レイナートはいずこに……?
ミーナが王都から送ってくれた大きなクッキー缶を胸に、スノー・ワイトを引き連れて聖騎士たちの天幕を訪問する。
辺りを見回したが、レイナートの姿はない。
「あなたさまは……」
振り向いた先にいたのは、顔見知りの女性騎士であった。
友人である聖騎士が屍食鬼の襲撃で負傷し、一日一回は見舞いにやってきたので一言二言会話を交わすようになったのである。
「聖騎士に何かご用でしょうか?」
「ええ、その、バルテン卿と話したいことがありまして」
「はあ、バルテン卿ですか」
聖騎士は少し言いにくそうに、レイナートは不在だと教えてくれた。
「今、彼は屍食鬼退治の任務に行かれているのですか?」
「いえ」
聖騎士は明後日の方向を向き、今すぐこの話題から逃れたい、という空気が流れているように気がした。何か特別な任務に就いているのだろうか? だとしたら、しつこく聞いてはいけないのだろう。
また別の機会にしようか、なんて返すと、聖騎士は私を引き留める。
「あのバルテン卿について、少し話しにくいお話ですので、よろしかったら私の天幕でお伝えしたいのですが」
「お願いいたします」
聖騎士は躊躇うような表情で、自らの天幕の中へと案内してくれた。
彼女に割り当てられた天幕は、ひとりで使っていると言うが思いのほか広かった。
なんて考えていたら、かつては四人で使っていた場所だということが知らされる。
皆、屍食鬼の襲撃で亡くなってしまったらしい。胸がぎゅっと締めつけられる。
スノー・ワイトが膝に乗って丸くなった。無意識のうちにぼんやりしていたようで、ハッと我に返る。
「すみません、何もない部屋なのですが」
そう言いながら、彼女はブドウ酒を出してくれた。実家から送られてきたもののようで、少量ならば酔わない上に薬のような効果を発揮するようだ。
ブドウ酒の中には薬草が入っているようで、少し不思議な味わいだった。
ありがたくいただく。
「いかがでしょうか?」
「おいしいです」
「よかった」
聖騎士はホッと胸をなで下ろすような様子を見せたあと、キリリと表情を引き締める。そして、本題へと移った。
「バルテン卿についてなのですが、実は、ほとんどこちらにおりません」
「まあ! どこか別の場所にいるというのですか?」
「ええ、はい」
いったいどこに? と質問を投げかけると、聖騎士は眉間に皺を寄せながら打ち明ける。
「森の奥に、魔女が棲んでいるそうで、その、そこに毎日通っていると、ある聖騎士が聞き出したのだとか」
「魔女、ですか」
「ええ」
森の奥地には、善き魔女や悪しき魔女が棲んでいる――それはおとぎ話でよく耳にする導入部である。
魔女というのは歴史に表立たないものの、影からさまざまな協力をし、時に善良で愛され、時に悪辣で恐れられ、実にさまざまな魔女がいるというのが定説であった。
「そちらの魔女は王族専属で、数年前まで国王と契約し、さまざまな知識を与えていたのだとか」
亡くなった父が魔女と契約していたなんて、まったく知らなかった。
ここでピンとくる。
「まさか、バルテン卿はその魔女と恋仲で、毎日足しげく通っている、というわけですの?」
聖騎士の沈黙は、肯定しているようなものであった。
レイナートに想い人がいるのは知っていたが、まさか魔女だったとは。
魔女の契約は父のみで、そのあとは王宮を出て行ったのかもしれない。それを追うように、レイナートも去ったというわけなのか。
私が知らないところで、レイナートは魔女と恋仲だったなんて――!
大きな衝撃を受けてしまう。
聖騎士が気まずそうにしていたのは、私がレイナートに恋心を抱いているという記事を読んだからなのかもしれない。
ひとまず手にしていたクッキー缶を差し出し、皆で食べるようにと託しておく。情報料代わりだった。
複雑な気持ちで部屋に戻る。これまで大人しくしていたスノー・ワイトが、尻尾を左右に揺らしながら話しかけてきた。
『まさか、毎日女の元に通っていたとは。純朴そうに見えて、案外熱烈的なのね』
「ええ」
なんでもその話はブルーム隊長も把握しており、特にお咎めはないらしい。
ただの噂話ではない、というわけである。
「それにしても、屍食鬼がはびこる森にひとりで棲んでいたなんて、恐ろしかったでしょうね」
『魔女ってそんなもんなのよ。家が本拠地で、森が大きな結界でもあるの。屍食鬼に関しては、何か対策をしているんじゃない? よく知らないけれど』
だとしたら、レイナートだけでなく魔女とも接触を取りたい。
なんて考え事をしていたら、扉が叩かれる。やってきたのはメアリさんだった。なんでも、アスマン院長が話がしたいと言っているらしい。
「わかりました。今すぐ向かいます」
そんなわけで、メアリさんと一緒にアスマン院長の部屋を目指したのだった。




