報告
それから私は素知らぬ顔で救護院に戻り、スノー・ワイトと共にアスマン院長に報告に行く。
「申し訳ありません。魔女の住み処は発見できませんでした」
「そう」
「しかしながら、魔女の結界らしき場所はわかったんです」
アスマン院長は身を乗り出して話を聞く。
上手く話せるかドキドキしていた。だが、視界の端っこにいたスノー・ワイトが、大丈夫だと勇気づけるような目で見つめているのに気づく。
きっと上手く言える。そう自らを奮い立たせつつ、話し始めた。
「ある場所に足を踏み入れた瞬間、なんだか息苦しくなって、意識もぼんやりしてきて、まるで夢の中を歩いているような不思議な感覚でした。今振り返ると、あれが魔女の結界の中だったのではと思いまして」
「なるほど」
聖石のペンダントに追跡機能でもついていたら、私の足取りはバレてしまう。
魔女の住み処は他人がかけた魔法を無効化とする。そのため、追跡には引っかからないだろう。
ただ、相手側は追跡が途切れたのを気にするはずだ。
そこで魔女の結界の話をして、不思議な空間の中にいたことにしたのだ。
「ハッと意識が戻ったときには、救護院に帰ってきていたんです」
「そういうわけだったのか。他に、何か気づいたことはあるかい?」
「いいえ、何も。なんだか意識がおぼろげで、体験したものが本当に現実だったのか、ということさえ疑ってしまうくらいで」
「わかった。大変な任務を任せてしまい、申し訳なかったね」
「いえ、お気になさらず」
今日、見聞きしたことは誰にも打ち明けるつもりはない。
アスマン院長を仲間に引き入れたらいいのではないか、なんて意見が魔女から上がったものの、レイナートが却下した。
アスマン院長を通して、こちら側の調査が大聖教会に露見したら困る。用心には用心を重ねて行動したいらしい。
「あの、聖石のペンダントをお返しします」
差し出されたペンダントを、アスマン院長は受け取らなかった。
「それは君が持っていてくれ」
「しかし、このような貴重なお品を持っているわけにはいきません」
「いいんだ。君は一度屍食鬼に襲撃されているし、不安だろう? それに、王女さまをこんなところで奉仕活動させるということに、心が痛んでいたんだ。罪滅ぼしだと思って、受け取ってほしい」
模造品である聖石をぎゅっと握りしめ、深々と会釈する。
そのまま退室した。
部屋に戻って扉を閉める。鍵をかけた瞬間、ため息が零れた。
「スノー・ワイト、わたくし、上手く説明できていたでしょうか?」
『ええ。あなたの演技への不安が、魔女の結界への恐怖に見えていたわ』
「それって、ぜんぜんできていなかった、と言ってもいいのでは?」
『結果がよければ、すべてよしなのよ』
持ち帰った聖石のペンダントは、枕の下に忍ばせておく。
「聖石のペンダントは、レイナートの予想通り、わたくしが持つことになりましたね」
『そこまでわかるのがすごいわ』
レイナートは断言していたのだ。アスマン院長は聖石のペンダントを受け取らないだろう、と。その理由も、予想していた通りである。
ひとまず、計画通りに進んだ。スノー・ワイトが言っていたとおり、終わりがよければすべてよし、ということにしておこう。
『そういえばこの前、食堂で修道士たちが〝アスマン院長派か、レイナート派か〟で盛り上がっていたわ』
「あなた、人の話に聞き耳なんか立てて、はしたないですわ」
『だって、退屈だったんだもの』
呆れつつも、結果が気になる。もちろん、レイナート派が圧勝だろうと思っていたが違った。圧倒的にアスマン院長が人気だったらしい。
「そんな……! 王都の社交界では、レイナートが一番人気でしたのに!」
『場所が変わったら、男の評価も変わるのよ。アスマン院長は優しいから』
「レイナートも優しいお方です!」
『いいえ、ヴィヴィア。あの子の場合、優しいのはあなただけなのよ』
「そ、そうですの?」
『やだ、気づいてなかったのね。あの子、あなた以外の人間には優しさどころか、隙すら欠片も見せないわよ』
まさか、レイナートの優しさが特別なものだったなんて。
猛烈に照れてしまう。そんな私を見て、スノー・ワイトはにんまりと笑った。
『良かったわねえ、仲直りできて』
「え、ええ」
彼に対する誤解が解けて、本当によかった。
できたら早い段階で打ち明けてほしかったが、五年前の私では彼にかける言葉すら見つからなかったのだろう。
レイナートがいない間、私は成長できたように思える。だから、仲直りは今でよかったのかもしれない。
◇◇◇
それからというもの、私は救護院での情報収集に努める。
なるべくたくさんの人たちと会話し、大聖教会と屍食鬼について調べていった。
ここ最近、屍食鬼の数が目に見えて減っているらしい。
いったいどういうことなのか。
レイナートは大聖教会側が何かしようとしているのではないか、と推測していた。
そんな彼の言葉は見事に的中する。
王都から私宛てに、一通の手紙が届いた。
それは、結婚式の招待状であった。最初はアデリッサ様のものだと思っていたが、違った。
結婚するのは枢機卿で、お相手はアラビダ帝国のサリー皇女だった。
なんてことかと、天井を仰ぐ。




