レイナートを探して
「やあ。突然呼び出して悪かったね」
「いえ」
何かあったのか、アスマン院長は人払いする。スノー・ワイトまで追い出されそうになったので、それは猫妖精だと引き留めた。
「それで、お話というのはなんですの?」
「バルテン卿についてだよ。魔女と恋仲で、毎日森の奥の家に通っている、なんて話は知っているかい?」
「風の噂で耳にしました」
「そう。だったら話が早い」
アスマン院長の話というのは、レイナートに関わるものだという。
「枢機卿から報告と依頼が届いたんだ」
差し出された書類を読む。そこに書かれていたのは、レイナートの横領疑惑と教皇を復活させ、自らがワルテン王国を統べるという計画が書かれたものであった。
「まさか、レイナートが、そんな……! ありえません」
「俺もにわかには信じられない。バルテン卿は真面目で、聖騎士としての誇りは人一倍あるように思える」
「だったらなぜ?」
アスマン院長は声を潜め、これは陰謀かもしれない、と口にした。
「誰かが、レイナートを陥れようとしている、ということですの?」
「可能性はある」
アスマン院長はレイナートの無罪を証明したい。けれども、毎晩魔女のもとへ行ってしまうので、調査もままならないという。
「魔女の本拠地は結界があり、近づけないんだ。けれども、これがあれば通り抜けられるかもしれない」
アスマン院長の手のひらには、白い宝石があしらわれたペンダントがあった。
「それはなんですの?」
「聖水の原料となる聖石だよ。大変貴重な品なんだが、枢機卿が送ってくれたんだ」
気配遮断の能力があり、屍食鬼を遠ざけ、魔女の結界を無効化にする力があるという。
アスマン院長が頼みがある、と言って私の手のひらに聖石のペンダントを載せた。
「これを装備して、魔女の家を探してきてくれないか?」
「わたくしが、ですか?」
「ああ。俺は忙しいから調査に行けない。自分以外で、この聖石を託せるのは君しかいないんだ」
レイナートと魔女に接触したい私からしたら、願ってもない話だろう。ふたつ返事で了承した。
「しかしながら、レイナートのあとを追跡が成功するとは思えないのですが」
「だったら、これを使うといい」
それは手のひらサイズの水晶玉である。なんでも大きな魔力を感知し、発生源まで案内してくれるらしい。
「魔力の大本が、おそらく魔女の住処だろう」
これがあれば、魔女の本拠地を発見できる。
「でしたら、任務をお受けします」
「よかった。では、頼むよ」
「わかりました」
そんなわけで、魔女の家を発見するという特別任務が任されたのだった。
◇◇◇
翌日――朝から患者の包帯を替える作業を行い、昼食を食べたあと森にでかける。
なんでも、夜勤だったレイナートは、早朝に魔女のもとへと向かったらしい。
私たちの出番というわけである。
鬱蒼とした森の中を、進んでいった。
スノー・ワイトはうんざりした様子でぼやく。
『昨日雨が降ったから、地面がぬかるんでいるわ』
「帰ったら、きれいに洗って差し上げます」
『薔薇の香油を垂らしてね』
「ええ、もちろんです」
鞄から水晶玉を取り出すと淡く光る。不思議なもので、これを手にしているとどこに進めばいいのかわかってしまうのだ。
落ち着かない気持ちのまま、一歩、一歩と先へ進む。
緊張で胸が張り裂けそうだった。
ここは屍食鬼と遭遇した森である。前回とは異なり、昼間だったので恐ろしさは半減だが、それでも指先はガタガタと震えていた。
極限状態になるたびに、スノー・ワイトが話しかけてくれる。
『ねえ、ヴィヴィア。魔女とレイナートの愛の巣に行って、どうするつもりなの?』
「愛の巣……。別に、どうもしません。屍食鬼についてお話を聞くだけです」
『それについてなんだけれど、アスマン院長ではダメだったの?』
「彼は、うーん、そうですね。出会ったばかりで、信用していいのかわからない、という段階ですので」
『それもそうねえ』
二時間くらい歩いただろうか。帰りも同じ道を戻ることを考えたら、少しだけうんざりしてしまう。
あと一時間くらいで見つかればいいのだが。
『ヴィヴィア、少し休憩しましょう。疲れたでしょう?』
「え、ええ」
大きな木の根っこが空洞になっていたので、そこに身を隠す。
腰を下ろしたら、ふーー、と深く長いため息がでてきた。
『魔女の家まであと少しって感じね』
「わかりますの?」
『ええ。なんとなくだけれど』
三十分と歩かないうちに発見できるという。その言葉に励まされた。
「それにしても、この聖石という物は不思議ですわね」
『うーん』
「どうかなさって?」
『それなんだけれど――いいえ、なんでもないわ』
「言いかけるのが一番気になるのですが」
『あたしは詳しくないからわからないだけ。魔女に聞いてみましょう』
なんでもこの聖石は、たいへん珍しいものだという。
「たしかに、気配遮断ができて、屍食鬼との遭遇を回避する上に魔女の結界をも通り抜ける力がある石なんて、稀少の一言では片付けられないような気がします」
『そうなのよ』
魔女に会ったら、これが何か忘れずに聞かなくては。
「スノー・ワイト、そろそろ行きましょう」
『ええ、そうね』
木の根っこから出て、再度導かれる方向へと歩いていく。
一歩前に進んだ瞬間、全身に悪寒が走った。
何かが接近してくるような気がして振り返る。
その先にいたのは――。
「屍食鬼!?」




