レイナートからの贈り物?
「私はあなたの筆頭護衛騎士ですが、常に傍にいるわけではありません」
それを聞いてホッと胸をなで下ろしていたら、レイナートはムッとした表情を浮かべる。
彼ほどの迫力ある美貌の持ち主が傍にいて、心安まる人なんてこの世に存在しないだろう。
「どうやら、常に傍にいて、あなたの一挙手一投足を見張っていたほうがいいみたいですね」
「け、結構です! 枢機卿にも申しましたが、ミーナはこう見えて、武術に精通しておりますし、わたくしも護身術程度であれば使えます」
私の訴えには、ため息が返される。
一応、女性の聖騎士たちで構成された護衛部隊を作るという。
「それは、どうなのでしょうか? 国民たちが屍食鬼の被害で苦しんでいるのに、貴重な聖騎士様をわたくしに割くなんて……」
「仮にあなたに何かあったら、大聖教会と王家の関係はさらに悪化します。それに関して、責任は取れるのでしょうか?」
レイナートの追及に、返す言葉が見つからなかった。
「念のため、これを」
差し出されたのは、楕円形にカットされたルビーが填め込まれたコンパクトだった。
「こちらはなんですの?」
「魔道具です。助けを求めるように念じると、こちらに伝わる品です」
ルビーはツヤツヤと輝き、蓋の表面には銀の透し細工が施されている、とても美しいコンパクトだ。
レイナートはこれを肌身離さず身に着けておくように、と尊大な態度で言った。
「蓋が開かないので、コンパクトミラーとして使えるわけではありませんが――」
「え?」
彼が蓋が開かない、と口にした瞬間、すでに私はコンパクトを開いていた。
目の前に魔法陣が浮かび上がり、コンパクトの中から白い毛玉が飛び出してくる。
「きゃあ!」
『いったーい!!』
男性の甲高い声が聞こえてギョッとする。それ以上に、開いたコンパクトから白い毛玉――猫が飛び出してきて驚いてしまった。
『もう! 出すんだったら、優しく出してよね!?』
どこからどう見ても、毛足が長い猫である。大きさは家猫より一回り大きいくらいか。
ルビーみたいな赤い瞳が印象的だ。
声は男性だが、喋りは女性的である。この生き物はいったい……?
現実を受け止めきれず、レイナートを見る。
彼は私以上に驚いているように見えた。この猫については、知らなかったのだろう。
『あらあら、まあまあ、目を丸くしちゃって。アタシがそんなに珍しい?』
頷くと、白猫は自身について名乗った。
『アタシの名は〝スノー・ワイト〟、猫妖精よ』
妖精族――エルフやドワーフといった、さまざまな種族が存在する少数部族である。
基本的に人間嫌いで、めったに姿を現さないという話が記憶に残っていた。
『人間界は千年ぶりかしら。ふふ、相変わらず、空気が悪いわね』
レイナートが一歩前に踏みだし、猫妖精スノー・ワイトに問いかける。
「なぜ、姿を現したのですか?」
『あら、いい男ねえ』
「……」
相手が妖精だからか、レイナートの毒舌は鳴りを潜めている。
スノー・ワイトはうっとりとした表情で、彼を見つめていた。
『なぜ、姿を現したか、ですって? それは――秘密。ひとつ言えるのは、アタシはアタシを必要とする人間のもとに現れるってだけ』
こう見えて、強力な戦闘能力を秘めているのか。質問を投げかけたところ、ウンザリした表情で返される。
『アタシ、暴力を振るわれるのも、振るうのも、世界一嫌いなの。戦う術なんて、死んでも持ちたくないわ』
「ならば、あなたは何ができますの?」
『何ができるって、アタシ、可愛いでしょう? 癒やされるでしょう? それだけよ』
がっくりとうな垂れてしまった。
なんだかとてつもなく強力な味方を得たのかと思ったが、そうではなかったようだ。
『千年ぶりに現れてあげたんだから、可愛がりなさいよね!』
「……」
『返事は!?』
「はい」
スノー・ワイトはレイナートにも返事を求め、従順な「はい」をもらっていた。
『まあ、この娘に何かあったら、あなたに知らせてあげるから。安心なさい』
レイナートは深々と頭を下げ、部屋から去って行く。
扉が閉ざされ、足音が遠ざかっていくのを確認してからため息をついた。
『ふふ、素直じゃないわねえ』
レイナートは変わってしまったのだ。昔の、素直で優しかった彼はもういない。
スノー・ワイトは前足の爪でコンパクトをコツコツ叩きながら、驚くべき事実を話し始めた。
『このコンパクトは、あの子の実家、王家の傍系に伝わる秘宝なのよ』
「え!?」
なんでもスノー・ワイトは、王族の傍系を守護する妖精らしい。
長年、傍系の人々を見守っていたという。
これまでずっとレイナートの母親が持っていたようだが、他界したのをきっかけに、形見として持ち歩いていたようだ。
そんなコンパクトは、送り主と繋がっていたらしい。そのため、先ほどレイナートが言っていたように、助けを求めたら駆けつけることを可能とするという。
『コンパクトは当主から伴侶へ贈られる品なの』
通常は当主が妻となった女性を守るために、贈る品だったらしい。
レイナートは六年前にご両親を亡くした。そのため、傍系に伝わるコンパクトの慣習を知らないのかもしれない。
そういえば、レイナートが変わるきっかけは両親の死だった。
事故だと言っていたが、詳しい話は知らない。
人の死はいつまで経っても悲しいし、乗り越えられるものではない。
私もそうだった。
大切な人を亡くした人は皆、心の片隅に悲しみを抱えて生きているのだ。
それを顧みたら、このコンパクトは私が持つべき物ではないように思えてならない。
「これはわたくしが持っていてもいい品ではない、ということですのね」
『どうしてそう思うの?』
「だってわたくしは――」
レイナートにとって特別な存在ではないし、将来妻になるような関係でもない。
『あら、返品は不可なのよ』
「え!?」
『アタシたち、契約を交わしているから』
「け、契約ですって!?」
太ももの付け根を調べてみるといいと言われる。
ミーナがスノー・ワイトの目を隠している間に確認した。
太ももの付け根には、バルテン家の家紋であるアイリスの花が刻まれている。
これが契約印らしい。
『アタシたち、死ぬまで一緒なのよ』
どうしてこうなってしまったのか。頭を抱えてしまった。