襲撃から数日が経ち――
屍食鬼の襲撃から三日経った。あの日、シリルさんが転じた屍食鬼以外にも、救護院を襲撃していたらしい。
聖騎士がいなかったのは、差し入れで届いた酒を飲み、見張りの者が全員酔って眠っていたからだという。
戻ってきたときに辺りを走り回っていたのは、夜の見回りから戻ってきた聖騎士たちだったようだ。
その日の晩の被害者は十二名だった。満足に動けない患者だけでなく、修道士や修道女も襲われていたという。
姿を消したシリルさんも、犠牲者として名前が書かれていた。
なんでも遺体は体の一部しか残っておらず、ひとりひとり判別がつかなかったらしい。
そのため、姿がないので屍食鬼に喰われてしまったのだ、と判断されたようだ。
シリルさんが遺した指輪を遺族のもとへと返したところ、数日後に手紙が届く。
指輪は婚約者のもとに届けられたらしい。指輪だけでも戻ってきてよかったと話していたという。
胸がぎゅっと苦しくなる。
どうしてシリルさんは屍食鬼になってしまったのか。
真実を解明したくとも、誰にも打ち明けることができない。
フランツ・デールにやってきたら、結婚せずとも王族としての役目を果たせると思っていた。
けれどもそれは驕りだった。
私は何もできない。無力だった。
屍食鬼に襲われながらも、無傷のままだったのは私だけだった。
アスマン院長には、契約しているスノー・ワイトが守ってくれたとだけ説明しておいた。レイナートから口止めされていた、人が屍食鬼になるという事実については黙っておく。誰が敵で誰が味方かわからないような状況で、無闇に情報提供しないほうがいいだろうから。
それにしても、救護院の周辺は聖水の結界があり、フランツ・デールの中でも安全な場所だと聞いていた。
まさか病院内で屍食鬼が誕生し、人々を襲うなんて想像もしていなかった。
それについて、アスマン院長はどう考えているのか。質問を投げかけてみる。
「どうやら、屍食鬼は進化しているようだ。そのうち、聖水の力にも勝る屍食鬼が生まれるかもしれない」
ゾッとするような推測を聞いてしまい、返す言葉が見当たらない。
「怖かったら、王都へ戻るといい。誰も止めないどころか、屍食鬼に襲撃されたのに無傷だった君を、大聖教会は聖女のように称えるだろう」
祀り上げられるなんてごめんである。それに、ここから逃げようという気持ちなんてなかった。
「わたくしは、ここで負傷した人々と共に生きていきます」
「君は――」
アスマン院長は驚いた表情で私を見つめる。おかしなことを言っているとでも思ったのだろうか。
「なんて強い女性なんだ」
「いいえ、わたくしは強くなんてありません」
そんな言葉を返し、アスマン院長のもとから去る。
◇◇◇
レイナートと再会して以降、彼と話すどころか会うことさえなかった。
ここは救護院だ。負傷した聖騎士たちが出入りする場所で、ここで見かけないということは元気である証である。
それにしても、なぜ、レイナートはフランツ・デールに行こうと思ったのか。
謎でしかない。
『元気がないわねえ。やっぱり、ミーナを引き留めたらよかったんじゃない』
「それは――」
先日、ミーナの父親の危篤を知らせる一報が届いた。そのため、彼女は王都に戻っていったのだ。
ミーナはここに残る意思を示したものの、私が彼女に父親のもとへ行くように命じた。
私の両親は亡くなってしまった。いつか一人前になったら、親孝行をしたいと思っていたのに、いなくなってしまったのだ。
後悔はいつでも胸の中にある。ミーナにはそうなってしまわないように、彼女の背中を押したのだった。
どうやら私は、ずっと傍にいてくれたミーナを頼りきっていたらしい。傍にいないだけで、ここまで気分が塞いでしまうのだから。
「わたくしは、ミーナの明るさに助けられていたのですね」
『でも、逆によかったのかもしれないわ。ここは危険だから』
ミーナに何かあったらご両親に向ける顔がない。
手遅れにならないうちに、王都へ送り届けられたのは彼女にとってよかったことなのだろう。
ミーナにはある手紙を託している。それは、屍食鬼は人が転じたものだ、という情報である。私に何かあったときに、兄に渡すようにと頼んでいるのだ。
その約束がある限り、彼女はここへ戻れない。我ながら、悪知恵が働くものだと思っていた。
屍食鬼に襲撃されて以来、私は少しずつ調査していた。
あまり目立つことをしたら、怪しまれてしまうだろう。そのため、亀の歩みのような速さで進めている。
今は屍食鬼と遭遇した聖騎士たちから、当時の状況について話を聞いていた。
もちろん、私のほうから尋ねるわけではない。自然な話の流れで、偶然聞いたような形を取るのだ。
現在得た情報は、屍食鬼の体温はとてつもなく高く、軽く触れただけで火傷をしてしまうこと。それから、なぜか子どもには目もくれないということ。
やはり、屍食鬼は子どもを襲わないらしい。魔物は無差別に人を襲うのに、なぜ子どもだけを避けるのか。
本当にわからないことばかりである。
屍食鬼の正体は人である。
自然に人が屍食鬼になるとは思えない。
誰かが操っているように思えてならなかった。
屍食鬼は死霊術士が操る不死怪物とは異なる。
体は腐乱していないし、素早い動きも可能とするからだ。
「あ~~、もう!!」
頭を抱え、叫んでしまう。
なんだかまどろっこしい。私がこうしてちまちま調査している間に、被害者は増え続けていくのだ。
勢いよく立ち上がると、スノー・ワイトが不思議そうに私を見上げ、質問を投げかける。
『ヴィヴィア、どうしたのよ?』
「これからレイナートに相談しますの」
彼は人が屍食鬼に転じていたと聞いて、驚いている様子はなかった。きっと、知っていたのだろう。
もしかしたら、レイナートは以前から屍食鬼について調査しているのかもしれない。
『あの子はもう頼らないと思っていたんだけれど』
「今は藁にもすがるような気持ちですの」
『藁って。あなたぐらいよ、あの美貌のお坊ちゃまを藁呼ばわりするなんて』
「まあ、八方塞がりのほうが適切でしょうか。それに――」
『それに?』
「お兄さまがおっしゃっていたんです。〝どこに行っても、お前が信じたいと思うものを、信じ続けるんだよ〟と」
レイナートは屍食鬼に襲われた私を助け、優しく抱きしめてくれた。
きっとそれが、本当のレイナートなのだろう。
そう信じたい。それが私の本音だった。
ひとまず、聖騎士たちが駐屯する天幕へ向かった。




