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ああ言えばこう言う、ふたりの最悪な関係

 開口一番、レイナートは私ではなく別の女性の名を口にした。


「アデリッサ嬢はどこに?」


 なんだか無性に腹が立ち、「知りません」と刺々しく言葉を返してしまった。

 私のささやかな反抗になど気づくわけもなく、部屋つきの修道女にアデリッサの行方を聞いていた。

 そんなに気になるのならば、今すぐ捜しに行けばいいのにと思ってしまう。


「奉仕について、アデリッサ嬢から話は聞きましたか?」

「ええ、伺いました。ご親切にいろいろお教えいただきまして、途中で気分がすぐれなくなり、ここを去っていきました」

「そうだったのですね」

「わたくしは大丈夫ですので、お見舞いでも行かれたら?」


 ついつい、反抗的な態度に出てしまう。きっとレイナートは内心、可愛くないと思っているに違いない。

 彼を見送るつもりで立ち上がったら、手を差し伸べてくる。まるで私をエスコートするかのような、スマートな振る舞いであった。


「あなた、アデリッサ様のところに行くのではなくて?」

「なぜ?」

「なぜって、彼女と結婚なさるのでしょう?」


 そう言葉を返すと、レイナートは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くした。


「アデリッサ嬢がそう言ったのですか?」

「彼女からは婚約者候補としか耳にしておりませんが、あなたがアデリッサ様を気にかける様子から推測するに、たいそう仲がよろしいようだと思いましたので。結婚も秒読みに違いないと感じた次第です」


 自分でも信じられないくらい、低くて淡々とした声色だった。

 レイナートのほうを見ることなどできない。彼は言葉を返さず、深いため息をついていた。生意気な娘だ、とでも思っているのだろう。


「今は猊下より、王女殿下の面倒を見るように命じられておりますので」


 面倒! 今、面倒だと言った。つまり、私に関わる業務が手間がかかって煩わしいと思っているのだ。

 あなたの面倒になりたくない。なんて言いたいけれど、どこの部屋に行けばいいのかわからなかった。レイナートのお世話になるしかないのだろう。


 再び、下ろされていた手が差し出される。

 どうして急に、エスコートなんてしようと思ったのか。ここに来るまで、私の三歩以上先をすたこら歩いていたというのに。

 彼の行動が、欠片も理解できなかった。


「エスコートは結構ですわ。わたくしは今日から大聖教会で奉仕を行う身。王女だとは思っておりませんので」


 すると、レイナートの手は力なく下ろされた。

 私のきつい物言いに、傷ついているように思えてギョッとする。

 レイナートの顔を見上げたら、思いっきりこちらを睨んでいた。

 あれは傷ついている繊細な表情ではない。全力で怒っているとしか言いようがなかった。

 ホッとしたような、そうでもないような。

 まあ、いい。早く部屋へ案内してもらおう。


「レイナート、時間がもったいないので、行きましょう」

「ええ、本当に」


 レイナートは三歩以上先をサクサク歩き始める。どんどん距離が離れていくが、見失わない程度の速度でついていった。


 歩くこと十五分――やっとのことで目的地に辿り着いたようだ。

 扉の前で待機していたレイナートは、感情のない声で説明し始めた。


「ここは私の部屋です。そしてその隣が、王女殿下の拠点となる部屋となります」


 隣といっても少し離れている。扉一枚で隔たっているようには思えない。きっと真ん中に物置か何かあって、その向こう側に私の部屋があるのだろう。


 少し歩いた先にある、私の私室となる部屋を紹介してもらった。

 水晶のシャンデリアが輝き、毛足の長い豪奢な絨毯に、白を基調とした家具が並ぶ、すっきり洗練された空間である。

 隣は寝室で、服を収納する大型の整理箪笥チェストと天蓋付きの寝台が置かれていた。


 あら、素敵――という言葉は、すぐ傍でレイナートがこちらを睨んでいたので、口から出る寸前で呑み込んだ。

 そんな、親の敵を見るような視線を向けなくてもいいのに。

 どこからどこまで用意したものかはわからなかったが、ひとまず感謝の言葉を伝えておく。


「心地よい空間を整えていただき、感謝します」

「いえ。王宮にある王女殿下の部屋に比べたら、質素なものかと思いますが」


 そんなことはない。ここ数年、私も節制に努めようと、高価な家具や調度品は売りに出したのだ。何もない私の部屋に比べたら、ここのほうが贅沢に感じる。


「それはそうと、あちらの続き部屋になっているのは、物置でしょうか?」

「いいえ、浴室です」


 レイナートは扉を開き、浴室の内部を見せてくれた。脱衣所と洗面所、浴室が一緒になったもので、中心に猫脚の浴槽がどん! と置かれていた。

 物置かと思っていたが、個人用の浴室だったようだ。

 お風呂は他の修道女たちと共用で入るものだと覚悟していたのだが、その心配はしなくていいらしい。

 ホッと胸をなで下ろした瞬間、もう片側にも扉があることに気づいた。

 部屋の構造から推測するに、あの扉はレイナートの部屋と繋がっているものだろう。

 いいや、まだわからない。念のため、質問を投げかけてみる。


「あの、あちらの扉は、あなたの部屋に繋がっているのでしょうか?」

「ええ、そうですが」

「も、もしかして、お風呂はレイナート、あなたと共有しなければならないの?」


 レイナートはサッと顔を逸らす。これは肯定したいけれど、したら非難を浴びるとわかっているときに見せる反応だ。

 こういうところは、昔から変わっていないようだ。


「……わかりました。まあ、時間を決めていたら、うっかりここで出会うこともないでしょう」


 咄嗟に出たその言葉は、レイナートに言っていたというよりも、自分を安心させるために口にしたものだったように思えた。

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