フランツ・デールにて
それから二日間かけて各地を転々とし、被害に遭った人々を慰問して回った。
思っていたよりも私の顔は知れ渡っていたのは驚いた。なんでも建国記念日で販売される記念品に私や兄の顔が描かれているので、王都から遠く離れた地域の人たちも王族を把握しているらしい。
どこに行っても喜んでもらえたので、勇気をだしてやってきてよかったと思った。
大聖教会から出て行くという判断は、間違いではなかったようだ。
最後の町を発つと、あっという間にフランツ・デールに辿り着いた。
聖騎士たちの拠点となっているのは、かつて礼拝堂があった場所である。
礼拝堂の外には天幕が張られ、そこで寝泊まりしているらしい。
内部は負傷した聖騎士を治療する施設となっており、現在は〝救護院〟と呼ばれている。
私たちを迎えてくれたのは、聖騎士の隊長を務める男性だった。
年頃は四十代後半くらいだろうか。見上げるほどに背が高く、顔は厳つい。熊のようにがっしりとした体付きで、これまで優美な聖騎士しか見ていなかったので驚いてしまう。
額に大きな傷があり、聖騎士というよりは歴戦の傭兵といった雰囲気であった。
「お迎えいただき、心から感謝いたします。わたくしはヴィヴィア・マリー・アイブリンガー・フォン・バルテンと申します」
「大聖教会、第一騎士隊所属、バメイ・ブルームと申す」
ブルーム隊長は胸を手に当てて、深々と頭を下げる。彼だけではない。背後に控えていた騎士たちも同様に頭を低くした。
迎える態度が王族に対するそれだったので、もう王女ではないという旨を伝える。
「我々が誠意をもって接するのは、あなたさまが王族だからではない。このような場所に単独でやってくる勇気を称えているからだ」
「そうだったのですね。お気持ち、嬉しく存じます」
その後、ブルーム隊長は申し訳なさそうに言った。なんでも、私の護衛に割ける聖騎士がいない、と。
屍食鬼から受けた被害は日々広がっており、負傷して動けなくなった者も多いという。
そのような状況で、護衛を求めるのは間違っているだろう。
「連れてきた侍女が護衛もできますし、妖精も連れておりまして、加護もあります。どうかご心配なく」
スノー・ワイトに加護の力があるかはわからないが、ブルーム隊長を安心させるために伝えておいた。
ミーナが持っていた手提げかごの中から顔を覗かせたスノー・ワイトは、ブルーム隊長と目が合うや否や、片目をパチンと瞑る。
すると、ブルーム隊長がうろたえたのが面白かったのか、上機嫌な様子だった。
これから救護院の内部を案内してくれるという。ブルーム隊長と入れ替わりになるように、二十代半ばくらいの背が高い赤毛の修道女がやってきた。
「メアリと申します。以後お見知りおきを」
「ヴィヴィアです。どうぞよろしくお願いいたします」
中へ入る前に、救護院で働く者たちが着用する白衣に着替えた。頭には三角巾を当てて、口元はガーゼで作られた防護布で覆う。
「屍食鬼から受けた傷からは、肌に悪影響を及ぼす汁がでてくるので、素手で触れないように注意しておいてください」
「わかりました」
救護院の扉の向こうは寝台がずらりと並んでいた。包帯が巻かれた聖騎士たちが苦しそうにうめき声を上げている。
白衣をまとった修道女や修道士は、忙しそうに走り回っていた。
「ここにいるのは、軽傷者です」
「そう……ですのね」
あんなに痛がっているのに、軽傷だと聞いて驚いてしまう。
以前、屍食鬼から受けた傷には、回復魔法や一般的な薬は効かない、なんて話を耳にしていた。だがそれだけでなく、痛み止めなども効かないらしい。聖水は傷を癒やすものではく、悪化を防ぐだけで、回復は自力で行うしかないようだ。
いくつかに分かれた病室をメアリはざっくりと案内してくれた。
最後に訪れたのは、重傷者を治療する部屋だった。
ここだけ結界は張られており、関係者以外立ち入り禁止と書かれてある。
「ここはアスマン院長の許可なしに、立ち入ることはできません」
ドミニク・アスマン――聖水を作っただけでなく、さまざまな魔技巧品を製作し、大聖教会の権威を取り戻すのに一役買った男。
「アスマン院長との面会は、いかがなさいますか?」
「お忙しいかと思いますので、また今度、機会がありましたら」
なんて話をしていたら、扉が開かれる。中から白衣姿の男性が出てきた。
私に気づくと、帽子と口元の防護布を外す。
瑠璃色の珍しい髪色に、灰色の瞳を持つ二十歳前後の青年であった。
人懐っこそうな雰囲気で、目が合うとにっこり微笑む。
「君は、もしかしてヴィヴィア王女?」
「ええ、そうですけれど」
あなたは? と問いかける前に、名乗ってくれた。
「そう。俺はここの院長を務める、ドミニク・アスマン」
「あなたが――!?」
ドミニク・アスマンは想定していたよりも一回り以上若かった。