何と言いました?
私は一応、女の子なんですが?
「一人にはしたくないんだよ」
聖野さんは私を心配している。
そして苦しそうな顔をしている。
どうしてそんなに苦しいの?
私があなたの傍にいれば苦しくないの?
「私は一人がいいです」
「そっか。みかんも女の子なんだよね」
「そうです。私は女の子なので、トイレやお風呂は一人がいいです。ついでにベッドも一人がいいです」
「えっ」
「だから、その他は、聖野さんと一緒にいてもいいですよ?」
「その、上から目線は何だよ?」
「だって、私を一人にしたくはないんですよね?」
「本当に俺も、みかんには敵わないよ」
「みかんは無敵です」
「森野みかんは無敵過ぎだよ」
聖野さんは、私のフルネームを言って笑う。
何故って?
だって、『もりのミカン』っていう名前の果物の蜜柑が存在するからよ。
時期になると、どのお店にも売ってある。
甘くてジューシーで小粒なミカンは、大人気なんだよ。
「甘くてジューシーなんですからね」
「そうだろうね。みかんは、いつも甘い香りがするからね」
聖野さんは私に鼻を近付けて匂う。
「変態!」
「はあ?」
「やっぱり嫌です。私の寝てる間に匂いを嗅いだりしませんよね?」
「俺はそんな趣味はないし、女に困ってはないよ」
「今、さらっと、自分がモテることを口にしましたよね?」
「うるさいんだよ。そんなに心配なら俺に手錠でもしろよ」
「手錠なんてあるんですか?」
「あるよ」
「何に使うんですか? 使い道なんてないですよね?」
私は疑いの目で聖野さんを見た。
「俺にはちゃんとした使い道があるんだよ」
「へぇ~」
「もういいよ。早く風呂に入って寝るぞ」
「は~い」
私は聖野さんの後ろをついていく。
聖野さんを、からかうのは楽しい。
お風呂に入って、髪の毛を乾かさないまま、聖野さんの元へ向かった。
聖野さんは私を見ると、仕方ないなと言い、ドライヤーを持ってきて、私の髪の毛に温風を当てる。
「風邪でもひかれたら困るんだから、ちゃんと乾かせよ」
「は~い」
「みかんの髪の毛は細くてサラサラなんだな」
「でも聖野さんもそうですよね?」
私は聖野さんの方を向いて言った。
聖野さんは、じっとしてと言って、私の頭を元の位置に戻す。
私はじっとして、ドライヤーが終わるのを待った。
ドライヤーの音がなくなり、聖野さんが私の髪の毛を指でとかす。
「みかんの髪の毛は本当に綺麗だよ。やっぱり甘い香りがするんだ」
聖野さんは、私の髪の毛を一束持ち、鼻を近付ける。
さっきとは違って変態なんて思わない。
それは聖野さんが、私の髪の毛一本一本を、大切に扱っているのが分かるから。
「みかん、お願いだからこれからは無茶はしないで」
「はい。ごめんなさい。でも、お姉さんが可哀想で。日に日に弱っていくのが分かって、何かお姉さんの為にできないかなって思ったんです」
「みかんの気持ちは分かるよ。でもストーカーは恋愛じゃないんだ。だから成仏はできない」
「はい」
「あのストーカーも最初は、恋愛だったのかもしれないけど、いつの間にか憎しみへと変わって、逆恨みになったのかもしれない。そうなれば俺は、何もできないんだ。あの時も、、、」
聖野さんはストーカーの恋愛成仏を、試みたことがあるの?
何もできないんだって言うのは、失敗したってことなの?
でも私も何もできないんだって思ったよ。
あのストーカーはどこか違うところを見ていた。
私じゃなくて、私を見ながら誰かを見ていた。
そんなストーカーに何を言っても響かないのは、分かった。
自分には何もできないもどかしさ、救えない人もいることを私は知った。
でも、私は救われたわ。
「私は聖野さんに救われました」
私は聖野さんの手をそっと両手で包み、聖野さんを見て言った。
「当たり前じゃん。みかんは俺が守るって言ったからね」
「えっ、いつですか?」
「パーティーに参加する前だよ」
「そうでしたね」
本当は覚えていた。
でも聖野さんを試したの。
覚えているのか。
聖野さんが覚えていたことに、私は嬉しくなって笑っちゃった。
聖野さんもニコニコと笑っていた。
幼い表情で。
私が寝ている間、聖野さんは手錠をかけた。
聖野さんの右手とソファの背もたれの棒の部分に手錠をつけた。
私は近くの大きなベッドで眠った。
夜中、目が覚めた。
聖野さんを見ると、眠っているようだ。
私は聖野さんに近付く。
聖野さんの顔を見ると、綺麗なベビーフェイスを触りたくなった。
頬くらいならいいよね?
私は優しく頬を触る。
やっぱり柔らかい。
綺麗な肌。
幼く見える顔。
私が聖野さんの頬に触れていると、聖野さんに手を掴まれた。
そして私達は見つめ合う。
「みかんが俺を食べるのか?」
「えっ、食べません!」
「俺はみかんを食べたいけどな?」
「ミカンの季節はまだですよ」
「そうだな」
聖野さんに、からかわれているのが分かったから、私は果物のミカンの話をした。
すると聖野さんはクスクスと笑って、早く寝ろよと言った。
私はベッドに戻り、また眠りについた。
◇
「みかん、お~い。みかん」
聖野さんの声で目が覚めた。
私はすぐに起き上がる。
「みかん、トイレ」
聖野さんはトイレを我慢していたようで、手錠を外すのを急がせる。
私は急いで手錠を外すと、聖野さんはトイレへ駆け込む。
「聖野さんの年齢は? いくつですか?」
聖野さんがトイレから帰ってくると、私は訊いた。
「俺はみかんの一つ年上だよ」
「私の一つ年上? 嘘です。もっと上ですよね?」
「俺は、頭が良いから大学は早めに卒業したけど、年齢はみかんの一つ年上だよ」
嘘よ。
だって、すごく大人に見えるわ。
経験も豊富で、何でも知っていて。
それなのに、私と年齢が一つしか変わらないの?
「俺、今から仕事だけど、みかんはどうする?」
「私は大学へ行きます」
「それなら俺の車を使えよ」
「私は、車の免許は持っていません」
「運転手つきだから大丈夫だよ」
「あっ、そうですよね?」
「みかんが、この家を出ていくまでは車で送迎するから、迎えの時間を運転手に伝えててくれよ」
「送迎ですか? そんな、大丈夫ですよ」
「これはこの家に住む条件だよ」
「はい。分かりました」
私は急いで大学へ行く準備をした。
私の荷物は聖野さんの部屋の、隣の部屋に全てあった。
それでもその部屋はまだ広い。
こんな部屋に聖野さんは、一人で住んでいるなんて、寂しいだろうなぁ。
部屋が見つかったら、たまには遊びに来てあげようかなぁ?
でも聖野さんは一人に慣れているかなぁ?
大学へ着くと、りんことお姉さんが私に近付いてきた。
「みかん、さっきの車は何? みかんがお嬢様みたいだったよ?」
「りんこ、それは後で説明するよ。お姉さんはもう知っていますか?」
「うん知っているわ。あのストーカーは捕まったんでしょう?」
りんこのお姉さんは、その話をする為に大学へ来たみたい。
「はい。警察から連絡はありましたか?」
「あったわ。あのストーカーは他の女性にもストーカーをしていたようで、一時は出てこないらしいわ」
「そうなんですね」
「みかんちゃん、ありがとう。これで決心ついたわ」
「決心ですか?」
「うん。結婚するわ。遠距離恋愛中の彼と」
「おめでとうございます」
「彼の所へ行くわ。だから、りんこをお願いね」
お姉さんは綺麗な笑顔で言った。
私は、はいと元気に返事をした。
お姉さんとりんこには、ストーカー事件の真実は教えなかった。
二人は知らない方がいいと思ったから。
「お礼って言えるか分からないんだけど、恋愛成仏を依頼したい人が私の会社にいるの。だからみかんちゃんの連絡先を教えてもいいかしら?」
「はい。いいですよ」
「分かったわ。彼に伝えておくわね」
彼?
男性?
今まで男性の依頼者はいなかったけど、大丈夫かなぁ?
男性はダメなんて聞いていないから大丈夫だよね?
だいたい、男性だって恋愛成仏させたいわよね?
男性、女性なんて関係ないわ。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
明日の6時頃に次のお話を投稿いたします。