番外編 久しぶりの外出
今日、レイナートは休日となっていた。
それなのに、部屋を覗きに行ったら小難しい顔をして書類を覗き込んでいる。
「レイナート、休みの日に何をなさっていますの?」
「ああ、これは急ぎの仕事ではないのですが、なんだか気になってしまって」
その書類を取り上げ、引き出しにしまっておく。
「休日はしっかり休んでくださいませ。でないと、体がもちませんから」
「しっかり休む、ですか」
「ええ。疲れているようならば、眠れなくても横になるだけで調子がよくなるようですよ」
「別に疲れてはいないのですが」
連日忙しい日々を過ごしていたようだが、特に疲労感などはないようだ。
さすが元騎士と言うべきなのか。
「では、どこかにお出かけになったら?」
「何を目的に外へ行くのです?」
レイナートの問いかけに、目が点となる。
「何をって、遊びに行くのですよ」
「ああ、そうでしたね。もう何年も、娯楽目的に外出していなかったもので、わかりませんでした」
「ちなみに、最後に遊びに行ったのは?」
「ヴィヴィアが舞台を観に行きたいと誘ってくれた日でしょうか?」
「それは、わたくしが十歳のときの話ではありませんか!」
レイナートが挙げた外出は、遙か昔の記憶だった。
詳しく言えば、レイナートは私に無理矢理付き合わされただけである。彼自身の娯楽でも何でもない。
レイナートは若くして両親を亡くし、屍食鬼の秘密に勘づき、ひとり王宮を出た。
事件の真相を探るため、休まずに調査し続けていたのだろう。そのときの癖が、平和になった今でも抜けていないのだ。
どこに行けばいいのかわからないというレイナートの腕を引く。ポカンとした表情で私を見上げる彼を、幼少期ぶりに誘った。
「レイナート、わたくしと遊びにでかけましょう」
「遊びに、ですか?」
「ええ」
せっかく誘ったのに、レイナートは乗り気ではなかった。
「どうしてですの?」
「それは――私が元指名手配犯だからですよ」
元枢機卿が広めたレイナートの指名手配書は、今でも出回っている。回収しきれていないのだ。
新聞を定期的に読む者は、意外と少ない。そのため、いまだにレイナートが犯罪者だと思っている人たちもいるらしい。
「でしたら、変装してでかけましょう。わたくしも王女でないのに、王族だと敬意を払う者達がおりますので」
ここまで言っても乗り気ではなかったものの、強引に決行する。
「では、二時間半後に集合ということで」
「わかりました」
各々別れ、変装に勤しむ。
私はスノー・ワイトの助言を受けながら、ドレスやカツラを選んだ。
『あなたはね、どんな地味な服を着ても、品が隠せないのよ。だからね、わざと派手なドレスと髪色を選んで、悪目立ちしちゃいなさいな』
「それって大丈夫ですの?」
『もちろんよ。強烈な恰好をしていたら、人は逆に目を逸らすから』
「そういうものですのね」
スノー・ワイトの助言を受け、ドレスは真っ赤なドレスを選ぶ。カツラは黒い髪に赤いメッシュが入ったものを選んだ。つばの広い帽子を被ったら、いつもとまったく違った雰囲気になった。
『あら、いいじゃない。成金貴族の愛人って感じで』
「褒め言葉として受け取っておきます」
レイナートはいったいどんな恰好でやってくるのか。だんだん楽しみになってきた。
集合時間となり、レイナートが私のもとへやってきた。
黒髪のカツラにサングラス、黒いフロックコート、それに金のチェーンネックレスを合わせた、成金貴族風の恰好をしていたのだ。
『やだ、あなたたち、最高にお似合いじゃない』
レイナートは私の恰好を見て険しい表情を浮かべていた。私は案外似合っていたので、笑ってしまう。
「レイナート、お似合いですって」
「この恰好で言われても、嬉しくないですね」
「わたくしはとても嬉しいです」
レイナートは盛大なため息をついたあと、表情をキリリと引き締める。
「では、行きましょうか。こういう機会はめったにないので、思いっきり豪遊しましょう」
「さすが、成金貴族!」
手を繋ぎ、修道女や修道士に見つからないようにして街に繰り出す。
幼少期に警備面の問題から食べられなかった、劇場前で販売されているアイスクリームを食べたり、宝飾店を冷やかしたり、露店で怪しいアクセサリーを購入したり。
これでもかと楽しんだ。
スノー・ワイトが言っていたとおり、派手な格好をしていると、逆に注目を集めない。皆、見て見ぬふりをしてくれるのだ。
思っていた以上に、楽しめた。
最後に、高台公園にある夜景を見にいった。夜間は立ち入りが禁止されているようだが、レイナートの知り合いが警備していたので、特別に中に入れてもらった。
街は魔石灯の灯りで、美しく輝いている。うっとり見とれてしまった。
ここでハッとなる。レイナートは夜景を見ずに、私のほうを見つめていたのだ。
「レイナート、ごめんなさい。今日は、わたくしばかり楽しんでしまいました」
「いえ、私も楽しかったです。ヴィヴィア、今日は連れ出してくれて、ありがとうございました」
レイナートは優しく微笑みかけ、私の腰を引き寄せる。
耳元でそっと囁いた。
「今度は、私がヴィヴィアを誘いますね」
「はい」
きれいな夜景を眺めながら、私はレイナートとキスをする。
幸せな気持ちが心の中で輝いたのだった。




