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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第二章 王女は戦地へ身を投じる

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治療行為

「こんな若輩者が院長をやっているって、驚いた?」

「ええ、まあ」

「安心して。これでも二十九歳だから」


 もしかしたら同年代かもしれない、なんて思っていたが年上だった。

 なんだか誰かに似ているような気がして、初めて会った気がしない。

 考えるも、該当する人物は思い当たらなかった。


「それにしても驚いたな。王女さまがこんなところにやってくるなんて。もしかして、新聞で報道されていた初恋相手がここにいるとか?」

「その辺は想像にお任せします」

「冗談だよ」


 アスマン院長はにこにこと愛想よく微笑みつつ、ぐっと接近して耳元で囁く。


「枢機卿の、王家をも手中に収めたような発言をもみ消すために、わざと記事を出したんでしょう?」


 これまで誰も気づかなかった真実だった。慌てて身を引き、ジロリと睨みつける。

 アスマン院長は両手を挙げ、「貴婦人に対する距離感じゃなかったね」と謝る。

 相手が謝罪したのに、私は悔しくなった。こういうときこそ、余裕のある態度で言葉を返さなければならないのに。


 ドミニク・アスマンは油断ならない人物である。この先絶対に隙を見せてはいけない。


「本当に悪かったね。お詫びとして、お茶でも振る舞わせてくれないかい?」


 正直、お断りという言葉が喉までせり上がってきたものの、ごくんと呑み込む。

 ここで関係を悪くしてしまったら、奉仕活動がしにくくなるだろうから。

 喜んで、と返事をしようとしたそのとき、遠くから叫び声が聞こえた。


「アスマン院長、急患です!!」


 修道士たちが、担架に乗せた患者を乗せて走ってきた。

 先陣を切ってやってきた修道士が、事情を説明する。


「十分前に屍食鬼が出現。討伐に向かった聖騎士のひとりが負傷。片腕を失っています」

「わかった」


 運ばれた聖騎士は女性だった。右腕を失い、必死に左手で傷口を押さえている。

 痛みに我慢できず、叫んでいた。


「ああああ、あああああああ!!」


 全身血まみれだが、すべて彼女の血というわけではないのだろう。

 その姿を見ただけで、どれだけ壮絶な場にいたのかわかる。


 聖騎士は重傷者を治療する部屋に通され、処置を始めるようだ。

 アスマン院長は私を振り返り、こちらに来るようにと手招いた。


「これから屍食鬼の襲撃で受けた傷の治療を行う。君もよく見ておくように」

「ええ、わかりました」


 ミーナも傍についてくれるようだ。スノー・ワイトは人の血の臭いが苦手らしく、どこかへ行ってしまった。


 聖騎士は痛みにのたうちまわっていたが治療台に乗せられ、修道士たちが体を押さえつける。

 紐で縛って止血し、傷口に聖水をかけた。

 ジュウジュウと音が鳴り、白い煙が上がる。


「うわああああああ!!」


 ミーナは見ていられず、顔を逸らした。

 私は治療を見届ける。

 口からも聖水を飲まされていたが、一度吐き出していた。いったいどんな味わいなのか。


「これから汚染された部位を切り落とす。よく押さえておくように」


 ゾッとするような治療だった。

 すぐさま始めようとしていた私はアスマン院長に、質問を投げかける。


「あの、回復魔法で痛みを和らげることはできないのですか?」

「聖水と回復魔法は反発する。効果がなくなるから、絶対にしてはいけない」

「そう、でしたのね」


 ならば、私にできることはひとつしかない。

 修道士が押さえ付けていた聖騎士の腕が振り払われる。今だと思い、手を伸ばす。


「あああ、あああああ!!」


 宙に浮かんだ手を、私は掴んだ。ぎりり、と強く握られる。


「おい、止めるんだ。患者に触れるな。君の指の骨を折ってしまうかもしれない」

「平気です」

「平気なものか!」

「アスマン院長は治療に専念なさってください」


 その言葉を聞いたアスマン院長は、呆れた視線を私に向ける。


「もし何かあっても、治療なんてしてあげないから」

「自分自身に回復魔法をかけますので、どうかお気になさらず」


 手術が始まった。痛み止めもなしに行うのは、想像を絶するような苦しみだろう。耳をつんざくような叫びが、治療室に響き渡っていた。

 私は彼女の耳元で、励まし続ける。


「勇気あるお方、すぐ終わりますからね。大丈夫ですよ。大丈夫――」


 手早く済ませたようで、縫合まで三十分とかからなかった。

 聖騎士は途中で気絶したものの、私の手はしっかり握ったままだった。


 処置が終わったあと、ミーナの手を借りて聖騎士の手を離した。

 聖騎士が運ばれていくと、ため息がひとつ零れる。

 ミーナが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ヴィヴィア姫、手は、その、お怪我はないでしょうか?」

「あ――そうでした」


 聖騎士に握られた手は真っ赤になっていた。強い力が込められていたからか、離されたあともジンジン痛む。


「大丈夫みたいです」

「呆れた王女さまだ。相手が男だったら、君の手は複雑骨折していただろうね」

「見ていられなかったので」

「ここには先ほどのような患者が大勢運ばれてくる。いちいち同情し、身を切るような行為を働いていたら、いつか身を滅ぼしてしまうよ」


 彼の言うことは間違いではないだろう。二度としないとここで誓った。


「それにしても、回復魔法が痛みを和らげることすらできないなんて。わたくしがここにやってきた意味はなさそうで、がっかりしてしまいました」

「そんなことはないよ。王女である君がやってきたことによって、聖騎士たちの士気は上がるだろう」


 アスマン院長は私の肩をポン! と叩き、人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。


「これからよろしく頼むよ」


 肩に置かれた手を払いながら、私は頷いたのだった。

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