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枢機卿の結婚願望

「結婚話も、ヴィヴィア王女だけは賛成だったようで、いやはや、光栄の至り――」


 なんだか私が枢機卿との結婚を強く望んでいたように思えるから不思議だ。

 たしかに、謀反を起こさないように、私は枢機卿との結婚を覚悟した。

 けれどもそれは、大聖教会側から打診があったからだ。

 枢機卿の物言いを聞いていると、私が彼に好意を抱いているかのように感じてしまう。


「国王と枢密院の者達の反対で結婚は叶わなかったが、心配なさるな。この儂が、いつか叶えてみせよう」


 そう言って、枢機卿は私に手を伸ばしてくる。

 まさか、私との結婚を諦めていなかったなんて。

 一度避けたのだが、「恥ずかしがるな」と言われてしまった。さらに、枢機卿は手を伸ばしてくる。

 悪寒による全身の震えに襲われた。きっと、鳥肌も立っているだろう。

 けれどもここで私が拒絶したら、大聖教会と国側の亀裂が大きくなってしまう。

 奥歯を噛みしめ、覚悟を決めていたのだが――枢機卿の指先は私に届かなかった。

 枢機卿と私の間に、お盆が差し込まれている。これは、先ほど修道士がお茶を運んできたさいに、持ち込まれたものだろう。

 視線を上に向けると、お盆を持つレイナートの姿があった。


「おい、お前、邪魔するな!」

「猊下は現在喪中にございます。女人に触れると、死した魂に憑かれてしまいますよ」

「そ、それは――!」


 そうだ、と思い出す。枢機卿の奥方は半年前に病気で亡くなった。

 喪中は一年半なので、まだ一年間は誰とも結婚どころか婚約すらできない。

 レイナートに感謝しようと視線だけ向けたら、彼は軽蔑しきった目で私を見下ろしていた。

 その一瞬で、サーーッと気持ちが冷めていく。

 レイナートは別に、私を助けたわけではなかったのだろう。枢機卿の規律違反を指摘しただけだったのだ。

 むしろ私が枢機卿を誘惑したのではないか、などと思っていそうだ。


「まあ、ひとまず一年は、ヴィヴィア王女に大聖教会で奉仕活動をしてもらおうではないか。それ以降は――」


 にんまりとニヤついた表情で私を見つめてくる。ため息を呑み込み、「国民のため、奉仕に勤しみます」という言葉を返した。


「護衛は、そうだな」


 枢機卿は壁際に配置されていた聖騎士を一通り眺め、顎に手を添えて考える仕草を取る。

 視線をこちらに戻し、レイナートを見たところでピタリと止まった。


「レイナート。そなたにしようか」


 なぜ、どうして、よりによってレイナートを指名するのか。

 内心、頭を抱え込んでしまう。


 指名されたレイナートは無表情のまま、感情は欠片も読めない。


「あ、あの、猊下。わたくし、護衛は不要です。侍女のミーナが、武術をたしなんでおりますので、彼女ひとりでも」

「いいや、王女を預かっておきながら、誰も付けないわけにはいかない。安心しなされ。こやつは命令に忠実で、感情を持たない氷のような男とも呼ばれておる。存在感もなく、そこにいるかどうかもわからないから、迷惑にはなりますまい」


 本当に、本当に大丈夫なんです……と消え入りそうな声で訴えても、枢機卿は「遠慮なさるな!」と笑顔で返す。

 本気でレイナートを私の護衛に付けるつもりなのだろう。


 最後の手段だとばかりに、レイナートに声をかける。


「聖騎士様だって、わたくしの護衛をするなんて、不服ですわよね?」


 無視されるかもと思ったが、レイナートはこちらを向いて言葉を返す。


「私は、猊下の命令に従います」

「そ、そんな!」


 枢機卿は「ならば、決まりだな」と言って手を打つ。


「レイナート、最近、そなたの私室の隣に部屋を借りていた従騎士が、見事独り立ちしたと申していたな。その者が使っていた部屋を、ヴィヴィア王女に使ってもらうようにすればよい」

「しばし、準備にお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「構わん」

「では、夕方に王女殿下をお迎えにあがります」

「わかった。その間は、儂と楽しい時間を――」


 再度、枢機卿が私のほうへ手を伸ばしたが、今度は分厚い手帳が差し込まれる。


「猊下、スケジュールは朝から晩まで埋まっております」

「あ、そうであったか」

「王女殿下につきましては、シスター・アデリッサに預けましょう」

「あ、ああ、アデリッサか。それがいい」


 シスター・アデリッサとはいったい誰なのか。

 枢機卿がすぐに了承したので、きっと近しい人間なのだろうが。

 修道女がやってきて、少し離れた部屋に案内された。

 扉の向こうにいたのは、純白のドレスに身を包む美しい女性。

 年頃は同じくらいだろうか。長いスミレ色の髪は美しく巻かれていて、切れ長の目はキリリとしている。

 しばし見とれていたが、ハッと我に返る。

 身分が上の私のほうから声をかけないといけないのだ。


「初めまして、わたくしは、ヴィヴィア・マリー・アイブリンガー・フォン・バルテンと申します」

「存じていてよ、ヴィヴィア王女殿下」


 なんとも尊大で、堂々としながら言葉を返してくれた。


「私はアデリッサ・フォン・ノイラート」


 ノイラートということは、枢機卿の孫娘か。シスターと呼ばれていたので、社交界デビューはしていないのだろう。 


「レイナート様の婚約者候補でもあるの。どうぞ、お見知りおきを」


 まさかの宣言に、言葉を失ってしまった。

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