最終話
「レイナート、もしかして、お兄さまに頼まれましたの?」
「いいえ、違います。自分で望んだことです」
レイナートは元枢機卿から仕事を押しつけられていたので、枢機卿が何をすべきか把握しているらしい。
司祭や司教ですら大聖教会から逃げ出しているような状況で、自分以上に相応しい人間はいないと兄に訴えたようだ。
「まあ、そんなわけですので、ヴィヴィアとはここでお別れですね」
「それはどうして?」
「どうしてって、あなたは王女に戻るのでしょう?」
そうなのだ。兄は私が王女の立場を返上するという書類を処理せず、そのまま手元に置いていたらしい。
私が望んだら、いつでも王女の立場に戻れるようにしていたのだ。
しかしながら、私はそれを断った。
「わたくしは聖女として、ここに残るつもりでした」
「なぜ、ですか?」
「屍食鬼の被害で困っている人たちは、まだ各地におりますので。王女ではなく、聖女としているほうが、支援がしやすいと判断いたしました」
レイナートは目を見開き、信じがたいという視線をこれでもかと向けていた。
「というのは理由のひとつで、ここに残ったら、レイナート、あなたと一緒にいられるのではないか、と考えて――きゃ!」
急にレイナートが私を抱きしめる。優しく、慈しむような抱擁だった。
「ヴィヴィア、これから先も、あなたは私の傍にいてくれるのですか?」
「レイナートさえよければ、ですけれど」
回した腕に、少しだけ力が込められる。レイナートの喜びを、この身で感じてしまった。
「私はあなたに嫌われる覚悟で、王宮を去りました。それなのに、ヴィヴィアが大聖教会にやってくるなんて、夢にも思っていませんでした」
最初はレイナートを信じられなかったし、私のほうが嫌われていると思い込んでいた。
けれども彼は少しずつ、昔のレイナートに戻っていった。
幼少期のように信じてもいいんだと気づいたときには、とても嬉しかった。
一緒に過ごすうちに、傍にいるだけではなく、彼を助けたいと思うようになっていったのだ。
「子どものときは、レイナートと結婚すると信じて疑わなかったものですから」
「私は絶対にあなたと結ばれる未来なんてないから、と諦めていましたが」
巡り巡って、私とレイナートは出会い、今、こうして昔のように共に在る。それがどれだけ喜ばしいことなのか、もう、言葉にできない。
「大聖教会にやってきて、わたくしはいろいろ変わったように思えます」
「紅茶も自分で淹れられるようになりましたしね」
「そう! わたくし、ひとりでなんでもできますの」
服を着るのも、お風呂に入るのも、誰かの手を借りていた。そんな私が、何もかもひとりでできるようになったのだ。
現在、ミーナとは主人と侍女ではなく、友人関係にある。
休日にお茶を飲みながらお喋りするのが、楽しみであった。
「王女のままだったら、枢機卿になるというあなたのもとに飛び込んでいけなかったでしょうね」
レイナートは私を離し、じっと見つめてくる。
ここまで熱烈な視線を浴びた覚えがないので、盛大に照れてしまった。
何か大切なことを言おうとしているのだろう。私はレイナートを見上げる。
「ヴィヴィア、私はあなたを、心から愛しています」
「――っ!」
その言葉は、夢にまでみたとっておきのものだった。
言葉を返そうとしたのに、涙が溢れてくる。そんな私を、レイナートは優しく抱きしめてくれた。
落ち着きを取り戻したあと、やっとのことで気持ちを口にできた。
「わたくしも、レイナートを愛しております」
想いがひとつになった瞬間、笑顔が零れた。
私は泣きながら笑っていたように思える。
何年もすれ違った私たちが、ようやくつかみ取った愛だろう。
幸せを分かち合うようなキスをする。
一瞬にして、心が満たされた。
しばし見つめ合っていたら、背後から抗議の声があがった。
『ちょっとあなたたち、永遠にいちゃいちゃするつもりなの!? あたしの姿が見えていなかったのかしら?』
「スノー・ワイト、いつからそこにいらしたの?」
『その子が枢機卿になると言った辺りからよ!』
「最初からではありませんか!」
私たちの恋を見守ってくれたスノー・ワイトは、今日も元気いっぱいである。
こんな毎日が続きますように、と祈るばかりだ。
私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで――終




