救護院での暮らしについて
ちょうど食事の時間だからと、食堂に案内してもらう。
思っていたよりもこぢんまりとしていて、十名ほどが飲食できるテーブルが二組あるばかりだった。
本日の夕食は、蒸したジャガイモと白湯。パンを焼く余裕さえないらしい。
ジャガイモはひとりにつき二個与えられる。食堂にカトラリーの類いはなく、皮つきのままのジャガイモを鍋から取る仕組みらしい。
「食器を洗う手間を省くため、ここでの食事は大抵手掴みで食べられる物なんです」
「まあ……そうでしたのね」
とにかく人手不足だということで、手間は最低限という中で暮らしているようだ。
修道女たちは各自で持ち込んだ手巾にジャガイモを置き、黙々と食べていた。
それに倣って、私たちもハンカチを広げた上でジャガイモをいただいた。
一応、塩ゆでしているとのことだが、ジャガイモそのままの味わいだった。
そんなジャガイモを、ありがたくいただく。
その後、メアリさんに私室を案内してもらう。寝台が二台置かれた二人部屋である。ミーナと一緒に使えるように手配してくれたらしい。
「事前に他の修道女と同じ扱いをしてほしいと希望されていたので、食事や入浴時の配慮はありません」
「ええ、わかりました」
食事は朝と夜の一日二回、お風呂は三日に一回だという。
どれも調理や風呂の準備に修道女の手を割かないために、最小限の頻度で行っているようだ。
ちなみに聖騎士たちは朝昼晩の食事に、毎日入浴できる環境らしい。それを聞いて安心した。
「今日はゆっくりお休みください。本格的な奉仕活動は、明日よりお願いします」
説明を終えたメアリさんは、会釈して去っていった。
窓際に置かれた椅子に腰をかけ、ふー、とため息をついていたら、どこからともなくスノー・ワイトが現れる。
『あー、もう、どこに行っても血の臭いしかしないわ』
「仕方がありませんわ。ここは屍食鬼と戦って負傷した聖騎士たちを治療する、救護院ですから」
『そうだけれど……。まあ、ここはマシね』
スノー・ワイトは私の膝に跳び乗って丸くなる。もふもふの毛並みを撫でていたら、なんだか癒やされてしまった。
ミーナのほうを見ると、羨ましそうな視線を向けているのに気づく。
「ミーナも触ってごらんなさいな」
「しかし、妖精さまを撫でるなんて」
「大丈夫。よく眠っているわ」
「で、でしたら」
スノー・ワイトを撫で、ひとときの癒やしを味わったのだった。
その後、ミーナが王都から持ってきた品を紹介する。
「ヴィヴィア様、私、〝携帯魔石風呂〟を譲ってもらったんです」
「携帯魔石風呂、ですか?」
「ええ。冒険者などが野営をするときに、入浴できる画期的な道具らしいのです」
なんでも冒険者だったミーナの叔父から、餞別として渡されたのだとか。持ち運びできるように、魔法仕掛けの収納箱に入れられているらしい。
ミーナが旅行鞄から、手のひらサイズの小箱を取り出した。
表面には呪文が刻まれており、指先で摩ったあと床の上に設置する。すると、大きな浴槽が箱から飛び出してくる。
「まあ! こんなに大きな浴槽が入っていたなんて」
「驚きですよね」
浴槽に埋め込まれた魔石に魔力を込めると、あっという間に湯で満たされる。
「この魔石は月明かりの晩に外に置いておくことにより、魔力を溜められるそうです」
「便利ですのね」
「ええ。話を聞いたときには驚きました」
浴槽の中で体を洗ったあとは湯を抜く。湯は魔法の力を使い、一瞬で蒸発される。
再び湯を張って泡を落としたあと、今度は体に付着した水分ごと蒸発してくれるようだ。
「湯布すらいらない、というわけですのね」
「画期的ですよねえ」
「本当に」
これはドワーフ族に作らせたとっておきの品で、値段は付けられないという。ミーナの叔父曰く、フランツ・デールではまともに風呂も入れないだろうから、という言葉とともに託されたらしい。
「お風呂が三日に一度だったなんて。叔父が言っていたことが当たるとは思ってもいませんでした」
「そうですわね」
ミーナの叔父に感謝し、ありがたく使わせていただこう。
そんなわけでミーナと交代で入浴し、消灯時間前に布団に潜り込んだ。
スノー・ワイトも、私の布団に寝転がる。
『大聖教会のリネンよりも、ゴワゴワしていて寝心地が悪いわね』
「建物の中で休めるだけ、贅沢なことですわ」
屍食鬼に襲撃を受けて炎に呑み込まれた村では、天幕の中で寝泊まりしていた。それを思えば、今がどれほど恵まれた環境にあるのかひしひしと痛感してしまう。
その話を聞いて納得してくれたのか、スノー・ワイトは『おやすみなさい』と言って眠り始めた。
「おやすみなさい、スノー・ワイト。ミーナも」
「ヴィヴィア姫、おやすみなさい」
目を閉じたが、心が落ち着かないからか眠れそうにない。
それから何度も寝返りを打っているうちに微睡んでいく。
意識が遠ざかりかけていた瞬間、遠くから叫び声が聞こえた。
何事かと思って起き上がる。
『きっと患者の声よ』
「あ――!」
起きていたのかとコソコソ話しかけると、『何度も寝返りを打つ人の隣で熟睡できるわけないじゃない』と言われてしまった。丁重に謝罪する。
「女性の声でしたね。もしかしたら、夕方に治療を受けた聖騎士でしょうか?」
『そうかもしれないわ』
手元に置いてあった魔石灯を灯し、寝間着の上からガウンをまとう。
『ちょっと、どこに行くのよ』
「様子を見てきます」
『放っておきなさいよ』
「でも、気になりますので」
ミーナは深く寝入っているようだった。起こすのも悪いので、そのままひとりで行こう。
『ちょっと待ちなさい。あたしも一緒に行くわ』
「よろしいのですか?」
『ええ。あなたひとりだと、心配だから』
「スノー・ワイト、ありがとうございます」
そんなわけで、スノー・ワイトとふたりで患者の様子を見に行くこととなった。




