枢機卿の孫娘に敵対しされる
大聖教会に所属する聖騎士は、二十歳を超えたら結婚が許される。
レイナートは二十三歳になっているはずなので、そういった話が浮上するのはなんらおかしくはない。
どうしてか胸が痛い。幼い頃の彼への想いが、悲鳴でも上げているのだろうか。
よくわからなかった。
しかしながら、初対面でなぜ、このような宣言をしてきたのか。
我が国に、自己紹介時に婚約者の名を教えるという決まりなんてないのに。
それに、レイナートとアデリッサの婚約は正式なものでなく、候補だという。私に言う必要なんてないのに。
「これから、大聖教会での奉仕活動についてお教えするわ。本当は枢機卿の孫娘たる私がすることではないのだけれど、レイナート様の頼みだから特別よ」
「は、はあ」
ここでピンときてしまった。
おそらく私がレイナートを追いかけて、大聖教会にやってきたとでも思っているのだろう。
「ところで、ヴィヴィア王女殿下はなぜ、大聖教会にいらっしゃったの?」
ギンと強い瞳で睨みつけながら、アデリッサは問いかけてくる。
やはり、レイナートと私の関係を疑っているのだろう。
彼女を安心させるために、目的について打ち明けた。
「大聖教会と王家の関係がピリついていたものですから、双方の関係をよい方向に導くために、ここへ奉仕にやってまいりました」
「王女殿下が直々に?」
「ええ。王位継承権は返上しましたから、敬称は不要です」
「そう、わかったわ」
ヒリつくような視線に晒されていたものの、大聖教会にやってきた理由を述べると一気に和らいでいく。
「アデリッサ様とお呼びしても?」
「よろしくってよ。あなたは、ヴィヴィアと呼ぶわね」
「ええ、ご自由に」
先ほどまで王女殿下と呼んでいたのに、いきなり呼び捨てである。
まあいい。ここに長居するつもりは毛頭ないので、さっさと情報だけいただく。
「大聖教会での、身分がある女性ができる奉仕活動は限られているの」
まずは親を失った子どもたちが暮らす、養育院の訪問。そこで炊き出しをしたり、子どもたちに絵本を読み聞かせたり、お菓子を配ったりするらしい。
「次に、礼拝堂で毎日行われている、屍食鬼の撲滅を願う祭儀への参加」
最後に、屍食鬼が多く出没する戦地の聖騎士への慰問。ただこれに関しては、ある条件があるらしい。
「あなた、回復魔法は使えて?」
「ええ、嗜む程度ですけれど」
兄の病状が少しでも楽になればいいと思い、頑張って習得したのだ。
回復魔法によって病状がよくなるわけではないが、痛みなどが軽減され、気持ちも楽になるという。
「慰問は回復魔法の遣い手しか行けないの。あなたは資格があるようね」
「そうみたいですわね」
屍食鬼が多く出没するのは、北の渓谷〝フランツ・デール〟。
そこは古くから多くの旅人が滑落死するので、死体が積み上がった呪われた土地と呼ばれていた。
屍食鬼はフランツ・デールで死した旅人たちの呪いから生まれたのでは、と囁かれるくらいであった。
フランツ・デールには多くの聖騎士が派遣され、日夜屍食鬼と戦っている。
そんな土地に行こうと志願する貴族女性は極めて少ないだろう。
怪我人も多く抱えているという。
屍食鬼と戦って負った傷は、どうしてか回復魔法では治せない。聖水をかけて消毒し、自分の力で治すしかないのだ。
「これから何をなさるの?」
「わたくしは――ひとまず養育院への訪問をいたします」
先月、子どもたちに「またね」と言って別れてきたのだ。
交わした約束を守りたい。
「あらあら、フランツ・デールでは多くの聖騎士たちが命をかけて戦っているというのに。元王女殿下は、のうのうと養育院の訪問をなさるなんて」
嫌味のつもりか。しかしながら、まったくダメージは受けていなかった。
にっこり微笑みを浮かべ、言葉を返す。
「ええ。わたくしは、いくじなしですの。申し訳ありません」
素直に謝ってくると想定していなかったのか、アデリッサの顔が引きつった。
私は日々、狡猾な枢密院の老臣を相手にしてきたのだ。
アデリッサの嫌味なんて、小鳥のさえずりのようにしか聞こえない。
「いつか勇気が出たら、フランツ・デールへ慰問するつもりですわ。そのときは、アデリッサ様も一緒に行きましょうね?」
アデリッサはどういう反応をしていいのかわからなかったのか、立ち上がって部屋から去っていく。
私はひとり、残されてしまった。
バタン! と扉が大げさに閉ざされる。
「あらら……。ミーナ、わたくし、アデリッサ様に嫌われてしまいました」
「仕方がないですよ。最初から、友好的な態度ではありませんでしたし」
置き去りにされた部屋で待つこと三時間ほど――レイナートが迎えにやってきた。