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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第二章 王女は戦地へ身を投じる

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再会

 どうして彼がここにいるのだろうか。私が見た都合のいい夢なのでは?

 頬を抓ろうとした瞬間、レイナートが思いがけない行動に出る。

 私を抱きしめたのだ。

 耳元で「よかった」と囁く。

 その声は、昔の優しかったレイナートみたいだった。

 やはり、これは夢なのだろう。だって、レイナートが私に対して優しいわけがないから。

 けれども、抱きしめたレイナートはとても温かかった。

 これは現実? 

 なんて考えていたら、遠くから声が聞こえた。


『ちょっとー! あたしを置いていかないでちょうだい!!』


 スノー・ワイトの声である。慌ててレイナートの胸を押して離れた。


『ああ、ヴィヴィア! よかった。あなたも無事だったのね』

「ええ」


 なんでもスノー・ワイトが逃げる途中に、レイナートと出会ったらしい。助けを求めると、スノー・ワイトを追っていた屍食鬼を倒す。そのあと、私がまだ森で屍食鬼に追われているからと訴えたという。

 レイナートはスノー・ワイトが追いつけないほどの速さで、私のもとに駆けつけてくれたようだ。


「スノー・ワイト、ありがとうございます」

『あなたを助けたのは、あたしでなくてあの子だけれど』

「それでも、スノー・ワイトがいなかったら、わたくしは屍食鬼の襲撃に遭っていたでしょうから」


 ここまでくると、これが夢でなく現実であると受け入れるしかなかった。

 それにしても、不可解なことばかりである。情報を整理しなければならない。


「ねえ、レイナート。この屍食鬼は――」


 指し示すのと同時に、屍食鬼の骸が突然発火する。その瞬間、レイナートが懐に入れていた袋を投げる。すると、炎は一瞬にして鎮火した。

 骸はあっという間に灰となり、風と共にどこかへ消えていく。

 屍食鬼がそこにいたという証拠はなくなってしまった。


「ど、どうして燃えてしまいましたの?」

「屍食鬼の習性と言えばいいのでしょうか。屍食鬼は命が尽きると、このように自然発火するのです」


 先ほどレイナートが投げたのは、粉末化させた聖水らしい。これを投げつけると、炎を鎮めることができるようだ。


「屍食鬼が作り出す炎は普通の水では消えず、聖水を使うしかないのです」

「もしかして、被害に遭った町での火災は、屍食鬼のせいでしたの?」

「ええ」


 屍食鬼が生み出す炎については初耳である。もしかしなくても、情報規制がされていたのだろう。

 なんて恐ろしい事実を、大聖教会は伏せているのか。

 ふと、屍食鬼が倒れていた辺りで何かが光る。近づいてみると、それは指輪だった。


「これは――!」

「どうかしたのです?」


 ダイヤモンドがちりばめられた、清楚な指輪。これはシリルさんの物で間違いない。

 やはり、あの屍食鬼はシリルさんだったのだ。


「ねえ、レイナート! 屍食鬼はシリルさん――聖騎士でしたの!」


 それを口にした瞬間、レイナートは私の口を塞ぐ。ぐっと接近し、耳元で囁いた。


「それは、いつ知ったのですか?」

「え、いつって――」


 そういえばと思い出す。以前、養育院で子どもが、屍食鬼は聖騎士の鎧をまとっていたと話していたのだ。それをそのままレイナートに伝えると、険しい表情となる。


「ヴィヴィア、それは誰かに話したことはありましたか?」

「いいえ。これまでは不確かな情報でしたし……。人が屍食鬼になったのを目撃したのは、今日が初めてでしたから」


 レイナートは私の両肩を掴み、これまでにないくらい真剣な様子で訴える。


「人が転じて屍食鬼になったというのは、しばらく黙っていてください」

「ど、どうして? シリルさんは――」

「屍食鬼と化した人物の名誉を守る為でもあります。それ以上に、ヴィヴィアの命を守ることにも繋がるのです」


 それは暗に、屍食鬼について必要以上に情報を知ったら、始末されると言っているようなものだった。


「屍食鬼研究の第一人者である、アスマン院長にも、言ってはいけませんの?」

「ええ。今は自分以外を、信じないでください」


 目の前にいるレイナートですら、疑ったほうがいい。彼は言い切った。


「救護院に戻りましょう。きっと今頃、騒ぎになっているはずです」

「え、ええ」


 レイナートは私の手を握り、ずんずんと歩き始める。そのあとを、スノー・ワイトが続いた。


 沈黙が気まずい。それ以上に、手を握られているのが恥ずかしかった。

 それを誤魔化すかのように、彼に話しかける。


「あ、あの、レイナート。あなたはどうしてこちらにいるのです?」

「ヴィヴィア、それは私の台詞です」

「まあ、どうして?」

「私はもともと、フランツ・デールに行くことを希望していました。だから、未練が生まれないよう、あなたに冷たく接したのに――」

「だから……? そのあとなんて言いましたの? 声が小さくて、聞こえませんでした」

「いいえ、なんでもありません」


 驚いたことに、レイナートはフランツ・デールでの屍食鬼退治を望んでいたらしい。

 ずっと申請していたようだが、枢機卿が受理しなかったようだ。

 それも無理はないのだろう。レイナートは枢機卿の孫娘であるアデリッサ様の婚約者候補だったから。


「アデリッサ様との婚約を断ったから、フランツ・デール行きが許可されましたの?」

「よくご存じですね」


 冷ややかな一言に、身が竦んでしまう。

 先ほど耳にした優しい声は、聞き違いだったようだ。


「ヴィヴィア、あなたは枢機卿と結婚するために、ここに来たようですね」


 刺々しい一言に、一瞬言葉を失う。

 枢機卿との約束なんてすっかり忘れていた。まさかレイナートにも伝わっていたなんて。


「あなたがそんなにも、枢機卿と結婚したいだなんて、知りませんでした」

「レイナート、あなたのほうこそ、愛しいお相手への気持ちを優先して、アデリッサ様との結婚をお断りした、というではありませんか!」

「なぜそれを?」

「アデリッサ様から聞きましたの」


 思っていた以上に、責めるようなきつい物言いになってしまった。

 彼の気持ちを咎める資格なんて、私にはないのに。


「その想い人が、こちらにいらっしゃるのですか?」

「え?」


 レイナートは立ち止まり、キョトンとした顔で私を見下ろす。

 何か変なことを言っただろうか。これほど、気の抜けた表情を見た覚えがなかった。


「ヴィヴィア、あなたはわかっていたわけではなかったのですね」

「な、何をわかっていたと言うのです?」

「いいえ、なんでもありません」


 それから、互いに無言で夜の森を歩いていく。

 救護院に戻ると、これまで姿を見せなかった聖騎士たちが走り回っていた。


 私たちが戻ってきたことに気づいたのは、アスマン院長だった。


「ああ、よかった! 生きていたんだね!」


 救護院は屍食鬼の襲撃を受け、大騒ぎだったという。

 病室に屍食鬼が喰らった遺体がいくつかあったものの、損傷が激しく誰かわからなかったようだ。


「いったい、どこに行っていたんだ?」

「不可解な叫び声が聞こえまして、それで、様子を見に行ったら、屍食鬼に襲われてしまい、逃げて森の中へ――」

「そうか。もう少し詳しい話を」


 アスマン院長が手を差し伸べたが、それをレイナートが払う。


「彼女は屍食鬼の襲撃を受け、心身共に疲弊ひへいしています。調査は後日行ってください」

「君は?」

「今日付でフランツ・デール勤務になった、レイナート・フォン・バルテンと申します」

「ああ、君があの……」


 ふたりの間に、何やらバチバチとした不穏な空気が流れる。

 どうしようかと思っていたところに、ミーナがやってきた。


「ヴィヴィア姫ーー!!」

「ミーナ!」


 走ってきた彼女を、ぎゅっと抱きしめる。ミーナは泣いていた。


「こ、これから亡くなった人たちの中に、ヴィヴィア姫がいないか調べるところだったんですよ」

「ごめんなさい、ミーナ」


 彼女につられて、私も涙してしまう。

 抱き合って涙を流す私たちを見たアスマン院長は、「今日はゆっくり休むように」と言ってくれた。

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