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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第三章 王女は最終決戦に挑む

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大聖教会へ

 探るような視線に、ドキンと胸が大きく鼓動した。

 おそらく、私が執筆したというのがバレたわけではないのだろう。ただ純粋に、こういう記事が出回ることについて、どう思っているのか知りたいだけだと思われる。

 どう答えたらいいのか。彼は枢機卿側の人間で情報は筒抜けだろう。

 正直、腹芸は得意ではない。無難な返しをするしかなかった。


「わたくしは――屍食鬼と戦う聖騎士たちの活躍が報じられるのは、よいと感じました。大聖教会はこれまで、聖水のすばらしさばかり主張しておりましたから」

「それはそうだね」


 もちろん、屍食鬼を倒すのは聖騎士であると皆わかっている。屍食鬼を恐れる人々は、聖騎士たちを英雄として崇め、尊敬の念を抱いていた。

 しかしながら大聖教会といえば、聖水のイメージが強い。さらに、聖騎士たちが具体的にどういった活躍をし、怪我を負いながらも戦っているのか、というのは伏せられていた。

 しかしながら、今回の記事を受け、きっと何かしら大聖教会側にも利益はあったはずだ。

 なんて、本心を交えつつの意見を伝えた。


「うん、たしかに君の言うとおりだ」


 聖騎士の奮闘について掲載された雑誌は、貴族のサロンで配られた。その結果、大聖教会に寄付が集まっているのだという。


「ここ最近、屍食鬼が減少していて、聖水を求める人たちも減っていてね。そんな中で、貴族たちがこぞって味方になってくれるのは、大聖教会側にとってありがたいことなんだよ」


 枢機卿は手放しに喜んでいたようだが、アスマン院長はこのようにうまい話があるわけがない。警戒しておいたほうがいいと思っていたらしい。


「でも、君の意見を聞いていたら、大丈夫なんだって安心できたよ」


 彼の勘は正しい。

 今は聖騎士たちの英雄譚を書いて、人々の興味を引きつけている。

 けれどもそれは、今後報道するであろう、聖水や屍食鬼の正体について言及した記事に注目を集めるためである。


 これから真実を暴くためには、アスマン院長のような人の意識を逸らす必要があった。私が家族のもとを離れ、大聖教会にやってきた意味はあったのだ。


「それでね、これを書いた記者を探そうと思っているんだ」


 飲んでいた紅茶が気管に引っかかりそうになる。あやうく、紅茶を勢いよく噴き出すところだった。


「記事を書いたのは、フランツ・デールにいた元修道士だって噂なんだけれど」

「そうですのね」


 誰が記事を書いているか、というのもあらかじめ決めていた。さらに、雑誌は少数精鋭で作られていて、拠点となる場所は一週間に一度変えている。

 けれどもアスマン院長は賢い。私に辿り着きませんように、と祈るばかりである。


「そんなわけだから、君も何か情報を得たら教えてほしい」

「ええ、わかりました」


 やっとのことで、お茶会から解放される。

 アスマン院長はそのまま調査にでかけるというので、馬車は私たちだけが乗り込んだ。

 私の斜め前に腰かけたレイナートは終始無言であった。どこで盗聴されているかもわからないので、私やスノー・ワイトも喋らずにいた。


 三ヶ月ぶりに、大聖教会の私室に戻る。

 部屋の周辺にはスノー・ワイトの結界が張られているので、部外者は立ち入られないようになっていた。

 スノー・ワイトが使役している低位妖精が掃除などもしていたようで、中は埃ひとつ落ちていない。

 長椅子に腰かけると、ため息が零れてきた。


「レイナートもお座りになって。疲れたでしょう?」

「ええ、まあ、そうですね」


 レイナートは兜を脱ぐ。長い金の髪が、さらりと鎧に流れていった。

 兜の中は蒸れて暑い、なんて話を聞いたことがあった。けれどもレイナートは実に涼しい表情でいる。


 見た目から疲労した様子は感じないものの、疲れているだろう。そんなレイナートのために、紅茶を淹れる。

 魔石ポットに水を注ぐと、一瞬でお湯が沸いた。ミーナがしていたように茶葉を入れ、湯を注いでいく。しばし茶葉を蒸らしたあと、紅茶をカップに注いだ。


「どうぞ、レイナート。召し上がれ」

「ええ、いただきます」


 紅茶を飲んだレイナートは、驚いた表情を浮かべる。


「お口に合いませんでしたか?」

「いえ、おいしかったので」

「まずいかと思っていましたの?」

「それは――幼少期に、泥のような色合いの紅茶を飲まされたことがありましたので」

「ありましたわね、そんなことが」


 幼い私はメイドごっこと称し、レイナートに通常の三倍ほどの茶葉が入った紅茶をふるまったのだ。


「その当時のレイナートは、文句を言わずに飲んでくださいましたね」

「正直な感想を伝えたら、あなたが傷つくと思っていたからです」

「幼いわたくしの自尊心をも守ってくれたレイナートには、感謝しないといけないですね。ありがとうございました」


 泥のような紅茶を作っていたのは幼少期の話で、今は自分で淹れられる。

 ミーナがいなくなってからというもの、ひとりでいろいろできるようになったのだ。


 レイナートは少しだけ元気がなかった。どうかしたのかと聞いてみると、思いがけない不安を口にした。


「ヴィヴィア、あなたは随分と、アスマン院長と仲がよろしいようですね。私よりも打ち解けているように思えて、胸が苦しかったんです」

「レイナート、それは誤解です。アスマン院長とは仲良くありませんし、打ち解けてもいませんから」

「しかし――」

「わたくしが心を許しているのは、レイナートだけです」


 はっきり宣言すると、レイナートの眉間の皺が解れていく。


「彼は気の毒なお方ですが、その、今後も親しい振りをして、情報を与えたり、引き出したりするかもしれません。ですので、どうか見守っていただけたら嬉しく思います」

「わかりました。ヴィヴィアを信じます」


 レイナートを安心させたところで、テーブルに魔法陣が浮かび上がる。そこから声が聞こえた。


『レイナート、ヴィヴィア、そこにいるかい?』


 それは魔女の声であった。レイナートが応じると、魔女の半透明の姿が魔法陣に映った。


「魔女さま、どうかなさいましたの?」

『とんでもない事件が起こった』


 魔女とともに映し出されたのは、使い魔が取り憑いた替え玉レイナートの姿である。

 その胸には、短剣が刺されていた。


『この通り、レイナート、あんたは暗殺されかけたんだ!』

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