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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第二章 王女は戦地へ身を投じる

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不可解なこと

 横になろうとした瞬間、これまで聞いた覚えがないくらいの叫びが聞こえた。

 それは痛みを我慢するためにあげられた声ではないような気がして、ギョッとしてしまう。


「え、今の叫びはなんですの?」


 起き上がったものの、スノー・ワイトが前足で制する。


『あなた、夜間の患者は気にしてはいけないって、ここの院長先生から怒られたばかりでしょう?』

「ええ。ですが、あんな叫び声はこれまで聞いたことがなくって」


 もしも容態が急変したのであれば、アスマン院長の治療を受けなければならないだろう。


「少し、様子を見てきます」

『ヴィヴィア、止めなさいな。あなた、次に何かやらかしたらここから、追放されてしまうのよ?』

「でも、聞かなかったふりはできません」


 ガウンをまとい、魔石灯に光を灯す。ブーツを履いて廊下に出ようとしたら、スノー・ワイトがついてきた。


「スノー・ワイト。ご一緒してくださるの?」

『あなたに何かあったら、ミーナに怒られるからよ。あの子、とんでもなく怖いんだから』

「ありがとうございます」


 廊下は信じられないくらい、静寂に包まれていた。

 毎日屍食鬼に襲われた聖騎士たちが運びこまれているので、四方八方からうめき声が聞こえていたのだけれど……。


『なんだか変ね。いつも以上に不気味な雰囲気だわ』

「ええ。わたくしもそう思います」


 なるべく足音を立てないように、ゆっくり歩いて行く。


「ん?」


 どこからともなく、カリカリ、カリカリという物音が聞こえた。

 それは壁を引っ掻いているような物音だった。


『これ、なんの音なの?』

「わかりません」


 音がしたほうに向かうと、そこはシリルの病室だった。

 そこは大部屋だが、本日一気に数名退院したということで、眠っているのはシリルともうひとりの女性騎士のみ。

 どうやら扉の向こう側に誰かがいるらしい。カリカリという音は、扉を掻く音のようだ。


「あの、どうかなさいました?」

「ううう、ううううう」


 それは、犬が唸るような低い声であった。

 おそらく、シリルの声だろう。


「シリル? どうかなさいましたの?」


 苦しいのならば、アスマン院長を呼んでくる。そう声をかけるが、シリルには私の声なんて聞こえていないかのように、声をあげ続けていた。

 様子がおかしい。


『ね、ねえ、ヴィヴィア。院長先生を呼んだほうがいいわ』

「わたくしも、そう思って――」


 判断しかけたとき、突然扉が開かれる。


「ぐあああああああ!!」


 シリルが突然部屋から飛び出し、短剣を片手に私に襲いかかってきた。


「え、きゃあ!」


 腰が抜け、膝からくずおれる。それが幸いし、短剣は私に刺さらなかった。

 シリルは勢いあまって壁に激突し、苦しげな声をあげている。


「う、ううう、ううううう!!」


 驚いたのと同時に放り投げた魔石灯が、シリルの姿を照らす。

 彼女の肌は赤黒く変色していて、目はギョロリと主張し、口元は耳の辺りまで大きく裂けていた。

 体から湯気がでている。熱いのか、服をちぎって捨てていた。

 白かったはずの服は、真っ赤に染まっている。よくよく見たら、肉片のようなものも見えてゾッとした。

 まさか、同室の女性を喰らったのだろうか? 

 確認したかったものの、それどころではない。

 屍食鬼は短剣を持っているのかと思っていたが、それは違った。

 爪が短剣のように鋭く尖っていたのだ。

 その特徴に、覚えがあった。シリルが以前、話していたのだ。


「屍食鬼――! あれは、屍食鬼ですわ!」

『な、なんですって!?』


 私の声に反応するかのように、再度、屍食鬼は襲いかかってくる。

 片腕がなく、上手くバランスが取れないからか、ふらついていた。

 この屍食鬼は、シリルで間違いない。

 どうして!?


「がああああ! うううう!」


 次々と爪を振り下ろし、攻撃を繰り出す。

 寸前で回避していたが、だんだんと屍食鬼の動きが速くなっていった。


 ここでスノー・ワイトは一回転し、一回り以上大きくなった。


『ヴィヴィア、背中に跨がりなさい。逃げるわよ』

「え、ええ!」


 子馬ほどの大きさになったスノー・ワイトに跨がると、風のように廊下を走りぬける。


「あああああ!! がああああ!!」


 屍食鬼は猛追してくる。人の速さとは思えない。

 スノー・ワイトは救護院を飛び出し、外に出る。

 助けを求めるために、聖騎士たちの天幕に向かっているようだ。


「誰か! 誰か助けて!」


 天幕があるほうに叫ぶが、誰も反応しない。どこもかしこも灯りが消され、寝入っているようだ。


『見張りの聖騎士がいないって、どういうことなのよ!!』

「わ、わかりません」


 このままでは、天幕で休んでいる人たちが襲われてしまう。

 屍食鬼をどこかに誘導しなければならない。


『この先に崖と川があったわ。そこに連れていって、なんとか突き落とせないかしら?』

「やってみましょう」


 救護院を離れ、森のほうへと走っていく。

 屍食鬼は依然として、私たちを追いかけていた。


『とんでもない執着心だわ』

「ええ」


 なぜ、シリルが屍食鬼になってしまったのか。いいや、見間違いかもしれない。シリルが屍食鬼なわけないだろう。

 はっきり見ただけではないし、決めつけるのはよくない。


『あともう少し――きゃあ!』


 目の前に、真っ赤に目が光る魔物がゆらりと出現する。

 別の屍食鬼だった。


『もう、なんなのよ!!』


 前方と後方、屍食鬼に囲まれてしまった。

 私はスノー・ワイトの背中から飛び降り、覚悟を決める。


「スノー・ワイト、二手に分かれましょう」

『そのほうがよさそうね』


 どちらかが生き残って、救援を呼びたい。

 私はスノー・ワイトの俊足に賭けることにした。


『ヴィヴィア、上手くやるのよ』

「ええ、お任せください」


 スノー・ワイトが駆けると、前方からやってきた屍食鬼が追いかけてくる。

 私は後方からやってきた屍食鬼を引きつけた。


 今日は満月で、森の中は比較的明るい。

 ずっと暗闇の中にいたので、目が慣れたのだろう。


「はっ、はっ、はっ、はっ――!」


 必死に走り、屍食鬼から逃げた。

 もうすぐ崖がある場所に辿り着く。

 と、ここで、思いがけないことが起こった。

 木の根っこに足を引っかけ、転んでしまったのだ。


「きゃあ!!」


 これ幸いと屍食鬼が私に追いつき、逃げないように馬乗りとなった。


「がああああああ!!」


 月明かりに照らされ、屍食鬼の姿をはっきり見てしまう。

 シリルは目元にほくろがあった。この片腕の屍食鬼は、間違いなくシリルなのだ。


「シリル、どうして――!?」

「うがあああああ!!」


 屍食鬼は私の肩を押さえ付け、噛みつこうとする。

 ぐっと奥歯を噛みしめ、衝撃に備えた。


「がああああああ!!」


 それは、屍食鬼の断末魔の叫びである。

 私に迫っていた顔が、吹き飛んだのだ。


「え?」


 月明かりを浴びた剣が、弧を描く。それを手にしていたのは、白き鎧に身を包む聖騎士。


「どう、して?」


 突如として現れた聖騎士は、とてつもない美貌の持ち主だった。

 その姿は、見覚えがあった。

 

「レイナート!」


 久しぶりに口にする名に、自分でも驚いてしまった。 

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