番外編 レイナートとヴィヴィアの思い出
レイナートと結婚するため、王城に置いている荷物の整理にやってきた。
ミーナの手を借りようと思っていたのに、なぜかレイナートが手伝うと名乗りを上げた。
「わたくしはきちんと、必要な品と不必要な品の見分けが付きますのに!」
「ヴィヴィアは必要な品まで処分しそうで、心配だったんです」
「まあ、信用のないこと!」
と、彼とお喋りしている場合ではない。中身を確認しなければならない木箱は、百個近くあるのだ。
レイナートと共に木箱の前にしゃがみ込み、蓋を開く。
そこに入っていたのは、幼少期に大切にしていたお人形だった。
「ああ、懐かしい。ヴィヴィアはこの人形で毎日遊んでいましたね」
「そうでしたか? わたくしはまったく覚えていないのですが」
人形の他にぬいぐるみや木彫りの動物なども出てきた。
信じられないことに、レイナートはひとつひとつ記憶していて、ああだこうだ、と当時の思い出を語ってくれるのだ。
「こちらは――すべて処分でかまいませんね」
「いいえ、それはなりません!!」
レイナートは目をクワッと開いて、木箱を守るように手を広げた。
「将来、人形やぬいぐるみで遊ぶ子がいるかもしれません」
「え、ですが、そんな古くさい物よりも、新しく買ったほうがよろしいのでは?」
「でしたら、私が引き取ります」
「それもちょっと……」
なんとかレイナートを説得し、人形の類いはすべて養育院に寄付することにした。
他にも、ドレスや靴、帽子に絵本などなど、出てくる品の処分を渋る。
「ヴィヴィアの私物は、すべてこの国の宝物なんです!」
「大げさですわ」
捨てようとしても阻んでくるので、ならばすべてレイナートが引き取ってくれ、と半ばやけになって言ってしまう。
「ヴィヴィア、いいのですか?」
「ええ、ええ、すべて持って帰ってくださいませ」
要は王城の保管庫が片付けばいいだけの話である。
処分先がレイナートの部屋でも、そう変わりはしないだろう。
「ヴィヴィア、ありがとうございます」
レイナートはこれまでにないくらいのキラキラした瞳で、私を見つつ喜んでいた。
ひとつ、未開封だった木箱があったので、蓋を開いてみた。
そこにはスケート用の一式が納められている。
「あら、懐かしい」
王城の庭に大きな湖があり、真冬になったらカチコチに凍るのだ。そこで毎年スケートをするのが、私はとても楽しみだった。
毎年足の寸法が変わっていたので、スケート靴は何足もある。
レイナートも懐かしかったようで、瞳を細めていた。
「おや、十三歳以降のスケート靴がないようですか?」
「レイナートがいなくなってから、滑ってなくて」
「他の貴族から誘われなかったのですか?」
「誘われました。ですが、お断りしておりましたの」
スケートをするのは決まってレイナートで、彼との〝約束〟を大切にしたかったから。
「十三歳の冬、レイナートは〝また次も、一緒にしましょうね〟と言ってくれたのを、わたくしはずっと覚えていました」
「ヴィヴィア――!」
レイナートは私を抱きしめ、耳元で謝罪する。
もう昔の話だ、と首を横に振った。
「今思えば、あなたはあの頃から、わたくし達のもとを離れようと考えていたのでしょうね」
「それは――」
だって、普通ならば「また来年」と言うだろうから。
「レイナート、わたくし、またあなたとスケートがしたいです」
「ええ、行きましょう」
ちょうど今のシーズンは、湖が完全に凍る。
商人を呼んでスケート靴を用意してもらい、六年ぶりにスケートをすることになった。
子どもの頃は滑ることができたものの、今はまったく自信がない。
先に氷上へ下り立ったレイナートは、スイスイ滑っている。
まるで湖水を泳ぐ白鳥のような美しさだ。
「ヴィヴィア、手を貸しましょうか?」
「ええ、お願い」
「今日は素直なんですね」
「久しぶりだから、怖くて」
レイナートは両手を差し出してくれる。その手を握り、氷上へ一歩足を踏み出した。
「きゃあ!」
さっそく、転びそうになってしまう。けれどもレイナートが体を支えてくれたので、事なきを得た。
「レイナート、わたくし、まったくダメですわ! 感覚を忘れています!」
「慣れたら思い出しますよ」
そんなこんなで練習すること一時間。レイナートに手を引かれた状態であるが、スイスイ滑れるようになった。
「レイナート、やっぱりスケートって楽しい!」
「ええ、そうですね」
レイナートはぴたりと止まり、私を見下ろす。
慈しむような表情を浮かべつつ、ぐっと接近して耳元で囁いた。
「ヴィヴィア、また来年も、スケートをしにきましょうね」
「!」
これまでできなかった約束を、今日、久しぶりに交わす。
私は「喜んで」と返したのだった。
 




