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空へ

 翌日も、レイナートと会えなかった。仕方がないので、そのまま出発する。

 ミーナが心配そうに私を覗き込み、言葉をかける。


「バルテン卿を捜してきましょうか?」

「いいえ、大丈夫。きっと会ったら――」


 悲しくなってしまうだろう。

 レイナートの心の中には、愛すべき女性がいる。そんな彼の前で、素直な気持ちのままお別れの挨拶なんてできるわけがなかった。

 もう、会わないほうがいい。レイナートの不在は逆に都合がよかった。


「ミーナ、行きましょう」

「は、はい」


 ミーナが持ち上げた手提げかごの中から、スノー・ワイトが顔だけ覗かせて叫んだ。


『ちょっと! あたしもいるわよ!』

「はいはい。スノー・ワイトも一緒に行きましょう」

『もちろんよ。忘れないでね』

「肝に銘じておきます」


 旅行鞄を手に、私たちは旅立つ。これから何が起こるのか、まったく想像できない。

 けれども、前に進むしかないのだ。


 ◇◇◇


 魔石飛行車は思っていたよりも大きかった。馬車四台分くらいだろうか。

 大きな車輪がついていて、魔力で作った線路を走っていくらしい。話に聞いただけでは、本当に空を飛ぶのか信じがたい気持ちになってしまう。

 私が呆然としている間に、支援物資が次々と運びこまれていった。

 最後に私たちが乗ると、魔石飛行車は飛行準備に取りかかり始めた。

 内部は広く、二十名ほど乗れるだろうか。車内に運転席があり、円形の持ち手で方向を調整し、速度は足元にある加速、減速、停止の踏み板で制御するようだ。

 護衛の聖騎士が三名いて、彼らが座る場所以外は荷物が置かれていた。

 自分の荷物は座席の下に押し込んでおく。スノー・ワイトは手提げかごの中から出て、私の膝の上に座った。重さを感じないので、まったく問題はない。


「ヴィヴィア姫、本当にこの乗り物は空を飛ぶのでしょうか?」

「わたくしも、信じがたい気持ちでいるのですが」


 なんて話をしているうちに、運転手が「離陸します」と声をかける。

 思わず、スノー・ワイトを抱きしめてしまった。

 大きな車体はガタリと動き、のろのろと走り始める。

 馬が引くことなく、車が勝手に動くだけでも驚きだ。

 そうこうしているうちに、車体が浮いていく。窓を覗き込むと、地上がどんどん離れていくではないか。


「まあ! ミーナ、スノー・ワイト、ご覧になって!」

「ええ、ええ。すごいです」

『本当に空を飛んでいるわ。人間の技術って、案外バカにできないのねえ』


 初めて空を飛んだ私たちは、飽きるまで窓の外の景色を眺めていたのだった。

 浮かれていたのは最初の一時間くらいで、山を越えた先にある町に辿り着いた頃には誰もが言葉を失っていた。

 そこは、屍食鬼の襲撃によって大火災が発生し、町の半分が炎に呑み込まれてしまったのだ。この町について、今日初めて知った。これだけの被害がきちんと周知されていなかったのは、驚きを通り越して怒りさえ覚える。

 大聖教会が町の外に天幕で作った簡易的な住居を提供し、毎日炊き出しなどをして支援しているようだ。

 周囲は聖騎士が守っているようで、危険はないという。


 普段、魔石飛行車は支援物資の運搬に使っているようで、着陸した途端に修道女や修道士たちが駆け寄ってくる。

 荷物は次々と下ろされ、最後に私たちも降りて外の空気を吸うように言われた。

 運転手が、その理由を教えてくれる。


「空の上は魔力濃度が高くて、長時間いると具合が悪くなってしまうんです。一応、強い結界で魔力の干渉を避けてはいるのですが、それでも影響はあるようで」

「そういうわけでしたのね」


 この世界は〝世界樹〟と呼ばれる魔力を溜める巨木を土台とし、長きにわたって存在していた。

 月から降り注いだ魔力は世界樹がそのほとんどを吸収し、広く張った根を通して各地に供給される。空中には世界樹が吸収する前の濃い魔力が漂っているのだろう。


 魔石飛行車から降りると、呼吸がしやすいような気がした。気づかないうちに、高濃度魔力の影響を受けて息苦しい状態になっていたのかもしれない。


 せっせと働く修道女のひとりに声をかける。


「あの、わたくしに手伝えることはあります?」

「はい――って、王女殿下でしょうか!?」

「ええ。元王女ですけれど」


 彼女はずっとここにいたらしく、私が王位を返した話は知らなかったらしい。


「あ、でも、新聞は三日に一度まとめて届けられているんです。その、私が読んでいなかっただけで」

「いえ、どうかお気になさらずに」


 子どもたちに向けた支援物資があるということで、それを運ぶ作業を手伝うこととなった。

 

「あっちに黄色い旗が立っているんですけれど、そこがその、親を亡くした子どもたちが集まっている天幕なんです」


 支援物資の中はお菓子が入っているという。

 天幕を開いて修道女が声をかけても、子どもたちのほとんどは反応を示さない。

 無理もないだろう。突然屍食鬼に襲われ、親を亡くしてしまったのだから。

 何か力になれないか。

 傍にいた八歳くらいの女の子に声をかけてみる。


「お菓子、食べてみません?」


 私の声に反応し、こちらをじっと見つめる。

 虚ろだった瞳が、探るようにこちらに向けられた。


「え、もしかして、ヴィヴィア王女さま?」

「えっと、ええ」


 戸惑いつつ頷くと、女の子は立ち上がる。背後の子どもたちを振り返って叫んだ。


「ねえ、みんな、ヴィヴィア姫がやってきてくれたわ!」


 皆、身をかがめて蹲っていたが、立ち上がって私のもとへ集まってきた。


「本物の王女さまだ!」

「きれい。お人形さんみたい」

「こんなところにくるなんて!」


 私を見つめる子どもたちの瞳は、キラキラ輝いていた。

 今だと思い、お菓子を配る。


「どうぞ。よろしかったら召し上がって」

「あ、ありがとう」


 次々とお菓子を配っていく。皆、嬉しそうに受け取ってくれた。

 それから子どもたちの話に耳を傾ける。

 両親を失い、不安な毎日を過ごしていたらしい。

 養育院に連れていく、という話もあったようだが、生まれ育った町を離れたくないと言ってとどまっていたようだ。


「養育院は優しい院長先生と、楽しい仲間たちがいますの」

「だったら、行ってみようかな」

「僕も」

「私も」


 ここにいる全員、養育院に身を寄せる覚悟を決めてくれたようだ。

 滞在は一時間半くらいだったが、あっという間だった。

 子どもたちに笑顔が戻ってきた、と修道女に感謝される。


「王女殿下、本当にありがとうございました!」

「いえ……。お役に立てて何よりです」


 これまで養育院の子どもたちと接していたおかげで、今日は上手く振る舞えたのだろう。私がこれまでやってきたことは無駄ではなかったのだ。


 地上から子どもたちの見送りを受けつつ、魔石飛行車は飛び立つ。

 次なる目的地を目指したのだった。 

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