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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第二章 王女は戦地へ身を投じる

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説教される

 ここにやってきて、早二週間ほど。初めて院長室に足を踏み入れる。

 アスマン院長は腕組みし、険しい表情で私を見つめていた。


「どうして呼び出されたか、わかるね?」

「申し訳ありません。まったくわかりませんの」


 なんとなくしらばっくれてみる。すると、アスマン院長の眉間の皺はさらに深くなっていった。


「夜灯の聖女……夜、痛みで苦しむ患者に声をかけて回り、勇気づけてくれる心優しき女性――。知らないとは言わせないよ」


 ここまで指摘されてしまったら、言い逃れなんてできないだろう。


「勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 謝罪に対し、アスマン院長はため息を返した。


「困るんだよ。こういうことをされたら」

「本当に、反省しております」


 患者が夜間に感じる痛みは、〝瞑眩反応めいげんはんのう〟と呼ばれるものらしい。


「高い熱を発して傷口が酷く痛むのは、回復の兆しなんだ。四、五日したら治まって、そのあとは傷の治りが早くなる」


 その状態を促すのに、聖水を混ぜた水を飲むのが効果的とされているようだ。


「それなのに、ただの水を与えていたなんて。信じられない」

「聖水を混ぜた水を与えたら、吐き出してしまったんです。だから――」

「良薬、口に苦しとも言うだろう」


 私が余計な行動をしたおかげで、患者の治りが遅くなっているという。


「しかし、患者さんは明るくなったと思います」


 私がやってきた日に、片腕を失って運び込まれた女性の聖騎士――名前はシリルという。彼女は最近、微笑んでくれるようになった。傷口の痛みもだいぶマシになったという。


「それではダメなんだ!!」


 アスマン院長は拳を机に叩きつける。怒りの形相で、私を睨みつけてきた。


「君がしているのは、患者が苦しむ期間を延々と長くしているだけ。看護でもなんでもない。患者を想ってなどと主張するのは、思い上がりとしか言いようがない」

「――っ!」


 アスマン院長の言葉が、胸に深く突き刺さる。

 彼の言うことに間違いはないだろう。


「今後、夜の見回りは止めるように。次、同じ行為を働いたら、王都に戻ってもらうよ」

「承知しました」


 これを携帯しておくように、と差し出されたのは小瓶に入った聖水である。


「患者が苦しんでいたら、率先してこれを飲ませるように」

「ええ、わかりました」


 話は以上、下がるようにと言われ、会釈して去る。

 アスマン院長は屍食鬼の被害を受けた人たちのため、日夜働いているという。修道女曰く、毎日夜遅くまで働いていて、睡眠時間は二時間もないのでは、と言っていた。

 そんなアスマン院長から見たら、私の行為は勝手としか言いようがなかった。

 心の中で反省する。


 よかれと思ってやっていたことが、却って患者を苦しめる結果となってしまった。

 本当に、申し訳なくなる。


 しょんぼりしているところに、本日の仕事を任される。

 ひとりひとり聖水を飲ませるという、奉仕活動の中でも大変な作業だった。


 始めに向かったのは、シリルのもとだ。小部屋から大部屋に移され、大部屋で治療に専念している。


「こんにちは。聖水のお時間です」 


 カーテンを広げると、シリルは明らかにうんざりとした表情でいた。


「一日の中で、聖水を飲む時間が一番嫌い」

「これを飲んだら元気になりますから」


 なんとか説得し、決まった量を飲み干してもらった。

 聖水を呑み込んだシリルは涙目となり、口直しにと取っておいたリンゴを一切れ食べる。

 そのあとも、胸を押さえて不快そうな表情を浮かべていた。


「聖水って、そんなにおいしくありませんの?」

「おいしくないなんてもんじゃない。泥水を啜っているようなんだ」

「泥水……」


 それならば、毎回拒絶反応を示すのも無理はないだろう。

 屍食鬼に襲われて怪我しただけでも大変なのに、その後も苦労が続くなんて……。胸が締めつけられる。


「でもまあ、傷はよくなっているんだと思う。もう、痛みなんて感じないから」

「それはよかったです。聖水のおかげですね」

「うーん。認めたくないけれど、そういうことになるのかな」


 アスマン院長の言う通り、聖水をきちんと飲んでいたら傷はすぐに治る。

 これからは嫌がっても、水を与えてはいけないのだろう。

 私が間違っていた。

 シリルと話して、余計にそう思えるようになった。


「大切なものを守ろうとして、利き腕を失ってしまった。バカみたいなんだけれど」

「大切なもの、ですか?」


 シリルは頷きながら、左手の薬指に嵌められた指輪を見せてくれた。

 ダイヤモンドが散りばめられた、清楚な指輪である。


「婚約指輪なんだけれど、剣を握るのに邪魔だから、左指に嵌めていたの」


 屍食鬼に襲われたさい、婚約指輪を守るように右手で守ったのだという。その結果、利き腕を失ってしまった。


「婚約者はずっと、王都に戻ってこいって言っていたんだ。でも、困っている人たちは大勢いて、私だけ幸せになるわけにはいかないって、意地を張っていた――」

「シリルさん……」


 彼女は涙を堪えたような表情で、私を見上げながら言った。


「精一杯がんばったから、もう、幸せになっていいと思う?」

「もちろんです」

「ありがとう」


 その日から、シリルさんと少しずつではあるものの、会話を交わすようになった。

 聖水を頑張って飲んでいたからか、回復は他の負傷者よりも早い。

 そろそろ退院日も決まるという中で、ある話を耳にした。


「そういえば、屍食鬼を見たことはある?」

「いいえ、ございません」

「そう」


 二度と、見ないほうがいい。シリルは屍食鬼の姿を思い出したのか、頭を抱え込む。


「あれは、人の形をした本物の化け物だ。あんな恐ろしいもの、これまで見たことがない」


 なんでも肌が赤黒く、目がぎょろりと出ていて、口は大きく裂けている。

 ナイフのような爪先で、襲いかかってくるらしい。


 屍食鬼についてもっと詳しく聞きたかったものの、シリルが辛そうだったので、何も聞かないでおいた。


 ◇◇◇


 それからというもの、私は夜の見回りを止めた。その代わりに、夜間に文章を綴る。

 眠ってしまったミーナを起こさないように、こっそりと行うのだ。

 一番に寝入ったと思っていたスノー・ワイトがテーブルに跳び乗って、私の手元をじっと覗き込む。


『ヴィヴィア、何を書いているのよ』

「屍食鬼と戦う、勇敢な聖騎士の記録ですわ」


 これまでも、前線で戦う聖騎士についての記事が出回っていた。

 私が書くのは、救護院で治療を行う聖騎士たちの話である。


「みなさん、本当に辛い思いをしながら戦っていますの。それを、たくさんの方々に知っていただきたくって」

『そう』


 毎日書いた分だけ、兄に向けて送る。

 もちろん、大聖教会の情報規制を受けたら堪らないので、伝書鳥を使って運んでもらう。

 伝書鳥は魔石を餌とし、たった半日で王都の兄のところまで手紙を運んでくれる。

 王家が古くから連絡手段として利用している特別な鳥なのだ。 


『今日はもう、それくらいにしておきなさい。もう寝るのよ』

「そうですね」


 あっという間に一日が終わる。

 ここで私ができることは少ないが、いないよりはマシだろう。そう思いながら、日々過ごしている。 

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