国を取り巻く困った大問題について
枢機卿――バルウィン・フォン・ノイラートとの結婚なんてありえない。兄や枢密院も大反対だった。
けれども双方の平和的な関係を取り持つためには、私との結婚が不可欠だろう。
そもそもなぜ、大聖教会と枢密院の関係は悪化してしまったのか。それに関しては、歴史を遡らないといけない。
その昔、ワルテン王国は教皇をトップとする大聖教会の支配下にあった。
しかしながら教皇は当時の王妃に横恋慕し、権力を振りかざして手を出したのだ。
それを知った国王は激怒し、それがきっかけで内戦となった。
教皇は失脚――同時に、大聖教会はワルテン王国の支配下になるという、立場の逆転が起こったのだ。
以降、大聖教会のトップは枢機卿とし、教皇が立てられることはなかった。
大聖教会側はそれをよく思っておらず、対立関係が長年にわたって続いていた。
教皇の失脚後、大聖教会の勢いは失っていった。
このまま各地にある教会の規模も小さくなっていくだろうと言われていたのに、十五年前に起こった事件により、力関係が大きく変わる。
それは、屍食鬼の出現だった。
突然現れ、人々を次々と襲ったのだ。歴史あるワルテン王国の騎士は太刀打ちできず、次々と命を落としていった。
そんな中で、国民を救ったのは大聖教会の聖騎士だった。
聖なる力を付与した剣で屍食鬼を次々と倒し、危機に瀕した国を救ったのだ。
そして屍食鬼の襲撃により負傷した者達を、法衣術士が作った〝聖水〟が癒やす。
救世主とも言える大聖教会は国民からの寄付で立て直し、あっという間に権威と名声を取り戻したのだった。
聖水は無償ではない。寄付と引き換えである。
その金額は金貨一枚と、庶民が一ヶ月働いて支払えるほどの額であった。
ただ、命と引き換えともなれば、安いものだという認識なのだろう。
寄付ができない者は、大聖教会での一年の奉仕と引き換えとなる。これも、命がかかっていれば、誰もが呑み込む条件であった。
年々屍食鬼は増え続け、国民は大聖教会の聖騎士と聖水頼りの生活となる。
もちろん、その状況は王家側にとっては愉快なものではない。
両親は大聖教会の枢機卿を毛嫌いし、屍食鬼に襲われても聖水での治療を拒んだのだ。その結果、命を落としてしまったのだが……。
結婚の条件を呑んだら、国側にも聖水の作り方を提供してくれるという。
これまで大聖教会が独占していた利益が、得られるようになるわけだ。
私ひとりが犠牲になるだけで、平和と益がもたらされる。
わかっているのに、頑固な兄は頷かなかったのだ。
「絶対に、ヴィヴィアをバルウィンなんかに嫁がせるわけにはいかない……!」
徹夜して仕事し、鼻血を噴いてしまった兄は、横になった状態で怒りを露わにしている。
肉付きの悪い細腕が見える度に、心苦しくなった。
病弱で後ろ盾がない兄は、立場がどうしても弱い。けれども、意思は誰よりも強かった。
こうだと決めたことは、絶対に揺るがないのである。
だから私と枢機卿の結婚も、何があっても認めないのだろう。
「ヴィヴィアは誰よりも幸せになるべきなんだ」
「お兄さま、ありがとうございます。そのお言葉だけで、嬉しく思います」
「ヴィヴィア、これは理想を語っているのではない。いつか現実を――げほっ、げほっ!!」
話はここまでだ。今日はゆっくり眠るようにと、布団を深く被せる。
兄は三ヶ月前に結婚したものの、病状は日々悪化するばかり。子どもを作れるような状況ではなかった。
王妃となった隣国の姫君は、きっと居心地悪い思いをしているに違いない。信用している侍女たちをつけ、心に寄り添うように命じている。
「ミーナ、行きましょう」
「はい、ヴィヴィア姫」
侍女を引き連れ、向かった先は会議室である。これから三日に一度行われる議会に参加するのだ。
普段、私の参加は認められていないのだが、結婚に関わる話し合いのときだけこうして呼び出される。
今日も今日とて、枢機卿と私の結婚について不毛な話し合いが行われる。
四十歳以上の貴族から選ばれた、議長、副議長、顧問官からなる五十名で構成された枢密院の人々は、私に陰鬱な視線を向けていた。
枢機卿との結婚に賛成しているのは、たった五名だけ。
今はどのようにして断るか、という話し合いを続けている。
こんなことで意見を交わす暇があったら、屍食鬼の被害状況をまとめて支援の手を広げたらいいのに。なんて、口が裂けても言えるわけがない。
私が自由気ままな発言をしたら、兄の立場がたちまち悪くなる。
考えや意見は慎重に口にしなければならないのだ。
今日は議長と副議長の顔色が真っ青である。どうかしたのだろうか。
尋ねる前に、そうなった理由について語り始める。
「実は、枢密院で以前話し合った枢機卿の暗殺計画が、大聖教会側に露見してしまった。水面下で、聖騎士たちの謀反が話し合われているという」
今の状況で聖騎士の襲撃を受けたら、こちら側はたまったものではない。
すぐにでも私と枢機卿の結婚話を進めるべきだと思っていたが――その意見に賛成する者はいなかった。