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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第三章 王女は最終決戦に挑む

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アスマン院長の誘い

「そうだ。どこかでお茶でもしないかい?」


 アスマン院長の誘いに、内心たじろぐ。

 正直、このまま大聖教会に向かいたかった。枢機卿と繋がりが強いアスマン院長との行動を、レイナートはよく思わないだろうし。

 けれどもたった今、結婚式への同行を断ったばかりであった。誘いを無下にできない状況なのである。


「あの、大聖教会から迎えがきたのは、枢機卿がわたくしに何か用があるからではなかったのですか?」

「いや、違うよ。猊下はそろそろ家族との会話も尽きるような時間だから、迎えに行ったほうがいいって言っていたんだよ」


 まったくもって、余計なお世話である。三ヶ月ぶりの再会で、たった一時間ちょっとでは会話なんて尽きるわけがない。

 

「久しぶりなんだから、一晩くらいそっとしておいたほうがいいんじゃないかって言ったんだけれど、猊下は聞く耳を持っていなくて」

「そういうわけでしたの」


 この辺のやりとりから、アスマン院長が枢機卿の言いなりだということがわかる。おそらく、これまでも都合がいいように使われていたのだろう。

 せっかくの機会だ。アスマン院長とお茶をして、情報収集でもしよう。

 きっとこのまま帰っても、枢機卿の出迎えを受けるだけだろうし。


「でしたら、喜んで」


 そう言葉を返すと、アスマン院長はホッとするような表情を見せる。

 

「よかった。では、この辺りで流行っているお店に行こうか」

「ええ」


 そこはガラス張りのサンルームが自慢の喫茶店で、屋根は蔓植物が覆い、暖かな陽の光が差し込む。

 円卓をアスマン院長と囲み、彼の背後には修道士と修道女。私の背後には、板金鎧姿のレイナートがいる。


「そういえば、その騎士、初めて見るんだけれど」

「彼はもともと、陛下の騎士ですわ。わたくしが屍食鬼に襲われたという話を聞いて、陛下はいてもたってもいられなかったようで。わたくしのために、自らの側近を大聖教会所属の聖騎士にしてくださったのです」

「そうだったんだ」


 レイナートについては、事前に設定を考えていたのだ。それが初めて役にたったというわけである。


 互いの近況を語っているうちに、お茶とお菓子が運ばれてきた。

 香り高い紅茶に、冬いちごのタルトが目の前に置かれる。

 いちごとクリームの甘い匂いが漂ってきた。これまで茹でたジャガイモばかり食べていた私には、刺激が強い。

 ミーナがフランツ・デールに日持ちする焼き菓子を送ってくれていたものの、自分で食べずに修道女や修道士、聖騎士たちに差し入れしていたのだ。

 そんなわけで、約三ヶ月ぶりの甘い物というわけである。


「まあ、とってもおいしそう!」

「嬉しそうだね」


 アスマン院長の言葉に、ハッと我に返る。タルトを前にはしゃぐなんて、元王族とは思えない行動だろう。心の中で反省する。


 アスマン院長がどうぞ、召し上がれと手で示してくれたので、ありがたくいただいた。

 温室で育てられたいちごは、驚くほど甘い。そんないちごに、ふわふわに泡立てられたクリームがよく合う。

 とてもおいしいタルトだった。


「夢みたいだな。君みたいな女性と、一緒にお茶できるなんて」

「まあ、これまではフランツ・デールでの、節制した暮らしでしたし。そう思ってしまわれるのも、無理はないのかもしれませんね」

「いや、そうじゃない。王都に戻ってきてからも、君ほど高貴で品があり、慎ましい女性はいなかったんだよ」


 なんでもアスマン院長は枢機卿から結婚するようにと命令されたらしい。枢機卿が勧める女性と何人も会ったが、ピンとくる女性はいなかったという。


「君さえよければ、これから先も、こうしてお茶する時間を作れないだろうか?」

「それは――」


 答えようとした瞬間、背後からとてつもない圧力のようなものを感じた。

 もしかしたらレイナートが、私を睨んでいるのかもしれない。浮気者、とでも思っているのだろうか。


 アスマン院長も、その圧に気づいたようだ。


「さすが、陛下の手足となる騎士だ。悪い虫がつくのをよく思っていないのだろうね」

「いえ、そんなはずはないと思うのですが」


 背後を振り返り、個人的な感情は抑えるようにと、そっと腕に触れつつ視線を送る。

 気づいたのかわからないが、居心地が悪くなるほどの圧は感じなくなった。


 話が大幅に逸れてしまった。このまま先ほどの誘いはなかったものにできるだろうが、また後日同じように声をかけられる可能性がある。

 今ここで、しっかり断っていたほうがいいだろう。


「あの、先ほどの話ですが、三ヶ月間フランツ・デールにいた身からしたら、このようにお茶と茶菓子を囲む時間というのはとても贅沢なことで、まだ残って活動している聖騎士たちや修道女、修道士について考えたら、とても通えるものではないと思ってしまいました。ですから、その、ごめんなさい」

「いや、本当に、そのとおりだ。王都という恵まれた環境にいると、フランツ・デールで過ごしてきた日々は霞んでしまうようだね。反省しなければならない」


 どうやらアスマン院長を傷つけずに断れたようだ。内心、ホッと胸をなで下ろす。

 

「ああ、そう。今日はこれを君に見せようと思ってね」


 修道士に預けていたものを、アスマン院長は円卓に広げる。それは、小さな出版社が発行している雑誌である。十頁にも満たない、薄い本であったが見覚えがあった。

 それは、フランツ・デールでの聖騎士の活動を記録したものだ。執筆したのは、この私である。義姉が貴族のサロンでこっそり配布していたもののようだが、巡り巡ってアスマン院長の手に渡ったようだ。


「一度読んでみるといい」

「え、ええ」


 初めて見た、という空気を出しつつ、雑誌を手に取る。

 中には私がフランツ・デールで一生懸命書いた聖騎士の奮闘が書かれている。

 もちろん、場所や聖騎士個人の情報は極限までぼかしてあった。

 伝えたいのは、屍食鬼の恐ろしさと、果敢に戦う聖騎士の姿だけである。

 途中、誤字を発見して内心悲鳴をあげた。次に刷る分から、修正しなければならない。

 大聖教会が隠そうとしている部分には触れていない。出回っても、潰されることはないだろう。

 ただ、アスマン院長が目の前にいるというのもあって、額には冷や汗が浮かんでいた。


 読み終わったので、静かに閉じる。すると、アスマン院長からすかさず質問が飛んできた。


「それについて、どう思う?」 

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