王都へ
レイナートと話し合い、枢機卿の結婚式への参加と同時に、フランツ・デールからの撤退を決めた。
ここにいたのは三ヶ月と短かったが、過ごした日々は濃密だったように思える。
嬉しい出会いもあれば、悲しい別れもあった。
正直、フランツ・デールに行くまで迷った。屍食鬼に襲われてしまうのではないか、という恐怖が大きかったから。
実際に屍食鬼の襲撃に遭ったものの、それをきっかけにレイナートとわかり合えたのだ。
よかったとは言えないが、私の判断は間違っていなかったとはっきり言える。
『ヴィヴィア、今からアスマン院長のところに行くの?』
「ええ」
フランツ・デールの人員削減は、日々行われていた。
最近は希望者を募るくらいである。きっと反対はしないだろう。
スノー・ワイトを引き連れ、アスマン院長の執務室へと向かった。
先触れを出していたので、部屋で待っていてくれたようだ。
「話というのは、枢機卿の結婚式への参加と、ここを撤退することかい?」
「驚きました。なぜ、わかったのですか?」
「改めて話があるとすれば、撤退についてだろう」
あっさりと許可が下りた。ホッと胸をなで下ろす。
「三ヶ月もの間、よく頑張ったね。君を誇らしく思うよ」
「ありがとうございます」
アスマン院長は私が三日で王都に帰ると予想していたらしい。
「それが、君は三ヶ月もフランツ・デールで救護活動に徹してくれた。結果、聖騎士たちの士気は上がり、負傷者の数はぐっと減ったように思える。誰にでもできることではない偉業だよ」
「お役に立てて何よりですわ」
「もしかしたら、枢機卿は君に〝聖女〟の地位を与えるかもしれないね」
聖女というのは大聖教会において、修道女の最大の地位らしい。ここ最近は女性が聖女の地位を与えられたという記録はなく、とてつもない名誉だという。
「聖女を賜ったら、遠い存在になってしまうね」
「アスマン院長、まだ話もないのに、なんてことをおっしゃるのですか」
「そうだった」
なんでも、アスマン院長にもフランツ・デールからの撤退が命じられているらしい。 今後は別の錬金術師が、ここで治療を行うようだ。
「というわけで、王都に戻っても、どこかで会うかもしれないね」
「ええ」
王都から迎えがくるよう、手配してくれるようだ。
追及なく撤退が許可され、内心安堵した。
◇◇◇
あっという間にフランツ・デールを離れる日が訪れた。
一緒に働いていた修道女や、仲良くしていた聖騎士たちが見送ってくれた。
別れ際に配った焼き菓子には、魔女が作った屍食鬼化を防ぐ魔法薬が入っている。
ついに、魔法薬が完成したのだ。
フランツ・デールにいる全員分用意したので、行き渡るだろう。
この先、ひとりでも屍食鬼化してほしくない。そんな願いを込めて、お菓子を託した。
ちなみに、アスマン院長は三日前にフランツ・デールを去った。一緒に行こうと誘われたものの、レイナートも一緒に帰るので断ったのだ。
私の背後に佇む板金鎧の騎士は、レイナートである。アスマン院長の不在を狙い、私たちは合流できた。
王都からやってきた魔石飛行車に乗りこむ。スノー・ワイトは一刻も早くここを離れたかったようで、一番乗りであった。
私もレイナートが差し出された手を握り、魔石飛行車に乗りこむ。
続いて鞄が運びこまれ、最後にレイナートが乗った。
運転手に合図を出すと、魔石飛行車は起動する。
地上を飛び立つと、修道女や聖騎士たちが手を振ってくれた。
ここにいる者たちの未来が輝きますように――。
そんなことを願いながら、フランツ・デールの地を離れたのだった。
◇◇◇
アスマン院長が王都に帰ってきたら、一度実家に戻って家族に顔を見せるといいと言ってくれた。
そのため、王都で待っていたのは大聖教会の馬車ではなく、王家の家紋が入った馬車であった。
馬車から出てきたのは、ミーナである。
「ヴィヴィア姫ーーーー!!」
彼女は涙を流しながら、私に抱きついてくる。
「ミーナ、ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ。ずっとずっと、ヴィヴィア姫をお待ちしておりました」
ここで話すのもなんだ。馬車に乗りこむ。
「何度フランツ・デールに行って、家族から引き留められたか」
「そうだったのですね」
ミーナの父親の容態は悪くはないが、油断はできない、といった感じらしい。そのため、王都を離れられなかったのだという。
「ミーナのおかげで、安心してフランツ・デールでの活動ができました」
「遺書を預かった日には、涙が涸れるほど泣いたのですよ」
「本当に、ごめんなさいね」
遺書という言葉に、レイナートが反応する。
板金鎧の中身がレイナートというのは、秘密である。そのため、大人しくしているようにと視線を送った。
ミーナとはここでお別れである。ミーナは手が空いているときだけでも傍付きをしたいと望んだが、彼女を騒動に巻き込むわけにはいかないから。
「それではミーナ、また今度」
「え、ええ」
「お父さまの容態が落ち着いたら、ゆっくりお茶でもしましょうね」
「はい!」
ミーナと別れ、あっという間に王宮に到着する。私は兄と義姉の出迎えを受けた。
義姉は苦しくなるくらいの抱擁をしてくれる。
「よく、よく戻ってきてくれたわ! 本当によかった!」
義姉は左右の頬に口づけし、喜びを露わにしてくれた。
兄は控えめに抱擁し、「よく頑張った」と労う。
最後に兄は板金鎧姿のレイナートを見て、「ありがとう」と声をかけた。
もしかしなくても、兄は板金鎧の中の人物が誰なのか、わかっているのだろう。
レイナートは内心、焦っているに違いない。
その後、人払いした状態で近況について話し合う。そこで、大聖教会との関係の悪化が語られた。
「アラビダ帝国から難民を引き受けるという問題が、議会で大問題になっている」
難民を迎え入れた結果、治安が悪くなった。そんな話を耳にしているからか、枢密院の顧問官が絶対に阻止すべきであると強く意見しているらしい。
「これ以上大聖教会側を怒らせると、本当に内戦が発生してしまう。そう訴えても、顧問官は難民を受け入れることはできないと意見を曲げなくて」
レイナートのほうを見ると、こくりと頷く。
これに関しては、レイナートが想定していた。対策も考えてある。
「お兄さま、その件ですが、わたくしにお任せいただけないでしょうか?」
大聖教会の内部から、騒動を抑えてみせる。具体的な作戦は言えないが、信じてほしいと訴えた。
兄は私の意見を受け入れ、しばらく顧問官たちを大人しくさせておくと約束してくれた。




