再会
どうして彼がここにいるのだろうか。私が見た都合のいい夢なのでは?
頬を抓ろうとした瞬間、レイナートが思いがけない行動に出る。
私を抱きしめたのだ。
耳元で「よかった」と囁く。
その声は、昔の優しかったレイナートみたいだった。
やはり、これは夢なのだろう。だって、レイナートが私に対して優しいわけがないから。
けれども、抱きしめたレイナートはとても温かかった。
これは現実?
なんて考えていたら、遠くから声が聞こえた。
『ちょっとー! あたしを置いていかないでちょうだい!!』
スノー・ワイトの声である。慌ててレイナートの胸を押して離れた。
『ああ、ヴィヴィア! よかった。あなたも無事だったのね』
「ええ」
なんでもスノー・ワイトが逃げる途中に、レイナートと出会ったらしい。助けを求めると、スノー・ワイトを追っていた屍食鬼を倒す。そのあと、私がまだ森で屍食鬼に追われているからと訴えたという。
レイナートはスノー・ワイトが追いつけないほどの速さで、私のもとに駆けつけてくれたようだ。
「スノー・ワイト、ありがとうございます」
『あなたを助けたのは、あたしでなくてあの子だけれど』
「それでも、スノー・ワイトがいなかったら、わたくしは屍食鬼の襲撃に遭っていたでしょうから」
ここまでくると、これが夢でなく現実であると受け入れるしかなかった。
それにしても、不可解なことばかりである。情報を整理しなければならない。
「ねえ、レイナート。この屍食鬼は――」
指し示すのと同時に、屍食鬼の骸が突然発火する。その瞬間、レイナートが懐に入れていた袋を投げる。すると、炎は一瞬にして鎮火した。
骸はあっという間に灰となり、風と共にどこかへ消えていく。
屍食鬼がそこにいたという証拠はなくなってしまった。
「ど、どうして燃えてしまいましたの?」
「屍食鬼の習性と言えばいいのでしょうか。屍食鬼は命が尽きると、このように自然発火するのです」
先ほどレイナートが投げたのは、粉末化させた聖水らしい。これを投げつけると、炎を鎮めることができるようだ。
「屍食鬼が作り出す炎は普通の水では消えず、聖水を使うしかないのです」
「もしかして、被害に遭った町での火災は、屍食鬼のせいでしたの?」
「ええ」
屍食鬼が生み出す炎については初耳である。もしかしなくても、情報規制がされていたのだろう。
なんて恐ろしい事実を、大聖教会は伏せているのか。
ふと、屍食鬼が倒れていた辺りで何かが光る。近づいてみると、それは指輪だった。
「これは――!」
「どうかしたのです?」
ダイヤモンドがちりばめられた、清楚な指輪。これはシリルさんの物で間違いない。
やはり、あの屍食鬼はシリルさんだったのだ。
「ねえ、レイナート! 屍食鬼はシリルさん――聖騎士でしたの!」
それを口にした瞬間、レイナートは私の口を塞ぐ。ぐっと接近し、耳元で囁いた。
「それは、いつ知ったのですか?」
「え、いつって――」
そういえばと思い出す。以前、養育院で子どもが、屍食鬼は聖騎士の鎧をまとっていたと話していたのだ。それをそのままレイナートに伝えると、険しい表情となる。
「ヴィヴィア、それは誰かに話したことはありましたか?」
「いいえ。これまでは不確かな情報でしたし……。人が屍食鬼になったのを目撃したのは、今日が初めてでしたから」
レイナートは私の両肩を掴み、これまでにないくらい真剣な様子で訴える。
「人が転じて屍食鬼になったというのは、しばらく黙っていてください」
「ど、どうして? シリルさんは――」
「屍食鬼と化した人物の名誉を守る為でもあります。それ以上に、ヴィヴィアの命を守ることにも繋がるのです」
それは暗に、屍食鬼について必要以上に情報を知ったら、始末されると言っているようなものだった。
「屍食鬼研究の第一人者である、アスマン院長にも、言ってはいけませんの?」
「ええ。今は自分以外を、信じないでください」
目の前にいるレイナートですら、疑ったほうがいい。彼は言い切った。
「救護院に戻りましょう。きっと今頃、騒ぎになっているはずです」
「え、ええ」
レイナートは私の手を握り、ずんずんと歩き始める。そのあとを、スノー・ワイトが続いた。
沈黙が気まずい。それ以上に、手を握られているのが恥ずかしかった。
それを誤魔化すかのように、彼に話しかける。
「あ、あの、レイナート。あなたはどうしてこちらにいるのです?」
「ヴィヴィア、それは私の台詞です」
「まあ、どうして?」
「私はもともと、フランツ・デールに行くことを希望していました。だから、未練が生まれないよう、あなたに冷たく接したのに――」
「だから……? そのあとなんて言いましたの? 声が小さくて、聞こえませんでした」
「いいえ、なんでもありません」
驚いたことに、レイナートはフランツ・デールでの屍食鬼退治を望んでいたらしい。
ずっと申請していたようだが、枢機卿が受理しなかったようだ。
それも無理はないのだろう。レイナートは枢機卿の孫娘であるアデリッサ様の婚約者候補だったから。
「アデリッサ様との婚約を断ったから、フランツ・デール行きが許可されましたの?」
「よくご存じですね」
冷ややかな一言に、身が竦んでしまう。
先ほど耳にした優しい声は、聞き違いだったようだ。
「ヴィヴィア、あなたは枢機卿と結婚するために、ここに来たようですね」
刺々しい一言に、一瞬言葉を失う。
枢機卿との約束なんてすっかり忘れていた。まさかレイナートにも伝わっていたなんて。
「あなたがそんなにも、枢機卿と結婚したいだなんて、知りませんでした」
「レイナート、あなたのほうこそ、愛しいお相手への気持ちを優先して、アデリッサ様との結婚をお断りした、というではありませんか!」
「なぜそれを?」
「アデリッサ様から聞きましたの」
思っていた以上に、責めるようなきつい物言いになってしまった。
彼の気持ちを咎める資格なんて、私にはないのに。
「その想い人が、こちらにいらっしゃるのですか?」
「え?」
レイナートは立ち止まり、キョトンとした顔で私を見下ろす。
何か変なことを言っただろうか。これほど、気の抜けた表情を見た覚えがなかった。
「ヴィヴィア、あなたはわかっていたわけではなかったのですね」
「な、何をわかっていたと言うのです?」
「いいえ、なんでもありません」
それから、互いに無言で夜の森を歩いていく。
救護院に戻ると、これまで姿を見せなかった聖騎士たちが走り回っていた。
私たちが戻ってきたことに気づいたのは、アスマン院長だった。
「ああ、よかった! 生きていたんだね!」
救護院は屍食鬼の襲撃を受け、大騒ぎだったという。
病室に屍食鬼が喰らった遺体がいくつかあったものの、損傷が激しく誰かわからなかったようだ。
「いったい、どこに行っていたんだ?」
「不可解な叫び声が聞こえまして、それで、様子を見に行ったら、屍食鬼に襲われてしまい、逃げて森の中へ――」
「そうか。もう少し詳しい話を」
アスマン院長が手を差し伸べたが、それをレイナートが払う。
「彼女は屍食鬼の襲撃を受け、心身共に疲弊しています。調査は後日行ってください」
「君は?」
「今日付でフランツ・デール勤務になった、レイナート・フォン・バルテンと申します」
「ああ、君があの……」
ふたりの間に、何やらバチバチとした不穏な空気が流れる。
どうしようかと思っていたところに、ミーナがやってきた。
「ヴィヴィア姫ーー!!」
「ミーナ!」
走ってきた彼女を、ぎゅっと抱きしめる。ミーナは泣いていた。
「こ、これから亡くなった人たちの中に、ヴィヴィア姫がいないか調べるところだったんですよ」
「ごめんなさい、ミーナ」
彼女につられて、私も涙してしまう。
抱き合って涙を流す私たちを見たアスマン院長は、「今日はゆっくり休むように」と言ってくれた。




