想い、あふれ
「ヴィヴィア、ひとつだけ約束してください」
「なんですの?」
「違背回復魔法は二度と使わないでください」
「それは無理だと思われます」
これまで優しい表情で私を見つめていたレイナートだったが、違背回復魔法の話題になった途端、剣呑な空気を漂わせる。
「あれは自らの命を削り、他者を癒やす魔法だというのは知っているのですか?」
「ええ、もちろん」
「私が命を賭けて守っても、あなたが命を犠牲にするのならば、なんら意味はありません」
「奇遇ですわね。わたくしもそう思います」
「だったら――!」
レイナートが身を挺して守り、私が命を削って違背回復魔法を使う。
私たちの相手を思いやった行為は、どこか歪だったのかもしれない。
互いが互いを大事に思うあまり、身を犠牲にし続けたらいつか命は尽きてしまうだろう。
だからこそ、私たちは今ここで、決意を新たに一歩踏み出す必要がある。
「レイナート、これからは、ふたりで力を合わせて、最善を探りながら生きていきましょう」
「最善、ですか?」
「ええ。あなたが命を賭けてわたくしを守らなくてもいいように――わたくしも、命を削る魔法であなたを癒やさなくてもいいように、やっていくのです」
守り、守られる関係はもう終わりにしたい。そんな提案に、レイナートはハッと肩を震わせる。
「そんなことが、できるのでしょうか?」
「わかりません。けれども、わたくしたちは昔と違って大人で、自由なんです。さまざまな可能性があると思っています」
レイナートは王族ではないし、私は王女ではない。
立場で縛られることはないのだ。
「たとえば、誰かに頼ることとか。戦わずに、逃げてしまうこととか」
「あ――」
レイナートはこれまで、自分だけを頼りに頑張ってきたのだろう。
今、少なくとも私は彼を理解し、心強い味方になりたいと望んでいるし、他にも魔女やスノー・ワイトだって助けの手を差し伸べてくれるに違いない。
それに、困難に立ち向かうことだけが勇気ではない。時に逃げることも、立派な勇気だと私は思っている。
「ヴィヴィア……あなたは、私と生きる道を探してくれるというのですか?」
「ええ、もちろんです。あなたさえよければ、ですけれど」
レイナートは消え入りそうな声で、感謝の言葉を口にした。
「それにしても、あのときよく咄嗟に違背回復魔法を使おうと思いましたね」
「ええ」
屍食鬼から受けた傷は、回復魔法では癒やせない。聖水との相性も最悪だと聞いていた。
そこに疑問を覚えたのだ。
「回復魔法は聖属性ですし、聖水も同じだと思っていたのです。そのふたつの相性が悪いというのは、どこかおかしい」
基本的に、相性が悪い属性は反発する。火と水、風と土、氷と炎――などなど。
聖属性である聖水が屍食鬼の傷の悪化を防ぐのに、回復魔法は効果がないどころか悪影響を及ぼすなんて、ありえないのだ。
なぜ、それを疑問に思わなかったのか。
それは、救護院の悲惨としか言いようがない空気のせいだろう。
毎日のように大怪我を負った患者が運ばれ、痛みに耐える悲鳴を聞き続ける。
冷静になるというのが無理な話だった。
救護院を離れ、歩いていると落ち着いて物事を考えられるようになった。
そのさいに、私は気づいたのだ。
「わたくし、死霊術士の書籍に書かれていた内容を、ふと思い出したんです」
体が腐敗し朽ちかけた不死怪物に、回復魔法を使うとその身を滅ぼすことができる。
不死怪物は闇属性で、回復魔法は聖属性だから。そのふたつの属性は、反発しあう。相性がとことん悪い。それを踏まえて考えてみる。
屍食鬼はもともと人間だった。不死怪物と同じように、回復魔法を使ったら痛手となってしまうのではないのかと気づいたのだ。
「聖水を闇属性の秘薬と考えたら、同じ闇属性である違背回復魔法が効果的なのではないかと判断しました」
レイナートが屍食鬼の襲撃によって負傷し、腕を切り落とすというので混乱していたというのもある。さらに、効果があるという確信があるわけではなかった。冷静だったら、使っていなかっただろう。
「上手く回復したからよかったものの、失敗していたらと考えると恐ろしくなります」
恐怖で震える私を、レイナートはそっと抱きしめてくれた。
「おかげさまで、私は今、あなたを両腕で抱きしめることができる。命を削って他者を癒やす魔法ですから、感謝するのはどうなのかと思っていました。けれども、腕を失わなかった結果、ヴィヴィアと新しい道を歩むという選択肢ができました。ですので、やはりお礼を言わせてください。ヴィヴィア、あなたの勇気ある行動に、心から感謝します」
この瞬間、私の中にあったモヤモヤとした気持ちが薄くなっていく。
かと言って、あのときの判断が正解だったとは言えない。それだけははっきりと伝えておこう。
「レイナートが命を賭けてわたくしを守らないと誓うのであれば、違背回復魔法は二度と使いません。約束します」
これからは命を何よりも大事に、平和に生きていくことだけを考えたい。
そのためには、屍食鬼に関わる問題をどうにかする必要がある。
「ヴィヴィア、私もあなたが違背回復魔法を使わないと言うのであれば、命を賭けて守るという誓いを撤廃します」
互いに見つめ、頷く。
目を閉じると、そっと触れるだけの口づけが唇に落とされた。
誓いを封じるための儀式だろうが、特別な関係の者としか許されない行為だ。
これまでにないくらい、どきどきと胸が高鳴る。
「ヴィヴィア……」
レイナートがこれまで見せたことがないくらい、熱い視線を向けてくる。
顔が熱い。きっと呆れるくらい、赤面しているのだろう。
もしかしたら、こうして見つめ合って気持ちを確かめる瞬間なんて二度とないかもしれない。
だから私は、もう一度だけ瞼を閉じた。
甘く痺れるようなひとときに、全身がとけてしまいそうになる。
彼と再会し、こうして気持ちを確かめ合えたことを、神に感謝してしまった。
◇◇◇
今日一日で、さまざまなことが起こった。
屍食鬼に襲われたところをレイナートに助けられ、魔女と出会い、屍食鬼についての話を聞いた。
そして、私とレイナートの想いがひとつだったことを確かめあったのだ。
これからは、皆で協力し、屍食鬼の謎について追究する。
魔女の住み処を拠点とし、私は魔女の転移魔法陣を使って自由に出入りすることが許可された。
レイナートはこれまで通り、女性のもとへ通っていると思わせるため、歩きでやってくるそうだ。
ひとまず、私は転移魔法陣で救護院へ戻る。




