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変わってしまった初恋の男

 虫扱いされたことなど、生まれて初めてである。

 世間知らずのお姫様が、ただ目先の問題を解決するために大聖教会に行くとでも思っているのだろうか?

 私自身の王位継承権は返上したし、もしも子どもが生まれた場合、親権は国王及び王妃のものとなるという決まりも作った。

 別に、何の考えもなく大聖教会へ行くわけではないのに……。


「わたくしは――」 

「早く行きましょう。ここで話すのは時間の無駄です」


 レイナートは冷たく言い放ち、私の返事を聞く前に踵を返す。

 なんだか悔しくなって、私は走って彼を追い抜き、先に馬車へと乗りこんだ。

 呆れた表情で、レイナートも馬車に乗る。

 視界に映したくないのか、私の斜め前に位置する場所に腰かけ、窓の外を眺めていた。

 最後にミーナが乗る。車内の険悪な空気を感じとったのか、気まずそうに肩を竦めていた。内心、申し訳なく思う。

 彼女が私の隣に座った瞬間に馬車の扉が閉められ、レイナートが剣の柄で天井を叩くと、御者が馬に合図を出す。

 無言のまま、時間は流れていった。


 私はレイナートを見つめ、なんとも不可解な感覚に苛む。


 ――どうして黙って離れていったのか。

 ――なぜ、相談してくれなかったのか。

 ――手紙をたくさん書いたのに、なんで返事をくれなかったのか?


 レイナートと話したいことは山のようにあったのに、いざ本人を前にしたら何も言葉がでてこない。

 彼に対して怒っている、という感情はとうの昔にすり切れ、なくなっていたのかもしれない。

 期待をしなくなった、と言えばいいのか。

 いや、そのどちらでもない。

 今、レイナートと私の間には、高く厚い壁があるように感じていた。

 かける言葉が見つからないのではない。

 何を言っても、彼に届かないだろうと私は本能的に悟っているのだろう。


 レイナートはびっくりするくらい、五年前と変わっていた。

 最後の記憶は、どこか儚げで線が細い優美な貴公子、といった感じだった。

 今は体が一回り以上大きくなり、背もぐんと伸びて、顔立ちにも迷いがまったくない。美貌はそのままに、大人の男性になった、という印象だ。

 もう、私が知っているレイナートはどこにもいないのかもしれない。よく似た他人だと認識していたほうがいいだろう。


 以前までは元気かどうかだけでも知りたい、という状況だった。

 レイナートの顔色はよくはないが、悪くはない。目の下にクマなんかないし、酷く痩せているわけでもない。元気だ、と表現してもいいだろう。

 兄に知らせたら喜ぶはずだ。レイナートと兄は、とても仲がよかったから。

 五年もの間謎とされていた、レイナートの近況を知ることができた。それだけでも収穫だと思うようにしよう。


 馬車に揺られること一時間半。たったそれだけの時間が、五時間も六時間も経っていたのではと錯覚するようだった。それだけ気まずい時間を過ごしていたに違いない。


 そもそもなぜ、彼を迎えによこしてきたのか。

 五年も大聖教会にいて、使い走りを命じられるほどの地位にいるとは思えないのだけれど……。

 まあ、いい。レイナートについては忘れることにしよう。

 これからは国民のために、奉仕に努めなければならない。

 馬車の扉が開かれると、レイナートが先に降りる。続けてミーナが下車した。

 最後に外に出ようとしたら、レイナートが手を差し出してくる。

 幼い頃の私だったら、笑顔で指先を添えていただろう。

 今は違う。記憶に残るレイナートが変わってしまったように、あの頃の私はもういないのかもしれない。

 ツンと顔を逸らし、差し出された手を無視して馬車から下りた。

 レイナートがどういう表情をしているかまでは、確認できなかった。

 どうか気にしていませんように、と祈るばかりである。


 大聖堂の教会を見上げる。高い尖塔がいくつも突き出た豪壮な佇まいは、いつ見ても圧倒される。

 王宮よりも立派で豪奢な造りなのは、信仰心を高めるためだと言われていた。

 飾り柱が美しい出入り口からは、今日も屍食鬼の被害に遭った人々が列を成している。皆、聖水を求めてやってきているのだろう。

 あれだけの人々から毎日金貨一枚ずつ得ているとしたら、大聖教会の懐はかなり潤っているに違いない。


「こちらです」


 レイナートの感情がこもっていない声を聞いて、ハッと我に返る。

 彼のあとを小走りでついていった。


 長い長い廊下には、日差しを浴びたステンドグラスが美しい彩りを映していた。

 大聖堂の内部も、王宮よりずっとずっと美しい。

 多くの国民たちが奉仕しているのに、どこを歩いても修道女や修道士などとすれ違うことはなかった。

 代わりに、純白の板金鎧をまとった聖騎士はたくさん配置されていたのだが。

 小首を傾げつつ、枢機卿のいる部屋へと足を踏み入れる。

 御年六十六歳、大聖教会の頂点に立つ男、バルウィン・フォン・ノイラートが私を迎えた。


「ヴィヴィア王女、よくぞおいでくださった」

「この度は、こちらの申し出を受けてくださり、嬉しく存じます」


 私の言葉に深々と頷きながら、枢機卿は革張りの豪華なソファを勧める。お言葉に甘えて腰かけると、なぜか枢機卿は隣に座った。

 枢機卿の重みでソファが大きく沈み、ギシ、と物音を立てる。


「いやはや、本当にお美しい」


 枢機卿はねっとりとした視線で、私を見つめる。

 額からじわりと、汗が滲んでいるのを感じていた。

 

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