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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第二章 王女は戦地へ身を投じる

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襲撃から数日が経ち――

 屍食鬼の襲撃から三日経った。あの日、シリルさんが転じた屍食鬼以外にも、救護院を襲撃していたらしい。

 聖騎士がいなかったのは、差し入れで届いた酒を飲み、見張りの者が全員酔って眠っていたからだという。

 戻ってきたときに辺りを走り回っていたのは、夜の見回りから戻ってきた聖騎士たちだったようだ。

 その日の晩の被害者は十二名だった。満足に動けない患者だけでなく、修道士や修道女も襲われていたという。


 姿を消したシリルさんも、犠牲者として名前が書かれていた。

 なんでも遺体は体の一部しか残っておらず、ひとりひとり判別がつかなかったらしい。

 そのため、姿がないので屍食鬼に喰われてしまったのだ、と判断されたようだ。


 シリルさんが遺した指輪を遺族のもとへと返したところ、数日後に手紙が届く。

 指輪は婚約者のもとに届けられたらしい。指輪だけでも戻ってきてよかったと話していたという。

 胸がぎゅっと苦しくなる。

 どうしてシリルさんは屍食鬼になってしまったのか。

 真実を解明したくとも、誰にも打ち明けることができない。

 フランツ・デールにやってきたら、結婚せずとも王族としての役目を果たせると思っていた。

 けれどもそれは驕りだった。

 私は何もできない。無力だった。


 屍食鬼に襲われながらも、無傷のままだったのは私だけだった。

 アスマン院長には、契約しているスノー・ワイトが守ってくれたとだけ説明しておいた。レイナートから口止めされていた、人が屍食鬼になるという事実については黙っておく。誰が敵で誰が味方かわからないような状況で、無闇に情報提供しないほうがいいだろうから。


 それにしても、救護院の周辺は聖水の結界があり、フランツ・デールの中でも安全な場所だと聞いていた。

 まさか病院内で屍食鬼が誕生し、人々を襲うなんて想像もしていなかった。

 それについて、アスマン院長はどう考えているのか。質問を投げかけてみる。


「どうやら、屍食鬼は進化しているようだ。そのうち、聖水の力にも勝る屍食鬼が生まれるかもしれない」


 ゾッとするような推測を聞いてしまい、返す言葉が見当たらない。


「怖かったら、王都へ戻るといい。誰も止めないどころか、屍食鬼に襲撃されたのに無傷だった君を、大聖教会は聖女のように称えるだろう」


 祀り上げられるなんてごめんである。それに、ここから逃げようという気持ちなんてなかった。


「わたくしは、ここで負傷した人々と共に生きていきます」

「君は――」


 アスマン院長は驚いた表情で私を見つめる。おかしなことを言っているとでも思ったのだろうか。


「なんて強い女性ひとなんだ」

「いいえ、わたくしは強くなんてありません」


 そんな言葉を返し、アスマン院長のもとから去る。

 

 ◇◇◇ 


 レイナートと再会して以降、彼と話すどころか会うことさえなかった。

 ここは救護院だ。負傷した聖騎士たちが出入りする場所で、ここで見かけないということは元気である証である。


 それにしても、なぜ、レイナートはフランツ・デールに行こうと思ったのか。

 謎でしかない。


『元気がないわねえ。やっぱり、ミーナを引き留めたらよかったんじゃない』

「それは――」


 先日、ミーナの父親の危篤を知らせる一報が届いた。そのため、彼女は王都に戻っていったのだ。

 ミーナはここに残る意思を示したものの、私が彼女に父親のもとへ行くように命じた。

 私の両親は亡くなってしまった。いつか一人前になったら、親孝行をしたいと思っていたのに、いなくなってしまったのだ。

 後悔はいつでも胸の中にある。ミーナにはそうなってしまわないように、彼女の背中を押したのだった。


 どうやら私は、ずっと傍にいてくれたミーナを頼りきっていたらしい。傍にいないだけで、ここまで気分が塞いでしまうのだから。


「わたくしは、ミーナの明るさに助けられていたのですね」

『でも、逆によかったのかもしれないわ。ここは危険だから』


 ミーナに何かあったらご両親に向ける顔がない。

 手遅れにならないうちに、王都へ送り届けられたのは彼女にとってよかったことなのだろう。


 ミーナにはある手紙を託している。それは、屍食鬼は人が転じたものだ、という情報である。私に何かあったときに、兄に渡すようにと頼んでいるのだ。

 その約束がある限り、彼女はここへ戻れない。我ながら、悪知恵が働くものだと思っていた。


 屍食鬼に襲撃されて以来、私は少しずつ調査していた。

 あまり目立つことをしたら、怪しまれてしまうだろう。そのため、亀の歩みのような速さで進めている。

 今は屍食鬼と遭遇した聖騎士たちから、当時の状況について話を聞いていた。

 もちろん、私のほうから尋ねるわけではない。自然な話の流れで、偶然聞いたような形を取るのだ。

 

 現在得た情報は、屍食鬼の体温はとてつもなく高く、軽く触れただけで火傷をしてしまうこと。それから、なぜか子どもには目もくれないということ。

 やはり、屍食鬼は子どもを襲わないらしい。魔物は無差別に人を襲うのに、なぜ子どもだけを避けるのか。

 本当にわからないことばかりである。


 屍食鬼の正体は人である。

 自然に人が屍食鬼になるとは思えない。

 誰かが操っているように思えてならなかった。

 

 屍食鬼は死霊術士が操る不死怪物とは異なる。

 体は腐乱していないし、素早い動きも可能とするからだ。


「あ~~、もう!!」


 頭を抱え、叫んでしまう。

 なんだかまどろっこしい。私がこうしてちまちま調査している間に、被害者は増え続けていくのだ。


 勢いよく立ち上がると、スノー・ワイトが不思議そうに私を見上げ、質問を投げかける。


『ヴィヴィア、どうしたのよ?』

「これからレイナートに相談しますの」


 彼は人が屍食鬼に転じていたと聞いて、驚いている様子はなかった。きっと、知っていたのだろう。

 もしかしたら、レイナートは以前から屍食鬼について調査しているのかもしれない。


『あの子はもう頼らないと思っていたんだけれど』

「今はわらにもすがるような気持ちですの」

『藁って。あなたぐらいよ、あの美貌のお坊ちゃまを藁呼ばわりするなんて』

「まあ、八方塞がりのほうが適切でしょうか。それに――」

『それに?』

「お兄さまがおっしゃっていたんです。〝どこに行っても、お前が信じたいと思うものを、信じ続けるんだよ〟と」


 レイナートは屍食鬼に襲われた私を助け、優しく抱きしめてくれた。

 きっとそれが、本当のレイナートなのだろう。

 そう信じたい。それが私の本音だった。


 ひとまず、聖騎士たちが駐屯する天幕へ向かった。

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